表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

一輪の花

作者: 太川るい

 あるところに、一輪の花が咲いておりました。


 その花は真赤な花弁を誇らしげに咲かせながらも、周囲に自分と同じ草花がいないことは、どこかその花に寂しい印象を与えておりました。


 花は何を思っていたでしょう。それとも無心に咲いていたでしょうか。時折そばを通る人や獣が起こす風は、この花を軽やかに揺らしていました。


 ある日、この花のそばを一人の少女が通りかかりました。


 その少女は花をじっと見つめたあと、周囲を控えめに見まわしました。


 そうして花の近くに歩み寄り、小さな声で「ごめんなさい」とつぶやいたあと、少女は花を摘み取りました。


 摘んだ花のあとに空いた小さな穴を、少女はていねいにふさぎました。そうして花は胸にあしらわれ、少女は家路を急ぎました。


 胸につけたその花は、どんなに少女の心を慰めたことでしょう。そのことは、少女の明るくなった顔から見ても、明らかでした。


 楽しい家路はいつまでも続くかと思われました。


 しかし不思議なことに、向こうに家が見えてきたあたりから、少女の足どりは少しずつ重くなっていきました。美しい眉根は少しずつ曇りを帯びてきました。


 それでも胸に灯った小さな赤い花は、少女の心を前向きにさせていました。少女は意を決して、ドアの向こうへと入っていきました。




 家の中では、女の怒りっぽい声が聞えてきました。少女の声は聞こえません。ただ、ときどき響く物の倒れる音は、ひどく悲しそうな音をしていました。




 夜になり、少女は自分の寝床へと帰りました。


 みすぼらしいその寝床には、物といってもとりたてて特筆すべきものなどありはしないのでした。


 そんな中で、少女は眠りにつきます。明かりを消すとき、少女は胸元の花を取り出しました。水をやっていないので少ししおれ、花びらが一枚欠けていました。


 それでも少女は丁寧にその花を持ち、誰にもわからない秘密の場所で、そっと水の張った入れ物に花を入れました。


 その入れ物は小さいながらもよく手入れされていて、入っている水は清らかでした。


 それを満足そうに眺めたあとの少女は眠りにつきました。それは彼女に訪れる、彼女だけに訪れる、安らかな眠りなのでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