第32話 不死王の誘い
宝箱を開けた瞬間、俺は思わず眉をひそめた。
中に入っていたのは、またしても――聖水。
「またアンデッド系かよ……」
正直、ゾンビ臭やらミイラ臭やらにはもううんざりだ。鼻は慣れてきたが、気分が悪くなるのはどうにもならない。
ため息をつきながら階段を降りると、視界が一気に開けた。そこは重厚な石造りの広間。高い天井、赤黒い絨毯、そして――。
「待っていたよ」
広間の奥、荘厳な椅子に腰掛けた一人の男がいた。
漆黒のマントを羽織り、手にはワイングラス。その中で赤い液体が妖しく光っている。
「君たちも一緒にどうかね?」
静かに響く声。理知的で、どこか余裕すら漂わせていた。
「……遠慮しとく」
俺が即答すると、男はくつくつと笑う。
「安心したまえ。毒など入っておらぬよ」
続けざまに、男はルピナへと視線を移す。
「蜂蜜酒もあるが……いかがかね、妖精のお嬢さん」
「えっ……」ルピナが一瞬とろけそうな顔をする。
俺はそっと肘でつついた。「だめだろ」
「う、うん!」ルピナは慌てて首を振った。
男は肩をすくめるようにして微笑んだ。
「まぁ警戒されても仕方ない。ならば、まずは自己紹介といこう。我が名は――ザルヴァトール・ネクロス。不死の王だ」
低く響く声に、空気が重くなる。
「この地に降り立ったはずの我が盟友……炎王イグニス・ヴォルカヌス殿の消息が掴めなくてな。様子を見に来た次第だ。ここまで辿り着いた貴殿らを評し、ぜひ名を伺いたい」
俺は短く答えた。
「拓海だ」
「拓海よ」
その名を口にしたネクロスは、ゆっくりと身を乗り出す。
「我が眷属となる気はないか?」
「断る」
即答だった。
しかしネクロスは微笑みを崩さない。
「何故だ? 我が眷属になれば、貴様は不死を得る。寿命に縛られず、強大な力を持てるのだぞ。世界を掌握することすら可能となろう」
ルピナが息を呑むのが横で分かった。
だが俺は静かに首を振った。
「……俺は大したことのない、ただの農民さ。野菜や米を作って、美味しいって笑ってくれる人がいれば、それでいい」
胸の奥から自然と声が出ていた。
「親しい人間が先に居なくなる人生なんて……真っ平御免だ」
広間に静寂が落ちる。
次の瞬間――ネクロスの目が細められた。
「……なるほど」
低く呟くと、彼はすっと立ち上がる。漆黒のマントが大きく翻った。
「ならば仕方ない。ここで貴様を葬るしかないな」
重圧が広間を満たす。まるで空気そのものが凍りつくようだ。
ルピナは一歩前に出て、きゅっと眉を吊り上げた。
「拓海、あたし……逃げないからね」
「当たり前だ。一緒に生きて帰るぞ」
竜骨鍬を構える俺と、羽根を震わせるルピナ。
そして、不死王ザルヴァトール・ネクロス。
広間に、決戦の幕が切って落とされた。
「俺、農家なんですけど〜スコップはダンジョンを制す〜」という作品も連載しています。
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