一輪の花
あるところに、一輪の花が咲いておりました。
その花は真赤な花弁を誇らしげに咲かせながらも、周囲に自分と同じ草花がいないことは、どこかその花に寂しい印象を与えておりました。
花は何を思っていたでしょう。それとも無心に咲いていたでしょうか。時折そばを通る人や獣が起こす風は、この花を軽やかに揺らしていました。
ある日、この花のそばを一人の少女が通りかかりました。
その少女は花をじっと見つめたあと、周囲を控えめに見まわしました。
そうして花の近くに歩み寄り、小さな声で「ごめんなさい」とつぶやいたあと、少女は花を摘み取りました。
摘んだ花のあとに空いた小さな穴を、少女はていねいにふさぎました。そうして花は胸にあしらわれ、少女は家路を急ぎました。
胸につけたその花は、どんなに少女の心を慰めたことでしょう。そのことは、少女の明るくなった顔から見ても、明らかでした。
楽しい家路はいつまでも続くかと思われました。
しかし不思議なことに、向こうに家が見えてきたあたりから、少女の足どりは少しずつ重くなっていきました。美しい眉根は少しずつ曇りを帯びてきました。
それでも胸に灯った小さな赤い花は、少女の心を前向きにさせていました。少女は意を決して、ドアの向こうへと入っていきました。
家の中では、女の怒りっぽい声が聞えてきました。少女の声は聞こえません。ただ、ときどき響く物の倒れる音は、ひどく悲しそうな音をしていました。
夜になり、少女は自分の寝床へと帰りました。
みすぼらしいその寝床には、物といってもとりたてて特筆すべきものなどありはしないのでした。
そんな中で、少女は眠りにつきます。明かりを消すとき、少女は胸元の花を取り出しました。水をやっていないので少ししおれ、花びらが一枚欠けていました。
それでも少女は丁寧にその花を持ち、誰にもわからない秘密の場所で、そっと水の張った入れ物に花を入れました。
その入れ物は小さいながらもよく手入れされていて、入っている水は清らかでした。
それを満足そうに眺めたあとの少女は眠りにつきました。それは彼女に訪れる、彼女だけに訪れる、安らかな眠りなのでした。