2話 『出会い』
「はぁ。どうしちまったんだろ、俺。なんか悪いもんでも食っちまったかな」
鞄を持ったまま頭の後ろで手を組み、夕焼けに染る空を眺める。
昼休みの瑠璃の忠告から、どうも落ち着かない。
『帰りは、気をつけてね』
瑠璃は一体何を俺に伝えたかったんだ?
「わっかんねぇ……」
気にしてても仕方がない、気持ちを切り替えろと頭を振り、商店街へ足を踏み入れた。
その瞬間、地鳴りのような音が聞こえ地面が激しく揺れ始める。
「うわぁ!? は!? なにこれ地震か!?」
揺れが激しすぎて立っていられなくなった俺は、遂に地面へ尻もちをつく。
商店街のあちこちから悲鳴が聞こえ、脳裏に瑠璃の忠告が頭をよぎった。
「帰りは気をつけてって……! こういうことかよ……!」
……待て、仮にこれが瑠璃の忠告だとしたら、なんで瑠璃は……地震が来ることが分かったんだ……?
「グオォオオオオオオオ!!!!!」
獣の咆哮が辺りを包み込み、そのあまりにも大きい咆哮に耳を塞ぐ。
地震に続いて次はなんだよ……!
次の瞬間、瞬きをする間も無く、目の前の建物が崩壊した。
……タテモノガ、ホウカイシタ?
「建物が崩壊したァァァァ!?!?」
「ガアアアアアアアア!!!!」
「ギャアアアアアアアアア!!!!」
多分、この時の俺の絶叫は目の前の化け物と比較してもいい勝負をしていたと思う。
そしてここで1つ余談だ。
この世界には宝石獣、又の名をクリトスという人種がいる。
宝石獣とは額に宝石のような物がついており、様々な動物の姿をした人間のことだ。
え? 獣の姿をしているのに人間だって?
待て、早とちりをするな。
獣の姿をすると言っても、普段は人間の姿だ。
獣の姿をしていると言うよりも、獣の姿に変わることが出来ると言った方が正しい。
人間の姿は何か特殊な姿をしているかと言えばそれも違う。
見た目は他の人間と何ら変わらない。
しかしただの人間と宝石獣を見分ける方法はある。
宝石獣-クリトス-は、他の人間よりも身体能力や顔立ちがとてもいい。
でも宝石獣以外にも顔が良かったり、身体能力がいい人間は腐るほどいるから、この判別方法は役に立たないらしい。
さて、なんで唐突にこんな話をしたかって?
それはな……
「グルルルル……!」
今目の前にいるのが、その宝石獣だからだよ!!!!!!!
──────────────
待て、落ち着くんだ金剛晟。
冷静に状況を分析しよう。
今目の前にいるのは例の宝石獣。
しかぁし、その顔はまんま獣。
デカい上に怖い。
目算だが、多分俺の10倍はあるデカさだ。
アッ、歯剥き出しにして唸らないで、俺漏らしちゃう。
ふむ……状況を分析した結果。
「わりぃ、俺死んだ」
「ガアアアアアアア!!!!!!!」
「イヤァアアアアアア!!!! 俺食べても美味くねぇよ!!!」
もう終わったと、目をキツく閉じる。
どうか俺を食ったあと、商店街の人たちは襲わないでくれよ……!
口を大きく開けた宝石獣が、近づいてくる感覚がした、その時……。
「ガァアアアアアアア!!!!」
「シ"ャアアアアアアアアア!!!!」
「……?」
もしもし、俺はどこにでもいる一般高校生さん。
とてつもない風圧を感じて、目を開けると……
今、目の前で大怪獣バトルが勃発していたの。
俺は平凡な高校生で今日もいつも通り普通に学校に行って、普通に家に帰っていただけなのに、どういう訳か目の前で非日常が広がっていた!
何を言っているんだと言われても、それは俺も分からん。
出来れば誰かに説明して欲しいぐらい!
んなくだらないことをしてないで、状況の整理だ!
ふむ……さっき俺を襲おうとした黒色の狐っぽい宝石獣は、いきなり乱入してきた赤の猫っぽい宝石獣に上から押さえつけられてるみたいだな。
……どっちも俺の知る狐よりも尻尾が八本ぐらい多くて、俺の知る猫よりも尻尾が2本ぐらい多くてなんか尻尾の先が燃えててどっちも俺の10倍ぐらいデカいけど。
……なんもわかんねぇ!!!!! なんでこんなことになってんだよ!!!!
「えっ、」
「みぃー!」
目の前で始まった大怪獣バトルに処理が追いつかず、フリーズしていると横から何か聞こえ、そこに目を動かすとそこには。
「にぃー!」
「はっ!?えっ!?子猫!?」
子猫……いや、子猫の姿をした宝石獣がいた。
額の宝石は綺麗な翡翠色をしていて、黒と白の立派な毛皮を携えたもっふもふな宝石獣。
そして変わらず俺の知る子猫よりも、尻尾が1本多くて尻尾の先に火がついてるけど。
にしても目の前にいる大怪獣バトルしてる奴らよりも、本物の子猫のようなサイズだ。
しかも可愛い。
アイツらはすげぇ怖いのに。
「えぇと……」
「ガァアアアアアアア!!!!」
「シ"ァアアアアア!!!」
「ひえっ!?」
一際デカい咆哮が聞こえてきたと思ったら、黒の狐っぽい奴の数倍近くデカくなった猫っぽいやつが、片足で軽く狐っぽい奴を押さえつけていた。
狐っぽい奴は抵抗しているが、押さえてる力が強いのかただ足掻いているようにしか見えない。
この短時間で一体何があったんだ……?
「……」
「っ!?」
「みぃ〜」
「はっ!?ちょ!行くな!危ないぞ!」
狐っぽい奴を押さえている猫っぽい奴が、ジロリとこちらを見る。
あまりの迫力に思わず固唾を飲むと、傍にいた可愛い奴がトテトテと近づいていく。
咄嗟に俺は危ない!と思い手を伸ばすも、腰が抜けたせいで無様にも思い切り倒れ込む。
地面に伏しながらも、子猫のような宝石獣が向かって行った方を何とか見上げる。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
まるで子猫のような子を中心に、柔らかく暖かい緑の光が展開され、それが暴れている黒色の狐っぽいやつを包んだ。
その光に包まれた瞬間、黒色が舞い上がる灰のように消え、緑色の体毛が見える。
暴れていた狐っぽい奴が少しずつ落ち着き、完全に黒色が抜けると、力尽きたように倒れ込んだ。
巨大だった体も俺の大きさ程度に縮み、あんな大暴れしてたのが嘘のようだった。
「な、何が起きたんだ……?」
「おい、いつまでそこで寝てやがる」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「えっ……?」
信じられない光景を見て、放心していた俺の元へ凛とした声と、鈴のような声が両耳の上から聞こえてくる。
ゆっくりと体を起こし、前を見るとそこには。
赤い髪の美丈夫と、黒い髪の美幼女が俺を見下ろしていた