26話 『美味い店』
「とりあえずの目標は決まったが、これからどうすんだ。ここに長居する訳にはいかねぇだろ」
「そうっすね〜。資金の問題もあるし目標が決まったら尚更ゆっくりしてる訳にもいかないッスし」
「そうですね……。何も情報が無い以上俺たちが迂闊に行動を起こすのは危険すぎます。なのでまずは特殊作戦部隊の噂などがないか聞き込みをしましょう」
「え、でも蛍さんも知らなかったことなのに噂話なんて……」
「ふっふっふ……! 甘いですね晟くん! 人の噂話というのは案外バカに出来ないんですよ! 噂話から事件の解決に繋がったりするんです!」
「へ、へ〜……」
元刑事の血が騒ぐらしく、聞き込みとなって蛍さんはふんすふんすと張り切っていた。
……なんか犬に見えてきたな。
そんなことを思っているとぐぅ〜という可愛らしい音が部屋に鳴り響く。
「? あー、今の翡翠ちゃんか」
「うぅ……、お腹空いちゃったんだもん」
「そういや朝から何も食ってなかったからな……。ここ飯食えるところねぇのか?」
「あっても流石にこの時間じゃ開いてないだろ。てか俺も腹減ったな……」
「じゃあ飲食店でも探すっすかね〜。飲食店ぐらいなら直ぐに見つかると思うし」
「腹が減っては戦はできぬと言いますし、聞き込み前に腹ごしなえでもしますか」
満場一致で食事を摂ることに決まり、部屋を出ようと扉の取っ手に手をかける。
そのまま昼飯どうしようかと横に扉を開けると……。
「おっ、あんたらどっか行くのか?」
「ギャァァァァァァァァ!!!!!!」
─────30秒後
「……落ち着いたか?」
「はい……お手数お掛けしました……」
穴があったら入りたい……。
まさか扉の前に立ってた慎司くんにビビり散らし、悲鳴をあげてしまった。
慎司くんにはもちろん、驚かれみんなには笑われる始末……。
あぁ、何もあそこまでビビることは無かっただろ俺よ……。
「ふっ、ふふ……! お前、あんなにビビらなくても……!」
「うぐっふ……! ダメですよ焔くん……! 晟くんにとってはそれほど驚いたんですから……!」
「翡翠は晟お兄ちゃんの声にびっくりした!」
「ん"ふっ! た、確かにそうっすね……!
ふふ……!」
「あんたらちょっと黙っててくんない!?!?」
ただでさえ今顔が真っ赤だと言うのに、耳どころか首まで赤くなる。
今なら口から火を吹けそうだ。
うぅ……と頭から湯気を出していると、気まずそうに慎司くんが話しかけてきた。
「その……俺も急に尋ねて悪かった。それに下に戻るって言って直ぐに戻ってきちまったし……」
「う"っ! 年下に気を遣われる俺めっちゃだせぇ……!」
「今更か?」
「ぶふっ!」
「あんたらマジでなんなの!?」
後ろから聞こえてくる声に思い切り振り返って怒鳴る。
ほんとこいつら隙を見せたら嬉々としてからかってきやがって……!
「あー……、その、あんたらどっか行くんだろ?どこに行くんだ?」
「朝らか何も食べてなかったすから昼飯食べに行くんすよ」
「ふーん。じゃあ俺が店紹介しようか?美味い店知ってんだよ」
「ほんとー!? 連れてってー!」
「いいのか? お前も何かやることとか……」
「別に無いよ。手伝いも今は要らないって母さんたちに言われたし」
「じゃあお言葉に甘えることにしますか。案内よろしくお願いします」
「ん」
そうして俺たちは慎司くんの好意により、美味しい飲食店に案内されることになった。
観光地ということもあり、どこもかしくも店や観光客ばかりで人酔いしそうだ。
そんなこんなで数分歩いていると、人通りの少ない路地に入る。
「本当にこっちであってるのか? 人通り減ってきてるけど……」
「合ってるよ。ちょっと分かりづらいところにあんだよ」
「人通り少ないと言っても表通りより少ないってだけでそれなりに人はいますしね」
「いい匂いがしてきたよ! もうちょっとでつくかも!」
「そうだな、この感じだとすぐ着くだろ」
「ふぅむ……匂いの発生源的にあと数十メートルってところッスかね……」
「なんで分かるんだよ」
恐るべき宝石獣の嗅覚……。
てか匂い嗅いだ程度で距離測るなんて出来るもんなのだろうか。
どうだろう、こいつら普通じゃねぇからわかんねぇや。
「ここだ」
「おお……! ラーメン屋かぁ!」
「いいじゃねぇか、ところでここ豚骨ラーメンはあんのか?」
「あるぜ。豚骨だけじゃなくても醤油、塩、なんでも揃ってる。しかも、全部ワンコイン」
「な、なんですって……!? このご時世でたったのワンコイン!?」
「はぇ〜! めっちゃ良心的じゃないっすか! でもそんな値段で赤字にはならないんすか?」
「前聞いたらやりくりしてるから平気だって」
「早くご飯食べようよ〜!」
まだ幼い翡翠ちゃんは、ワンコインということがどれだかすごくてありがたいことなのか、分からないようで早く食べたいと俺の服を引っ張ってくる。
