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21話 『希望』

うちには物心ついた時から親がいなかった。

ある日、うちが昔住んでいた孤児院の前に捨てられていたらしい。

別に親がいないことが寂しいとか悲しいとか、そんなことを思うことは無かった。

うちにとっては孤児院のみんなが家族だったから。


「美麗〜!」


「由美、どうしたの?」


「今日院長からお小遣い貰ったの! だから一緒にお出かけしよ!」


「お小遣い? ……うーん、どうせお金なんて貯めてても使い道ないし……まぁいいか。いいよ」


「やったー!」


物欲なんてものは無くて、時々貰えるお小遣いも使うことは無くてお金が貯まっていく一方だった。

自分で何かを買うなんてことはないから、この機会を活かして何かを買ってみようかなと思った。

どこかに出かける自体は嫌いじゃないし、由美が行きたいって言うなら行ってもいいかなって。


「久々に商店街に来たな〜! 何買おっかな〜」


「無駄遣いはダメだよ。前にお小遣い貰った時も一日で使い切って怒られてたじゃない」


「むっ! 分かってるよ! 今日は気をつけるもん!」


前にこっぴどく怒られたのが効いているらしく、少し指摘をしただけでフグのように頬を膨らませ、プリプと怒る由美に笑ってしまう。

そのまま由美は顔を赤くしたまま、他の店に入って買い物を始める。

うちも由美について行こうとして、綺麗な髪飾りを見つけた。

その髪飾りは、青色の三葉のクローバーの形をした紐が綺麗な物で、なんとなく由美に似合いそうだなって思った。


「おばさん。この髪飾りちょうだい」


「あいよ」


そのまま衝動的にその髪飾りを買い、どうしようかと袋に入った髪飾りを見つめる。

1番はこれを由美にあげる事なんだろうけど

なんだか少し気恥しい。

そんな風に悶々と悩んでいると、買い物を終えたらしい由美がうちの元に戻ってきた。


「あれ、美麗何か買ったの?」


「あ……」


「美麗が何か買うなんて珍しいね〜! そうだ! ほら見て! 美味しそうなお菓子見つから買ったの! 孤児院に帰ったらみんなで食べよう!」


「ゆ、由美! その……」


「ん? どうしたの?」


「これ、あげる……」


顔を赤くしながら、何とかプレゼントを渡す。

相手にどう思われてるのか、不安で顔を上げられない。

いらないって言われたらどうしよう、とかそんなことを考えると少し怖くなる。


「これ、プレゼント?」


「う、うん……」


「本当!? すっごく嬉しい! 開けてもいい?」


「え、いいけど……」


髪飾りとか子供っぽいとか言われないかな……気に入って貰えなかったらどうしよう……という考えが頭の中でグルグルと回る。

けれど由美の反応が気になる自分もいて。


「わぁ〜! 可愛い! なにこれ!」


「髪飾りなんだけど……気に入ってくれた?」


「もちろん! すっごい気に入った! ありがとう美麗〜〜〜!!!」


「わっ! 嬉しいのは分かったから抱きつかないでよ〜」


余程嬉しかったのか由美はうちに抱きついてきて、喜んでもらえたのはいいんだけど流石に恥ずかしくて、顔を赤くしながらどうにか離れてもらおうとしたが由美は離れることはなく、商店街の人たちには微笑ましそうなものを見るような目で見られて少しくすぐったい気持ちになった。

満足したのかうちから離れた由美はおもむろに髪飾りを付け出して、確認を取るように髪飾りを見せてくる。


「どう? この髪飾り似合う?」


「うん。すごい似合ってる」


「へへへ〜! 孤児院のみんなに自慢してやろ! そうだ! お礼と言ったらなんだけどアイス奢るよ! 美味しいお店知ってるんだ〜」


「本当? じゃあご馳走になろうかな」


「じゃあ出発しんこー!」


2人でアイスを食べて、今日の記念にプリクラを撮ろうという話になったから、ゲームセンターに向かってプリクラを撮ったり、どうせだし遊んでいこうという話になって、うちらは時間を忘れて遊び尽くした。

