油揚げとダンジョンボス
九郎が風と共に消えた後、静寂が戻る。
拓海たちは改めて部屋の中央へと歩み寄る。そこには――お決まりの宝箱。
「さて、今回は何が出るやら」
拓海が慎重に蓋を開けると、ふわりと漂ってきたのは、芳ばしい香り。
「こ、これは……!」
中には色鮮やかな重箱が入っていた。油揚げを使った料理がぎっしりと詰まっている。
お稲荷さん、巾着煮、きつねうどん風の揚げ玉おにぎりまで! どれも湯気を立てて輝いている。
「……狐系ボス、確定だな」
拓海とレイカが顔を見合わせて頷く。
一方、ルピナは完全に別の次元にいた。
「ねぇ拓海、このお弁当、食べていい? 今すぐ!」
「いや、絶対トラップだって。前にも“焼きマシュマロトラップ”で大変な目に遭ったろ」
「でも今回は狐だし、油揚げだし……ほら、縁起いいじゃん!」
「どんな理屈だよそれ!」
そんなやり取りをしながら、一行は慎重に最下層へと降りていく。
階段を抜けた先は、神社のような静謐な空間だった。
石畳の参道、朱塗りの鳥居、そして奥には……。
そこに立っていたのは――目を奪われるほどの美女。
艶やかな黒髪、白い肌、そして、背中から広がる金色の尾がゆらりと揺れる。
ただの人間ではない。
拓海たちは本能的に悟った――ボスだ。
「……まさか、本物の九尾の狐?」
レイカが呟く。
美女は微笑みながら、ゆっくりと口を開いた。
「そう警戒なさらなくても大丈夫です。私には敵意はございません」
その声音は穏やかで、どこか人の母のような優しさを帯びている。
だが拓海たちはすぐに警戒を解かない。
「――と、言っても信用できないのは承知の上です。構いません、そのままで。私の話をお聞きください」
拓海とレイカは目を見合わせ、頷き合う。
「……さっきの鴉天狗の九郎さんの件もある。距離は取らせてもらうが、警戒は解くよ」
そう言って拓海は万能農具を少しだけ下げた。
美女はにこりと微笑む。
「ありがとうございます。私は、お察しの通りこのダンジョンの主。種族は妖狐――名を、葛の葉と申します」
その名に、拓海たちは一瞬で納得する。
(やっぱり狐……そして“葛の葉”って、日本でも有名な伝説の妖狐じゃん)
「もしかして、これ……あなたの好物ですか?」
拓海がそう言って重箱を取り出すと――。
葛の葉の耳がピクリと動き、次の瞬間、尻尾がぶんぶんと揺れた。
普段は優雅な彼女の、隠しきれない“喜びの尻尾”である。
「……っ! お、お気遣いありがとうございます。あぁ……懐かしい香りです。ありがたく頂戴致します」
ルピナが小声で「絶対テンション上がってるね……」と囁くと、レイカが「尻尾の動きが全部バレバレね」と返す。
葛の葉は重箱を大切そうに抱きながら、静かに言葉を続けた。
「さて……本題に入らせていただきます。この、ろくでもない“ゲーム”を終わらせるため、あなた方にご協力をお願いしたいのです」
「ゲーム……やっぱり、そう呼ぶんですね」
拓海の表情が険しくなる。
「はい。九郎からもお聞きになったかと思いますが、我々精霊は本来、争いを好まぬ存在。
それなのに、ダンジョンの意思とやらに縛られ、戦いを強いられている……」
葛の葉は苦しげに目を伏せた。
「どうか……この無益な戦を止めたいのです。早く、元の世界で穏やかに暮らしたい」
レイカは腕を組んで黙っていたが、その瞳には共感の色が浮かんでいた。
一方、拓海は慎重に言葉を選びながら答える。
「もちろん、協力できることはする。ただ――不死王ネクロスは強大だ。
それに、あなた方が俺たちに協力していることがバレたら……まずいんじゃないか?」
葛の葉は微笑みを浮かべ、黄金の尾をふわりと揺らした。
「ええ、その件についても、詳しくお話ししましょう――」
その瞬間、ふわりと風が吹き抜けた。
九郎の残した風と、葛の葉の金の尾が共鳴するように揺らめく。
拓海たちは、いよいよダンジョンの真実へと踏み込もうとしていた。