まぁ俺もいい匂いしてるし、お腹も空いてるのでガラガラと扉を開けたあと暖簾を潜った。
「いらっしゃーせ! ……って、しん坊じゃねぇか!」
「しん坊?」
「だからしん坊って呼ぶのやめろって何度も言ってるだろ……」
「や〜! しん坊がしっくり来すぎててな〜! てか、お前が誰か連れて来るなんて珍しいな! 俺のラーメン食いに来たんだろ?さぁ、座った座った!」
あまりの勢いに少し身を引いてしまうが、言われるがままに席に座る。
勢いは凄いものの、ここの店主らしき人は気のいい人のようで"しん坊"呼びをやめろって言ってた慎司くんも満更でもないように見えた。
どうやらこの2人はよく知り合った仲のようでかなり親しげに見える。
「じゃあ、お客さん! 注文はなんだ?しん坊は塩だろ?」
「それじゃあ……俺は醤油で!」
「俺豚骨」
「翡翠もお兄ちゃんと同じやつ!」
「俺は味噌でお願いします」
「ボクちんは慎司ちんと同じ塩でお願いするっす」
「了解! ちっこい嬢ちゃんは豚骨でいいのか?」
「うん!」
そのまま店主は手際よくラーメンを茹で始め、茹でてる間に、スープや具材の準備を始め、動きを止めることなく麺の湯切りを始める。
バッシャンバッシャン! と激しくも麺が飛び散ることの無い繊細な腕捌きについ感嘆を漏らしてしまう。
湯切った麺をそのままスープの入った丼に入れ、俺たちの前に出された。
「へいおまち!」
「おお! こんな近くでラーメン作られるの初めて見た! それにちゃんと美味そう!!!」
「へへ! そんなに褒めても……、おまけのチャーシューしか出ないぞ!」
「うぉぉぉぉぉ!!! 店主マジ神!」
「うるせぇなこの兄ちゃん」
「そういう年頃なんです。ほっておいてあげてください」
おまけで乗せられたチャーシューに喜んでいた俺は、慎司くんと蛍さんに呆れられてることが気にならないぐらい気分が上がっていた。
モクモクと上がる湯気と共に鼻腔に漂ってくる香ばしい匂いに、自然の腹の音が鳴る。
近くにあった箸を取りズルズルと麺を啜り、それは目を見開いた。
「う、美味い……!」
「これは……想像以上ですね……」
「だから言ったろ、美味い店知ってるって」
「ふん、まぁまぁだな」
「焔ちんそれどこ目線なんすか? てか翡翠ちゃんはそれ全部食べられ……」
「美味しい!」
「……大丈夫そうっすね!」
あまりの美味しさに箸の進む手が止められない。
それはみんなも同じようで喋っていながらも、麺を口に運び続けている。
翡翠ちゃんに出されたラーメンは、大人と同様の量だけど、翡翠ちゃんは燃費が悪い方でよく食べるので全くもって問題はない。
それを知らない焔以外の面々は驚いていたものの、次第に慣れたようだった。
「にしても良い食いっぷりだなあんたら! 作った甲斐が有るってもんだ!」
「あなたの作ったラーメンが美味しいからですよ。普段はこんなに勢いよく食べませんよ」
「おっ! 嬉しいこと言ってくれんなぁ! あんちゃんチャーシューおまけだ!」
「ありがとうございます!!!」
蛍さんも人のこと言えないくらいうるさいじゃんか……と思ったもののそれは口に出さなかった。
俺は大人だからな。
「ふぅ……。ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした〜!」
ラーメンを食べ終わった俺は満足してふぅ、と息をつきながら丼を机に置く。
スープまで飲みたかったが、流石にそれはあれなので泣く泣く断念した。
けれど焔や翡翠ちゃん、紫黄さんと慎司くんたちはスープまで飲み干していて、蛍さんと一緒に密かに引いてしまったのはまた別の話だ。
「別にスープまで飲まなくてもいいんだけどなぁ……。そりゃあ作った側は嬉しいけどよぉ」
「飲んでも問題ねぇだろ」
「いや普通は問題大ありなんですけどね……。やっぱり宝せ……。うぐっ!?」
この時蛍さんの口を塞いだ時の俺の反射速度は生まれてから1番速かったと思う。
冷や汗ダラダラになりながら蛍さんの口を塞いでいるのはものすごく不自然な光景だ。
実際店主から不思議そうな顔で見られていた。
でも俺はどうしても言わなければいけないことがある。
「ダメですよ蛍さん……! 宝石獣であるということは隠さないといけないことなんですよ!」
「! そうでした……。すみません、うっかりしていました」
「分かってもらえればいいです。これからは気をつけてくださいよ……?」
コソコソと話していれば気持ちは落ち着いていて、とりあえず蛍さんもこれから気をつけてもらえばいい。
とりあえずはここは金を払って店を出よう……。
「じゃあ会計を……」
「……なぁ、ずっと聞こうと思ってたんだけどさ」
「ん?」
会計をしようと立ち上がったら、肘を机に置いて頬杖をついていた慎司くんが無表情で話しかけてくる。
俺と蛍さんは唐突なことに首を傾げた。
慎司くんは俺たちを数秒眺めたあとに、こう口を開く。
「あんたらの中に、宝石獣いるだろ」