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第一話 詐欺師の幕引き、地獄の舞台裏

 

「詐欺は、芸術だ」

 椅子に縛り付けられた俺――九条くじょうは、額に押し当てられた銃口の冷たさを感じながら、至極平然とそう告げた。

 周囲には、黒塗りのスーツを着た男たちが数人。そして目の前には、俺の仕掛けた『宗教法人を隠れ蓑にした投資スキーム』に全財産を注ぎ込み、見事に破滅した裏社会の重鎮、金剛寺こんごうじがいた。

「芸術だと? 貴様、五千億だぞ。俺の組織の資金、五千億をどこへやった!」

「言ったはずだ。君の『欲』という怪物に食われたんだよ。五千億という数字は、ただの幻想に過ぎない。君が欲しがったのは、実体のない『優越感』だっただろう?」

 金剛寺の顔が怒りで赤黒く染まる。引き金にかかった指が震えていた。

 俺は薄笑いを崩さない。死への恐怖がないわけではない。だが、プロの詐欺師として、観客が一番見たい「絶望の表情」を演じてやる義理などさらさらなかった。

「殺すのか? 趣味が悪いな。暴力は知性の敗北だよ、金剛寺くん。私は一度も、指一本汚さずに君たちを躍らせてきたというのに。……最後にいいことを教えてやろう。君の秘書が、昨夜スイスの口座から三億ほど抜いた。殺すべきは私じゃない、身内の方だったな」

 もちろん、真っ赤な嘘だ。だが、疑心暗鬼の種を植え付けるのは、俺にとって呼吸より簡単だった。

 金剛寺の目が一瞬、泳ぐ。その「隙」こそが、俺がこの人生で磨き上げてきた最高の成果だった。

 直後、乾いた銃声が地下室に響いた。

 暗転。

 俺の意識は、ワインの香りと硝煙の匂いが混ざり合う中で、唐突に途切れた。

 ――はずだった。





「……っ!? げほっ、ごほっ!」

 肺に流れ込んできたのは、ひどく冷たく、鉄錆と泥の臭いが混じった空気だった。

 目を開ける。

 視界を埋め尽くしたのは、現代日本ではお目にかかれない光景――空を覆う鈍色の雲と、泥濘の中で飛び交う矢、そして狂ったような悲鳴と怒号だった。

「カイル様! カイル様、しっかりしてください! 敵の先陣が、すぐそこまで!」

 誰かが俺の肩を激しく揺さぶる。

 見れば、ボロボロの革鎧を纏った少年が、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら俺を覗き込んでいた。その手には、刃こぼれした錆びた剣が握られている。

(カイル……? 誰だそれは)

 脳内に、濁流のように「記憶」が流れ込んでくる。

 俺の名は、カイル・フォン・ロード。

 レギウム王国という、大陸の端にある弱小国の没落貴族。

 そして現在は、押し寄せる帝国軍三千を足止めするために、捨て駒として最前線に配置された百名の敗残兵部隊の指揮官。

「……なるほど。投資価値ゼロの泥舟、というわけか」

 俺は泥を吐き出しながら立ち上がった。

 身体が軽い。十九歳という若さ。だが、魔力も武力も「並」以下。

 周囲を見渡せば、兵士たちの目は死んでいる。彼らは自分が死ぬためにここに置かれたことを理解していた。

 背後にある本隊の陣地では、この部隊の上官であるバドラス将軍が、悠々と撤退の準備をしているのが見える。

「カイル様、もうおしまいです……。帝国軍の重装騎兵が来たら、僕たちなんて一踏みで……」

 少年兵が震える声で呟く。

 確かに、真正面から戦えば数分で全滅だろう。

 だが、俺の詐欺師としての本能が、戦場という名の盤面を冷徹に分析し始めていた。

 敵の帝国軍――勝信に溢れ、獲物をなぶり殺そうと浮足立っている。

 味方の将軍――敵と内通しているのか、やけに撤退の手際がいい。

 そして味方の兵士――絶望し、縋るべき藁を探している。

「おい、少年。名前は?」

「えっ……ロ、ロルフです」

「ロルフ。いいことを教えてやろう。俺の辞書に『全滅』という言葉はない。あるのは『利確』か『損切り』だけだ」

 俺は泥だらけの軍服を払い、かつて数千億の金を動かした時と同じ、完璧な信頼を誘う微笑を浮かべた。

 詐欺師の基本は、まずターゲットの不安を取り除き、自分だけが救いだと信じ込ませることだ。

 俺は声を張り上げた。百名の絶望した兵士たち全員に届く、凛とした、それでいて慈愛に満ちた声を。

「諸君! 聞け!」

 兵士たちが力なく顔を上げる。

 俺は堂々と胸を張り、嘘を微塵もさせずに言い放った。

「バドラス将軍が撤退しているのを見て、不安になったか? ――馬鹿な。あれはすべて、私が進言したのだ!」

 兵士たちの間に動揺が走る。

「 本当ですか、カイル様」

「そうだ。帝国軍は今、我々を追い詰めたと確信している。だが、彼らが踏み込もうとしているこの泥濘には、我が国が秘匿していた『重力魔法の罠』が仕掛けられている。奴らが突撃してきた瞬間、動けなくなるのは帝国軍の方だ」

 もちろん、そんな魔法など存在しない。この泥濘はただの雨上がりの土だ。

 だが、俺はさらに言葉を重ねる。

「我々の役目は、敵を誘い込むことだ。そして、動けなくなった奴らの喉元を切り裂くこと。……いいか、諸君。君たちは今日、歴史に名を残すのだ!弱小国の百名が、帝国の精鋭三千を一方的に屠った、伝説の守護者としてだ!」

 詐欺師の技術――『フューチャー・ペース』。

 輝かしい未来を具体的に想像させ、現状の苦痛を忘れさせる。

 死を覚悟していた兵士たちの目に、わずかに欲の光が宿る。英雄になりたい、生き残りたいという、純粋な欲だ。

「さあ、最初の仕事だ」

 俺は、後方で自分たちを見捨てようとしているバドラス将軍の陣地を指さした。

「ロルフ。将軍の元へ走れ。敵の指揮官を暗殺し、帝国軍は混乱状態にある。今すぐ反転攻勢に出れば、将軍は救国の英雄になれる……そう伝えてこい」

「えっ、でも、敵の指揮官はピンピンしてますよ!?」

「気にするな。将軍がそれを確認しに来た時には、私がもう一つの『嘘』を敵に届けてある。……真実は退屈だ。世界は、美しい嘘にこそ熱狂する。そうだろ?」

 俺は、飛んでくる矢を優雅にかわしながら、戦場という名の舞台を見据えた。

 前世では人を殺さなかった。

 だが、この世界では少しルールを変えよう。

 俺のつく『美しい嘘』のために、数千、数万の敵には泥を啜って死んでもらう。

 なんて素晴らしい日なんだ。また俺は、あの快感を得られるなんて。

 ――カイル・フォン・ロードの、世界を跨いだ大博打が、今幕を開けた。

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