気がついた頃にはもう辺りは真っ暗で、早く帰らないと怒られると焦って近道だという路地裏に入ってしまった。


「ねぇ、由美……。ここ本当に近道なの?」


「本当だって! ここを抜ければ……」


「よぉ嬢ちゃんたち。こんな時間に何してるんだ?」


「こんな人気のないところに来るなんて襲ってくれって言ってるようなもんだぜ〜?」


「だ、誰!?」


「由美! 逃げるよ!」


明らかに人相が悪く、こちらをただの捕食対象としてしか見ていない目に恐怖を感じる。

やっぱり近道なんてせず、いつもの道で帰るべきだったと後悔しても遅かった。

恐怖で足が竦んだ由美の腕を掴み、逃げようと試みるも相手は大人の男だ。

まだ成長していない子供が叶うはずもない。


「おいおい、そんな逃げなくてもいいだろ?」


「おじさんたちが"イイコト"教えてやるからこっちに来い!」


「いや! 離して!!!」


「由美!!! くそっ! 離せっ!」


腕を振り払おうとしてもビクともしない"大人の男"が恐ろしくてたまらなくて足が震える。

その様子を見て目の前の下劣な男どもはゲラゲラと下品な笑みを浮かべていた。

もう一人の男が由美を壁に押付け、強引に服を引き裂く。


「い、いやぁ!!!」


「ガキのくせして立派なもん携えてんじゃねぇか。こりゃあ今日は楽しめそうだ」


「由美! 由美ィ!!!」


「おっと、静かにしてろよ? 安心しろ、お友達と一緒に気持ちよくしてやるから」


「こんのっ! ぺド野郎!!!」


「威勢のいいガキだなぁ。まぁ余計唆るからいいけどよ」


「美麗! 美麗助けて!!」


必死な形相でうちに手を伸ばして助けを求めてくる。

そんな由美を見て、プツリと何かが切れたような気がした。

守らなくては……。このクソ野郎共から……うちの家族を!!!!


「由美を……離せ!!!!!」


そう強く言った瞬間、体が変化するような感覚がした。

男の手がうちの手から離れ、唐突なことにうちを拘束していた男が尻もちをつき、こちらを見上げている。

由美と由美を襲おうとしていた下劣男は、目を見開き信じられないものを見ているような顔をしていた。

でもそんなことはどうでもいい。早く由美を助けないと。

うちの怒りと共鳴するように、体からピンク色をした煙が溢れ出す。

その煙は瞬く間に路地裏どころか、商店街を包み込んだ。

何かが倒れこむ音が沢山聞こえてきて、目の前にいる男たちはもがき苦しむように倒れていた。

けれどその姿に何も思わなかった。むしろもっと苦しめと。

そう思ったらその男たちの周りの煙が更に濃くなり、その煙を吸った男どもはゆっくりと動きを止め、ついには呼吸まで止めていた。

由美は大丈夫なのかと思い目を向けると、由美は座り込んでいて震えながらこちらを見上げている。

……怖かったのだろうか。それも当然だろう。

大丈夫?と声をかけようとしたが、口から出たのは到底人の声とは思えない代物だった。


「キュア……」(由美?)


「ヒッ! ば、化け物……!」


え……?と思って手を伸ばして、ようやく状況を理解する。

うちの手は人間のような五本指の手ではなく、羽毛が生えた鳥の羽になっていた。

それに目線が遥かに高く、路地裏の外まで見渡せることに気がつく。

この時初めて、うちは自分が"宝石獣"であることを知った。


「くそっ! この煙はなんだ!」


「おい! あそこに……。ひぃ! 怪物!?」


そこからはよく覚えていない。

自分が宝石獣であることを自覚し、それが信じられなくて……路地裏から見た商店街の光景を自分がやったんだと知って。

気がついたら気絶した由美を連れて孤児院に帰ってきていた。


「由美!? 美麗!?」


「どうしたの!? そんな格好で……」


まだ事情を知らない孤児院の職員はうちたちが何か事件に巻き込まれたと思っていたらしく、とても優しくしてくれた。

でも次の日、警察から事情を聞いた瞬間態度が変わった。

どうやらあの事件はうちが起こしたんだと警察から話が漏れたらしく、孤児院は商店街のみんなから糾弾を食らい、前まで貰っていた支援金が貰えなくなりどんどん孤児院内の空気が悪くなって……。

それを引き起こしたうちに対して孤児院はついにうちを追い出した。


「お前のせいだ! お前のせいでこの孤児院は終わりだ!」


「出ていけ! この疫病神!」


「なんで宝石獣であることを黙っていたんだ!」


「ち、ちがっ! あれは由美を守ろうと……! それに、うち……自分が宝石獣なんてしらな……」


「もうお前の声なんて聞きたくない! 言い訳をするな!」


孤児院のみんなの目はも、うちを人間として見ていなくて……ただ害を運んでくる害獣だと口々に叫ぶ。

ただ、守りたかっただけ。宝石獣なんて知らなかったという言葉も今となってはただの言い訳にしかならない。

家族同然のみんなに罵詈雑言を浴びせられ、目尻に涙が浮かぶ。


「いたっ……! え……由美……?」


「でていってよ……! もう二度と! 私の前に出てこないで!」


「そうだ! もう二度と顔を出すな!!!」


「いたっ……! 痛いよ! みんな……!」


突然、額に鋭い痛みが走り咄嗟に手を当てるとベトりと嫌な感覚がする。

遅れてこれは血だと認識してコツンと何かが落ちた音に目向けると、血がべっとりとついた石が転がっていた。

目の前にいるみんなを見ると、由美が1人だけ何かを投げつけた体勢で……あの石は由美が投げたんだと嫌でも理解する。

口々に出ていけ、と二度と顔を見せるなとみんなしてうちに石を投げる。

痛くて、悲しくて、辛くて何も言えないうちに、石とは違う何かがぶつかった感覚がした。

それは前にうちが由美に買ってあげたプレゼントで、それを視界に入れた瞬間パリンと心が壊れた音がした。

うちは何も言わず黙って孤児院を後にする。

孤児院を去っていく背中を見ても、みんなは石を投げるのを辞めなかった。







うちが孤児院を去ってから数週間した頃、どうやらうちが宝石獣であることは商店街どころか街中、果てには政府にまで伝わっていたらしくて、捕まえたら金になるとうちを捕まえようとしてくる。

