酒と鴉天狗とルピナの進化
拓海たちがボス部屋へと足を踏み入れると、そこに立っていたのは――人間のようで人間ではない、不思議な存在だった。
黒い羽織をまとい、背中には翼、そして顔はまるでカラスそのもの。だがその瞳は知恵をたたえ、厳かさすら漂わせている。
「ほう……ここまで辿り着くとは、なかなかやるではないか」
カラス顔の修験者――鴉天狗が低く響く声で言った。
「しかも、妖精まで仲間にしているとはのう。力だけでなく、純粋な心も持ち合わせている証拠じゃな」
その言葉に、拓海は「え、えーと……」と曖昧な笑みを浮かべる。
本当は、ルピナがただの食い意地で勝手についてきただけ、なんて言える空気ではない。
ルピナはというと、すました顔で「フフン♪ まぁそういうことよね」と胸を張っている。
拓海とレイカは「……まぁいっか」と心の中で同時にツッコんでいた。
「さて、まずは自己紹介といこうか。儂は鴉天狗の九郎。そなたらは?」
「俺は人間の高山拓海、こっちが同じく人間の古城レイカ。で、妖精の方がルピナだ」
拓海は気を抜かずに答える。
「随分と友好的に接してくるけど、何が目的だ?」
九郎はクククと喉を鳴らして笑った。
「そう気負わんでも、いきなり襲いかかったりはせぬよ。目的など無いが……強いて言えば、その酒をくれんか? 天狗はな、酒に目が無いのじゃ」
拓海は一瞬ためらったが、すぐに納得する。
(……なるほど、宝箱から出たアイテムはボスの弱点ってパターンが多いしな)
そう考え、牛鬼の宝箱から手に入れた酒を差し出すと、九郎は目を輝かせた。
「おおっ……! 良い、実に良い。ありがたく頂こう!」
九郎は盃も無しに瓶から直接グビグビと飲み、上機嫌になる。
「ぷはぁっ! いやぁ、良い酒を貰ったからには礼をせんとな」
そう言うと九郎は拓海とレイカを交互に見つめた。
「拓海と……レイカと申したな。2人とも武器を構えてみなさい」
「え、ここで戦闘!?」
「裏切りか!?」
慌てる2人だったが、言われるがまま臨戦態勢に入る。
すると九郎は両の手をかざし――突風が巻き起こった!
「うわっ!」
「きゃっ!」
やられた、と思ったのも束の間。すぐに風は止んだ。
不思議そうに武器を握り直すと……驚くほど軽い! そしてしっくりと馴染む!
「これは……!」
「武器が……扱いやすくなってる!」
九郎は満足そうに頷いた。
「2人の武器に、儂の風の力を分け与えてやった。今後の戦いに役立てるが良い。特に拓海よ、その万能農具は闇の力が強すぎて制御に苦労しておったであろう? 今なら扱いやすくなったはずじゃ」
拓海は目を丸くし、レイカも思わず「すごい……!」と声を上げる。
「……でも、なんで敵のはずの俺たちにここまで?」
拓海は不思議そうに問う。
九郎は空を仰ぎ、静かに言った。
「気にいらんのじゃよ。勝手に知らぬ土地に連れてこられて、“戦え”などと……戦いを好む種族ならまだしも、我ら精霊は本来、争いは好まぬ。せめてもの抵抗じゃ。人の手を借りてでも、な」
その言葉に3人は黙り込む。
しかし、九郎はすぐに場を和ませるように笑った。
「おっと、最後に妖精の嬢ちゃんにも」
そう言ってルピナに手をかざすと、ふわりと風が巻き起こった。
「え、なにこれ……?」
最初は何も起きないように見えた。だが――
「し、信じられないっ!」
ルピナが目を見開き、羽を震わせた。
「ど、どうした?」
「何が起きたの?」
拓海とレイカが駆け寄る。
ルピナは両手を見つめながら呟いた。
「……進化したみたい。妖精王種っていう上位の妖精に」
「なっ……!」
「進化!? 妖精って進化とかあるの!?」
「見た目は変わってないけど、魔力の質も量も……段違い。あたし、めっちゃすごくなってる!」
得意げに胸を張るルピナに、拓海は頭を抱えた。
「……ただでさえ食い意地の化身だったのに、パワーアップとか勘弁してくれ」
レイカも苦笑しながら「これからますます賑やかになるわね」と肩をすくめる。
九郎は静かに頷き、羽を広げた。
「よい、これで儂の役目は終わりじゃ。あとは己が力で進むがよい」
そう言い残すと、風に溶けるように姿を消した。
残された3人は――ただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。




