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軍神殿下と暗殺令嬢は、愛することをまだ知らない(旧題:死にたがりな貴方と殺したがりな私の輪舞曲)  作者: ayame@アンジェリカ書籍化決定


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愛を試された無言歌《リーダ・オーネ・ウォルテ》2

 ヴィクトリアの発言に内心では驚きながらも、咄嗟に取り繕う程度の冷静さが残っていたのは、厳しい黒鍵の指導の賜物だったかもしれない。


「何をおっしゃっているのかしら。慈愛の女神に信仰を捧げる国が、一国の皇子を誘拐するはずないでしょう」


 黒鍵が狙っているのは彼の命であって、本人の身柄ではない。その命題はさておいて、これ以上聖主国に関わる話を続けること自体が危険だった。黒鍵の存在は何があっても秘匿されねばならず、わずかな疑いの芽も放置することはできない。たとえそれが自身や相手の命を奪う結果になったとしても、だ。


 だからリシェルは、馬鹿らしい話だと一蹴しようとした。だがそれより早く、ヴィクトリアが会話を再開してしまった。


「リシェル様は私のアカデミーでの研究テーマをご存知でしょうか」

「研究テーマ?」


 そういえば彼女は国内最高学府であるアカデミー在籍だったことを思い出す。特に興味もなく追求していなかったが、なぜ今ここでその話題を出すのか。


 怪訝に思い眉を寄せれば、ヴィクトリアは硬質な声音で答えを告げた。


「呪われた皇子の身に降りかかる“呪い”についてです。ディラン殿下の助けになればと、研究を続けてきました」


 彼女の口から再び発せられた“呪い”という単語が、リシェルの身に楔となって突き刺さった。今度こそ反論の言葉を失った自分を前に、ヴィクトリアの視線は少しも揺るがなかった。


「呪われた皇子に関する情報を得るために、この国にある資料や文献にはすべて目を通しました。それでも足りずに他国の物も可能な限り取り寄せました。ただ、聖主国の情報だけは手に入らなかったのです。直接出向けばどうにかなるかと、図書館に足を運んでみましたが無駄でした。かの国では女神と呪いに関する資料は禁書扱いになっているのです」


 侯爵令嬢である彼女は、潤沢な資金とコネクションを有している。父侯爵もディランのためになるならと娘への支援を惜しまなかった。そこまでしても手が届かなかったのが聖主国なのだと、ヴィクトリアは語った。


「ただ、あそこには閉架図書室があるのです。そこになんらかの資料が所蔵されている可能性があります。ディラン殿下にもそのように報告しておりましたので、聖主国の情報欲しさに、殿下自ら捕縛されたのではないかと思ったのです」

「……今の状況だけでそう結びつけるのは無理があるのではないかしら。それに、呪いについては殿下が私やあなたに打ち明けていたくらいだから、ほかの人にだって話している可能性もあるでしょう。案外広く知られているのかもしれな……」

「ディラン殿下が、“呪い”の内容について打ち明けたのですか?」


 車椅子から身を乗り出さんがばかりの勢いで、ヴィクトリアがリシェルの発言を遮った。


「え、えぇ。それが何か? あなたも、そうでしょう」

「……私が知っている“呪い”は、文献を追って辿り着いたものです。殿下から直接聞かされたわけではありません」

「嘘でしょう、だって……」


 リシェルが呪いについて聞いたのは、あの忌まわしい初夜の翌朝だ。その場にはケイとアゼルもいた。ディランに秘密めいた気配は微塵もなく、むしろ飄々とさえしていた。あとになって呪いはもうひとつあるのだと知ることになったが、少なくとも初めのひとつを語って聞かせてくれたのはディラン本人だ。


 ヴィクトリアもまた彼から直接教えてもらったのだとばかり思っていた。誰からも遠巻きにされていたディランの傍に、ただひとり寄り添った女性。彼女だけが特別で、ディランが信用し願った相手だったからだと——そう思っていたのに。


 交差する視線を最初に逸らしたのはヴィクトリアの方だった。


「……そういうことだったのですね」


 何が、とまで語らない彼女は、自身の動かしにくい足を見下ろした。


「私がこうなったことは自業自得です。殿下は忠告してくださったのに、私がそれを聞き入れませんでした。武門として名高いロートレイ家の娘として、多少の護身術は身につけていましたし、護衛も常に同行していました。自分なら大丈夫だと、慢心してしまったのです。私なら呪いに打ち勝って、彼の傍にいてあげられると、浅はかにも驕ってしまいました」


 突如始まったヴィクトリアの独り語り。急な話題転換に、リシェルは思わず目を白黒させた。彼女が語り出したことの真意がまるで汲み取れない。


(呪いに打ち勝つ……? つまり、殿下を愛した上で殺せると思ったってこと??)