その度にあの煙で黙らせて逃げて、また追われてを繰り返して。

身も心もボロボロでお金も持っていないから、何かを買うことも出来ない。

孤児院から追われ、世界の全てに絶望したうちはついに盗みに手を出した。

宝石獣の力を使えばいとも容易く奪うことが出来た。

それに罪悪感を覚えることもない。

だってもう失うものも、得るものもないから。

でも限界はやってくる。

今日はどこも店が閉まっていて、何かを盗むことが出来ない。

ザーザーと雨がうちの体を無慈悲に叩く。

……まぁこのまま野垂れ死んでもいいかもしれない

どうせ生きてても、何も無いんだから……。


「おい! 大丈夫か!?」


「だ、れ……」


その男の顔を確認する前に限界が来て、ベシャリと雨に濡れた地面に顔をつける。

次に目を覚ました時は、見覚えのない天井がうちを迎え入れた。


「お! 目を冷めたか! どこか痛いところとかはないか?」


「……あんた、誰」


「おっと! 自己紹介がまだだったな! 俺の名前は"日渡 堅治"! この店の店長だ! 気軽に店長と呼んでくれ!」


「店……? なんの店なの」


「風俗だ!」


「風俗……。なるほどね。拾ってやったからここで働けってこと? 残念だけどうちは……」


「む? 別に君に働いて欲しいから保護した訳じゃないぞ?確かに君は顔はいいがまだ子供な上、無理やり働かせるのは良くないからな」


「……は!?」


これが、うちと店長の出会いだった。

店長はドジで、お人好しで今まで出会ったことがない人種で最初は戸惑ってばっかり。

子供を拾ってきたことに従業員たちは驚いていたけど、「この人なら拾ってくるよな」っと納得したようで嬉々として私の世話を焼き始める。


「君、帰る場所はあるのか?」


「……ない」


「じゃあ好きなだけここに住むといい! 何か欲しいものがあればなんでも……」


「ねぇ、うちが宝石獣って言ったらどうする?政府に追われてるって言ったら……」


「どうする?」


「ん? 別になんともしないが」


「……はい?」


「だって宝石獣と人間なんだろう? ならなんで追い出す必要があるんだ? それに政府に追われているならバレないようにすればいい。なにより……」


「子供を追い出すだなんて真似出来るわけないだろう」


そう、なんてことないことない風にあっけらかんと言い放つ店長に呆気に取られる。

だってまた……孤児院の風に追い出されるんだと思ってたから。

追い出されてから初めて、優しく受け止めてくれた店長に勝手に涙が溢れた。

唐突に泣き始めたうちに動揺していたけど、何かを察したのか店長はうちを優しく抱きしめてくれた。


「何があったのかは聞かないよ。でもそんな下手くそに無く君を俺は絶対に見捨てない。だから今は好きなだけ泣きなさい」


「うっ……ぅぅぅぅ!!!」


その日は店長の腕で一日中泣き腫らし、うちは店長に何か恩返しをしたいと思い始める。

そのために何度も働きたい、と言っても店長は首を縦に振ることは無かった。

成人しても働きたいのなら雇ってもいいと言ってくれて、約束通りうちが成人して働けるようにしてもらった。

……でも。


「あの子、捨てられてたらしいのよ? 可哀想よね……」


「働き手がないところを店長が見かねて拾ってくれたんだって……」


「なんて気の毒な……」


「可哀想」「気の毒」「助けてあげなきゃ」

その全ての同情が憎たらしくて、うちは可哀想じゃない。

この道を選んだのはうちの選択だ。

あんたらに同情される覚えなんてない!!!!!


「もう成人か! 早いものだな! そうだ、お前にプレゼントがあるんだ」


「プレゼント?」


「これだ」


「なにこれ、ネックレス? それにこの宝石、綺麗……」


「その宝石の名前はタンザナイト。石言葉は"高貴"、"知性"、そして……"希望"だ」


「美麗はうちにやってきた新たな希望だ! これからよろしく頼む!」


店長だけは、そんな安っぽい同情をうちにしなかった。

どこまでも真っ直ぐで、心優しい人。

うちは……店長を絶対に守るんだとこの時決意した。

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