1番地 俺の寝室の壁が消えたんだが
こちらでははじめまして。
「もし朝起きて、自分の部屋の壁がなくなっていたら……」そんな不条理から始まる、大学生と魔法使いの奇妙な同居生活。
ゆるりと楽しんでいただければ幸いです!
俺の名前は小鹿明久。都内のアパートで一人暮らしをしている、ごく普通の大学生である。
背が高く筋肉質なので、「鹿というよりは熊かゴリラの方が近い」とよく言われる。
朝、薬のような臭いで目が覚めると何やら違和感を覚えた。
臭いもそうだが、部屋が妙に広い感じがする。
「……?」
寝ぼけていると思う。しかし、昨日まであったはずの寝室の壁がない。
その向こうには見知らぬ部屋。
石造りの壁。
見たことのない家具。
本棚。
カラフルな液体が入った謎の瓶。
それにしても散らかりすぎじゃないか?
「……夢か?」
しかも向こうにあるベッドには青髪の少女が寝ている。誰だコイツ。
「……警察に通報した方がいいのか?でもこんなワケ分からん通報取りあってもらえるか……?」
その瞬間、寝ていた少女がむくりと起き上がり、こちらを見る。
「…………わーびっくりした。オーガ?」
びっくりしたという割には声に抑揚がないし、表情もほとんど変わっていない。
てか、初対面なのにいきなりオーガ呼ばわりはひどくない?いかついのは認めるけどさ。
「なんで俺の部屋に女の子が……?」
「それはこっちのセリフ。あと、"子"じゃない。これでも20歳」
「同い年かよ」
改めて二人で周囲を見る。
「……壁どこ」
「俺が聞きたい」
向こうの机の上には謎の黒い粉、薬草、そして魔法陣。
そこから導き出された結論は……
「……筋金入りのコスプレイヤー?」
「言ってることがよく分かんないけど多分違う。私は魔法使い」
そう言った少女、もとい(自称)魔法使いが手を出すと、パキパキ、と音がして指先に小さな氷……らしきものができた。
放り投げられたそれを触ると、しっかり冷たい。
「……本物?」
「本物。これで証明できた?」
目の前でやられた以上は信じるほかなかった。
状況を整理する。
魔法使いはクロエ・フェアネンと名乗った。
リュンヌ王国のセゾニエ村なる所で薬の研究をしているらしい。それなんて異世界?
「その聞いたこともない国にある家がなんで俺の部屋と繋がる」
「知らない」
「知らないのかよ!どうすんだコレ!?」
気付けば、時計は既に7時を指し、腹の音が聞こえた。
幸か不幸か、今日は一日フリーなので時間に余裕はある。
「……お腹すいた」
「俺もだ。……簡単なやつでいいなら食べるか?」
「ありがたく頂く。食器は持ってくる」
向こうの散らかり具合からして食生活も適当なタイプっぽいしな。
そんなこんなでできたご飯、味噌汁、目玉焼きを寝室まで持っていく。
クロエが食べる。
一口。止まる。
「……見たことない料理。でも美味しい」
「大袈裟だな……普通だろ」
「ニッポンの文明、レベル高い」
それほど時間がかかることなく完食。
「ごちそうさま。食器片付けるぞ」
「食器洗いは任せて」
「は?」
そう言うと、クロエは巨大な水の塊を出したかと思えば食器をその中に放り込んだ。もう少し丁寧に扱ってほしい。
いまいち中の状況が見えないが洗われているんだろうか?
しばらくして水の塊が消える。目に見える汚れはなくなったようだが……本当に大丈夫か?
疑いを拭えぬまま、皿をこすってみる。油のぬるっとした感触もなく、綺麗なものだ。
「本当に汚れが落ちてる……魔法すげえな」
「水と氷の魔法は大得意。もっと褒めて」
表情こそ変わらないが本人としてはドヤ顔のつもりなのだろう。俺が洗うより速いのが悔しい。
ともかく、壁が消えたままの寝室に目を向ける。
半分は見慣れた日本。もう半分は見知らぬ異世界。
根拠はないが、放置していいものではない気がする。
「……どうする」
「……とりあえず、調べる」
「調べる?」
「この現象」
「……ここで?」
「うん。現場だから」
「……ッスー……」
少なくとも、クロエが起きる直前に考えていた「通報」の選択肢は消えた。コイツもただ家で寝てただけならば、それでいきなり警察を呼ばれても理不尽でしかないだろう。俺が逆の立場だったら不満の一つはぶつける。
いずれにせよ、俺の静かな生活はこの朝、終わりを迎えた。
お読みいただきありがとうございます!
体格が良すぎるゆえにいきなり異世界美少女にオーガ扱いされる不憫な主人公ですが、これからの2人の生活にご期待ください。




