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軍神殿下と暗殺令嬢は、愛することをまだ知らない(旧題:死にたがりな貴方を愛する方法)  作者: ayame@キス係コミカライズ


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風邪っぴきの狂詩曲《ラプソディ》2

「やぁリシェル、体調はどうだい? 心配のあまり様子を伺いにきたよ」

「……これはこれは旦那様、ノックもなしの急な訪い、感激でさらに熱が上がりそうですわ」


 口元は笑いながらも目だけは鋭く睨め付ける。先ほどまで足をおおっぴろげにしてくつろいでいたケイが、光の速さで壁際まで下がって控えた。


「どれ、顔を見せてごらん。確かにまだ顔が赤いね。熱もあるようだ」


 リシェルの睨みなどどこ吹く風で受け流し、彼女の額に手を当てたディランは、なぜか嬉しそうな顔をした。


「……何か」

「いや、熱を出している君もたいそう魅力的だと思って。瞳が潤んで、呼吸が上気して……すごく色っぽいな」

「セクハラ反対!」


 傍にあったクッションを全力で投げつければ、夫はさらっと身をかわした。


「ひどいな。君と僕の仲なのに」

「私と殿下の間には何もありませんよね」

「でも僕はすでに君の芸術的に美しいバストを堪能した身で……」

「だから殺す……絶対殺す!! 今すぐ死んで!!!」


 二つ目のクッションに紛れて暗器を投げつければ、ディランは暗器だけを器用に受け止めた。


「あぁ、これで君から貰ったプレゼントは五十二個目だ。暴れ馬と屋上からの突き落としも数に入れているよ。素敵な思い出もプレゼントのひとつだよね」

「嫌味なくらい素敵な記憶力ですね、尊敬しますわ! ちなみにその暗器には一瞬で女神の御許へ行ける素敵なお薬が塗布してありますの。ちょっと指を切るか舐めるかしてみてくださらない? 素敵な味がしますわ!」

「では遠慮なく」


 そしてディランは、吹き矢に似た小型の暗器で己の左手の甲を突き刺した。


「————!」


 自分から指示しておきながら予測もしなかった行動に思わず目を見張った。そんなリシェルに向かってディランは手の甲を掲げて見せる。かなり深く切りつけたのか、だらだらと鮮血が流れ落ちていく。


 だがディラン本人が崩れ落ちることはなかった。


 暗器に仕込んだ毒は、初夜の席で焚いたような生ぬるい毒ではない。熊ですら一瞬で倒す、最恐の毒のはずだ。慣らされているはずのリシェルやケイだって、血中に取り込むか経口摂取すれば三日はもがき苦しむ。


「君は今、自分が愛する人間に殺されるなんて意味がわからないと言ったが、それは誤解だ」

「な……」


 平然と微笑む夫は、優しい口調とは裏腹に、どこか鋭さを孕んで見えた。


「僕が愛する人間に殺されるんじゃない、僕を愛する人間なら僕が殺せるっていう意味だよ。だから」


 ポケットから出したハンカチで、己の傷でなくリシェルが投げた暗器を丁寧に包んだディランは、少しだけ残念そうに呟いた。


「今僕が死ななかったのは、君がまだ僕を愛していないせいだ。何度でも言うよ、僕を殺したいなら、君()僕を愛さなければならない。僕が君を愛するのでなく、ね」


 それは初夜の翌朝、バルコニーの朝食の席でも言われたこと。


 自分が愛する人に殺されるのではなく、自分を愛する人に殺される。


「それが、慈愛の女神の呪いなの……?」

「ご名答。絶対に死なない僕を殺せるのは、僕のことを愛してくれた人のみだ。さて、君が僕に愛と死を捧げてくれるのはいつになるんだろうね」

「……冗談っ。なんで私があなたを愛さなくちゃいけないのよ!」

「おや、それだといつまでたっても僕を殺せないよ。君はずいぶん信仰心が深いようだけど、慈愛の女神が取り決めた理に背いてもいいの?」

「……っ」


 聖主国の孤児院で育ったリシェルにとって、絶対的な信仰の要である女神は、切っても切れない存在だ。


 そのことを見透かされているようで、背筋がぞくりとした。


「……なんで女神様はそんな呪いを」

「偉大なる慈愛の女神は、エルネスト皇家の人間に愛の歓びを教えてくださっているそうだ。我々皇家ほど、愛という言葉から程遠い存在はいないからね。君は僕の父や、半分だけ血が繋がっている義弟について、どこまで知っているのかな」


 ディランの父であるゼノス・エルネスト・ヴァインアート皇王と、正妃ロクサーヌの息子であるカイオス皇太子に関してはいい噂がない。特にゼノスは数十名の女性が暮らす後宮に入り浸りで、政治の場にも滅多に姿を現さないと聞く。


 だからこそロクサーヌ皇妃と、彼女を支える皇妃派がこの国の中枢にある。皇妃の一人息子であるカイオスが皇太子の座にあるが、彼自身もまた父王に似た享楽的な性質だ。


 皇妃はひとりきりだが、愛妾は山ほどいるゼノス皇王。だがその血を引く子どもはディランとカイオスしかいない。


「我々皇家は、慈愛の女神に見放されているんだから仕方ない」


 慈愛の女神は、愛を謳い愛を与える。生まれいづる子は愛の結晶、愛し愛される関係は珠玉の宝。


 そして——死は、女神の手に抱かれる愛の時間。


 呪われた皇子に、「死」という愛は訪れるのか——。


「だけど、僕は諦めていないんだ」


 凍りつくリシェルの手を取り、ディランはその甲を撫ぜた。


「なぜなら、僕には君がいる。こんなにも情熱を燃やして、僕を殺そうとしてくれる君が」


 リシェルの手を己が頬に手繰り寄せ、彼は美しく微笑んだ


「ねぇリシェル。絶対に死なない僕を、君の愛で貫いて欲しい。女神の取り決めた理に従って、美しく猛々しい君に殺されたい」


 されるがままの掌に、彼の唇が落とされる。異常なほどの冷たさはリシェルの熱のせいか、彼の正常なる温度なのか。


 答えを見つけられないうちに、ディランは部屋を出ていった。



****

狂詩曲ラプソディ

民族的な要素や、抒情的、英雄的要素が含まれる自由な形式の曲。

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