第四話 鉄槌
ついにこの刻が来た! この俺ブラッドシャイニングマスターを追い詰めた敵、早乙女若葉に鉄槌を下すその時が!
目の前で漆黒の髪をたなびかせ、制服姿で俯きながら奴はやってきた。
奴は当然俺のことに気づいていない。
絶好のチャンスだ!やるなら今しかない!
これより作戦最終段階、因果逆転・零距離暗殺を開始する。
策士は常に死角から仕留めるものだ。奴が曲がり角に差し掛かった瞬間、囮で奴の注意を逸らし、その隙に背後から織田から譲り受けたもので沈める!
この場合囮はなんでもいい。奴の意識を数秒、引きつけられればそれでいいのだ。
俺はリュックから、昨日道に落ちていたのを拾った、薄汚れたウサギのキーホルダーを取り出す。
「行け、暗黒の触媒よ……!」
コロン、と奴の進路へ転がす。
作戦通り。早乙女若葉が足を止めた。
かかったッ! 奴が「謎の物体」に意識を奪われた今こそが、絶好のチャンス!
俺は背後に回り込み、脇に抱えた最終兵器――忘却の魔剣を抜き放った。織田から譲り受けた丸まったポスターだ。
だがポスターと言っても侮れはしない。
実際、織田がガムテープでガチガチに固定したこのポスターは、並の木刀よりもよほど凶悪な硬度を誇っている。湿気という名の呪いさえ受けなければ、この一撃で早乙女若葉を沈めることは容易い!
終わりだ早乙女若葉! 貴様の軟弱な精神断ち切ってくれるわ!
その刹那。
ゆっくりとこちらを振り返った。
「…………もしかして、飯田くん?」
「っ!?(ぎくぅッ!)」
しまっ……! 完全に奴の視界に捉えられた。
二時間の潜伏で氷点下まで冷え切った俺の肉体に、一気に沸騰したような熱が駆け巡る。
待て、落ち着けブラッドシャイニングマスター。
まだ逆転の糸口があるはずだ。
「……ねぇ、飯田くん。これって……」
「ぐ、偶然拾ったものだそれは……」
すると早乙女若葉の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
それは恐怖でも、怒りでもなかった。真夏の太陽よりも眩しく、それでいて春の木漏れ日のように柔らかな、涙まじりの笑顔だった。
「これ、おばあちゃんの形見のキーホルダーで……昨日失くして、夜も眠れないくらいずっと探してたの。まさか飯田くんが見つけてくれるなんて……」
「なっ……ななな、何をっ……!?」
馬鹿な。何を言っているのだ、この女は。
それは俺の触媒であって、貴様にくれたものではな――。
「あ、ありがとう飯田くん! 私……飯田くんのこと、挙動不審なちょっと怖い人って思ってたけど、本当はすっごく、すっごく優しい人なんだね……っ!」
ニコッ。
やめろおおおお!!!そんなキラキラした目でこっちを見るなあああああ!!!!
胸に激しい動悸が走る。
おのれ早乙女……! まさか最凶の呪詛を上回る、太陽光笑顔を放ってくるとは……!
石のように硬直していた俺の脚が、羞恥心と困惑でガクガクと震え出す。
待て。状況を整理しろ、ブラッドシャイニングマスター。
俺は……俺は奴を断罪しに来たのだ。
なのに、なぜ俺は今、聖人君子のような扱いを受けている!? なぜ言葉にできない罪悪感に襲われている!?
撤退だ……ここは一時撤退を……
「ねぇ、飯田くん。」
「ふぇっ!?」
咄嗟に名前を呼ばれて、たじろぐ。
「来週の日曜日……空いてる?」
「は……い?」




