47.光の刃
「炎龍刃を奪ったのは、鳥人間計画のストロン――」
マーズから告げられたその言葉は、レックスに大きな衝撃を与えた。
彼が考え事をする時に使う場所として、資料室の他にもう一つある。
それは大会場だった。
秋の冷たい夜風に吹かれ、目を閉じ、ゆっくりと息を吸う。……そして吐く。
彼にとって、この頃気がかりなことが多すぎる。
「悪魔」の件、「心器」の件、ミッチェルの件。
"総長"が帰還したら、何と報告すれば良いのか――
「ストロン……」
彼には聞き覚えがある名前だった。
そう、数ヶ月前、初めて「悪魔」がブレイバーの前に姿を現したあの日――
ジューンが言っていた、探していた名前。
『僕が探しに来たのはストロンだよ、君じゃない』
『ここにいる、スタン=ハーライトのことか?』
『そいつじゃない、半分当たってはいるけどね。今はいないのさ』
「半分当たっている……」
スタン=ハーライトを指して、ジューンはそう答えた。今はいない。直前までいた。
そういえば、シルクも似たようなことを言っていた。
『半分しか心が感じられないようで、一人分の心を感じるっていうか、はっきりした精神を感じるんだけど、半分空っぽな状態……っていうか?』
レックス自身も彼と接していて、違和感は感じていた。
満ちたりた心を持ちつつも、どこかに空虚感があるような――
「スタン・ハーライトの不可解な点……」
スタンは以前悪魔が姿を現した時に、とても同一人物とは思えない言動をしていた。
悪魔に対して「ケダモノ」と――
そしてあの時スタンが持っていた剣は、炎で揺らめいていた。
彼が持ち歩いている武器は熱流剣である。
「熱流剣……! まさか……」
彼は気づいた。一つの仮定を立てることで、すべてが繋がることに。
そもそも、奴らはどうして、ブレイバー本部に現れたのか。
ストロンを探しにブレイバー本部に現れるということは、あの時、ストロンが近くにいた、ということだ。
スタンを指して「半分」と言ったこと、スタンが「熱流剣」を持っていること、ストロンが「心器 炎龍刃」を奪ったということ――
それは、つまり――
「スタン=ハーライトの裏の人格にストロンが存在し、今あいつが持っている武器は炎龍刃である……」
裏の人格。そんなものが存在するのか。
しかし、それが有り得るのならば、凄まじき速度で成長を遂げている彼の才能にも納得がいく。
あれだけの力の炎を出すことが出来るのも、"心器"の力によるものなら――
「スタンを調べなくてはならないな」
そう彼が思った、次の瞬間であった。
「!」
突然、背後に凍りつくような殺気を覚えた。
だが、それも刹那のこと。
黒髪の狂乱者と呼ばれた彼には通用しない。
自らの背負う大きな剣、「心器 雷牙」を抜き、刃先を向けながら、振り返る。
「誰だ」
……
そこに立っていたのは、白髪の老父だった。
白いローブのようなものを身にまとい、じっとレックスの方向を見る。
目元に皺が浮かんでいるが、その奥の青い瞳は、しっかりレックスを捉えていた。
しかし、彼はその姿に、動揺を隠せなかった。
その老父の背中からは、白い翼が生えていたからだ。
そして、レックスはその老父を見たことがあった。
ミッチェルから見せられた写真を思い出す――
「お前が、ネオンか……」
レックスは言った。
「ほう、私の事を知っているのか」
ネオンは、ゆっくりと、落ち着いた口調でそう言った。
「鳥人間……何故ここにいる」
刃先を向ける手を緩めることなく、レックスは尋ねる。
「"それ"だ」
ネオンは、刃先を人差し指でなぞるように手を動かしながら答えた。
「"心器"を回収させてもらうぞ」
威圧するかの如く、老父はゆっくりと、手を広げ、足を広げ、翼を広げる。
「……くっ」
レックスは、柄の部分を握り直し、両手を使って構え直した。
「なぜ貴様ら鳥人間は"心器"を集める?」
「未来を守るためだ」
「なんだと?」
「『過去』の人間に、これ以上説明する気はない」
ネオンの両手が、薄紫色に輝き始めた。
その光は、球体のように広がる。
「晄!」
ネオンはそのまま光の玉を、レックスの方向に放った。
それも一つではない、二つ、三つと、止むことなく放ち続ける。
「装甲形態!」
レックスは叫んだ。
すると、レックスが持っていた剣が白い光を放った。
光が収まったときには、剣は彼の背丈を包むほどの、白い盾となっていた。
白い盾はそのまま無数の光の玉を受け止める。
光の玉は弾かれ、まるでシャボン玉のように消える。
盾は微動だにしない。
が、その衝撃はゼロにはできなかった。
盾を持つレックスは、そのまま地面に抑えつけられ、身動きが取れなかった。
さらに、盾で体全体を覆ってしまっているため、前方を見ることができない。
光の玉の雨が止んだ時には――
「!」
ネオンはレックスの後ろを捉えていた。
「面白い」
ネオンはそう言いながら、手刀をレックスの首元に振り下ろした。
「うあっ!」
レックスはそのまま、盾ごと吹き飛ばされてしまった。
「"心器"……持ち主の"心"を読み取り、その姿を変える。まさしく心の器」
倒れこむレックスのもとに、ネオンが歩み寄る。
「ちっ……刀剣形態!」
レックスは盾を片手で握りながら、立ち上がった。
盾は白い光を放ち、再び大剣へと姿を変えた。
「がっかりだ、黒髪の狂乱者。もう少し、できると思っていたぞ」
「いいや、まだだ!」
「今の姿を、リーナが見たらどう思うだろうか……」
「!」
その言葉を聞いた瞬間、レックスの目の色が変わった。
「リーナ、リーナだと! 貴様、リーナのことを知っているのか? どこにいるんだ!」
「……」
ネオンは何も答えなかった。
「答えろ!リーナはどこにいる!」
そう叫んだ瞬間だった。
レックスの右肩に、何かが突き刺さった。
「っ……あ」
ネオンの手刀が、白い光を帯びた刃物と化していた。
「答えよう。お前の知るリーナは、死んだ」
ネオンは刃を引き抜く。
そして、そのまま膝をつき、レックスは倒れてしまった。
「……くっ、そ」
倒れこむレックスを、憐れむかのようにネオンは見下ろす。
「あっけなかったな、"ブラッキイ"。心器、回収させてもらうぞ」
「……リー、ナ」
ネオンは、雷牙の柄に手を伸ばした。
ところが――
「なにっ!」
ネオンの手に、電流が走った。
たまらず手を引く。
「やはり"拒否反応"があるのか。私では無理か」
ネオンは言った。
そして――
「レックス!」
「レックスさん!」
入口の方から、叫ぶ女と、少年の声がした。
「シルク……スタン、ハー、ライ、ト」
朦朧とした意識の中、レックスは言った。
「えっ……どうして……」
その光景にスタンは、驚きを隠せなかった。
「どうして、おじいちゃんが……」
「なん、だ、と」
その直後レックスはついに目を閉じ、ぐったりとしてしまった。
「スタン=ハーライト、か」
そうつぶやくと、ネオンは背中の翼を広げそのま飛び上がった。
鳥人間の老父はそのまま、宵闇へと姿と消した。