 令嬢が多少かじった程度の護身術で、ディランが殺せると思ったのか。それとも同行している護衛に殺させようとしたのか——そう考えてみたがどうにもしっくりこない。


 ヴィクトリアの話はまだ終わらなかった。


「でも、自分が事故で死にかけて……怖くなってしまったんです。呪いは、必ずしも即座に命を奪うものではなく、ゆっくりと、逃げられない形で追い詰めてくる可能性もあるのだと。こんな恐怖や痛みと、この先ずっと付き合っていかねばならないのだと思うと怖くて……気づけば殿下への愛は消えていました。私は彼よりも、自分の命が大事だと思ってしまったんです。()()()()()()()()()()という呪いが、現実として己の身に降りかかって初めて、呪いの怖さを知り、怯えました」

「待って、呪いって……今、()()()()()()()()()()って、そう言った?」

「えぇ、もちろん。リシェル様? いったい何をそんなに驚いて……」


 心底不思議そうにしていたヴィクトリアの瞳が、はっと驚きの色に染まった。


「呪いは……ひとつではないのですね」


 かつてリシェルが偶然に辿り着いた真実に、ヴィクトリアもまた手をかけていた。ただし彼女が知った呪いと自分が知っている呪いは違う。


 それがどういう意味を持つのか——混乱する頭の中で、ヴィクトリアとディランの姿が明滅する。


「それは想定外でした。ほかにもまだ呪いが存在するなんて……」


 想定外はリシェルも同じだ。二人して噛み合わない会話の答え合わせをするかのように、手の内のピースを晒し合う。


「彼を愛した者は、死ぬ運命なの?」


 呆然とこぼした問いに、ヴィクトリアは小さく頷いた。


「殿下のお母様のことをご存知でしょうか。出産の際にお亡くなりになっています。ほかにも乳母夫婦や庭師……彼が子どもの頃に慕っていた人たち、彼のことを愛していたであろう人たちは、皆亡くなっているのです。この呪いの内容に辿り着いたとき、殿下に問いただしたところ肯定されたので、本当のはずです」


 呪いはひとつではない。そのもうひとつの内容を、リシェルは教えてもらえずにいた。自分が知らないことをヴィクトリアが知っていた点に対するショックはない。そんなことよりもリシェルの脳裏に焼きついている情景があった。ロートレイ家のパーティからの帰路、馬車の中で「呪いはひとつではないのか」と詰め寄ったとき、ディランは確かに返答したのだ。


 ——僕は君に愛してほしいと言ったけど、同じくらい()()()()()()()()()()、と。


 あれはどういう意味だったのかと、記憶を辿る。彼の表情、仕草、すべてにヒントが散りばめられてはいなかったかと縋るような思いで探していく。頼りない己の心は、少しでも自分に都合のいい解釈をしようとして、方々から伸びた鎖に雁字搦めにされていく。


 なぜディランはあんな言葉を告げたのか。


「私に、死んでほしくなかったの……?」


 彼を愛した者にしか殺せないという、慈愛の女神の呪い。暗殺者であるリシェルには彼を殺すだけの技量があった。ヴィクトリアには無理な話だと、再三ディランが言っていたのは、生粋の令嬢である彼女にディランを殺せるだけの能力がないからだとばかり思っていた。


 だがここに来て、呪いのもうひとつの顔を見てしまった。“彼を愛した者は皆死ぬ”という二つ目の呪いは、彼の助けになりたいと献身してきたヴィクトリアに牙を剥いた。


 動きづらくなった彼女の半身。それこそが、彼女がディランを愛していた記録だ。


「あなたは殿下のことを……愛していたのね」

「以前はそうでした。でも自分が死の淵を彷徨ってからは、怖くなってしまったのです。あのとき……本物だと思っていた殿下への愛は、消えました」


 幸いにも彼女の命は失われなかった。彼女はもう、ディランを愛していない。


 ヴィクトリアにディランは——殺せない。


「誤解のないように申し上げたいのですが、殿下は自分に近づくなと、何度も私に警告してくださいました。父にも私を傍に来させないようにと忠告なさったのに、それを無視したのは私です」


 彼女の視線が父侯爵へと向けば、彼もまた深く頷いた。


「自分は呪いなど、ただの迷信だとばかり思っておりましたので、殿下の言い分も娘の言い分も、本気には捉えておりませんでした。もっと親身になっていたらと、今となっては悔やまれます」


 拳を握りしめて俯くロートレイ軍団長ほど親身だった人はいないだろうに、そう反省する。彼の悔恨の深さに、リシェルの胸がずきりと痛んだ。




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