20話 『心強い援軍』
「まぁ、こうなる予感はしてたけどさ……! この展開2度目だよ……!?」
「あれを食らってまだ立ち上がるとか化け物ですか!?」
「ギュァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!!!」
「傍から見たら割と怪物なのはそう!!」
"対捕縛用電撃砲"を食らったのにも関わらず、遊蓮さんは立ち上がり、こちらに向け翼を広げて威嚇を始める。
けれど流石にノーダメージ……とは行かないようで荒い息遣いで汗をかいていて、とても苦しそうだ。
その目には憎しみと怒りしか無く、俺たちを見てすらいない。
その目に何を映しているのか、俺には分からない。
「キュァァァァァァ!!!」
「また神経ガスを!?」
「しかも完全にさっきのことを学習してますね……! 無闇矢鱈に突進してこない!」
遊蓮さんは高く飛び上がり、再び神経ガスを辺りに撒き始めた。
そして地上に降りたら痛い目に遭うと学習したのか、空からこちらを見下ろすばかりで降りてくるような素振りは一切見せない。
その判断は正解で、実際に俺たちはこのままじゃ手も足も出せない。
このままじゃ為す術もなく、神経ガスが全身に回り俺たちは死ぬ。
「キュァァァァァ!!!」
「って思ったら普通に突進しに来た!?」
「くっ……! ですが先程よりも格段に動きが鈍い!!! これならまた"対捕縛用電撃砲"で……」
そうして月渡さんが遊蓮さんに銃口を向けた瞬間、遊蓮さんはすぐさま方向転換して遥か大空へと逃げていく。
遊蓮さんは何も考えずに俺たちに突っ込んできたんじゃない。
攻撃したら逃げるというヒットアンドアウェイをしている。
つまりそれは今の遊蓮さんは怒りに身を任せ暴れているだけの獣じゃないということ。
さっきまでも明確に人の知性のようなものを感じていたけど、確信した。
遊蓮さんはまだ、"人である意識"が残っているということに。
「マジでこれどうします!? このままじゃ俺たちなんも出来ないまま死ぬっすけど!」
「どうしようもありませんよ! その前に一旦退却するべきです!」
「それはそう! でもこのまま逃げたら歌舞伎町の人たちはどうなるんですか!?」
「……このままでは、あと数時間もしないうちに死に絶えます」
「じゃあダメだ! 逃げられない!」
「……! 何言ってるんですか! ここで逃げなくて俺たちまで死んだら何も残らない! なら逃げて少しでも彼女を止めるために策を練った方がいい!」
「それでも、諦めて歌舞伎町の人たちの命を見捨てることはしたくない」
「この……っ! わからずや!!! ここで俺たちまで死んで、歌舞伎町の人たちまで死んだら歌舞伎町の人たちの命は無駄死にになる! そうならない為にも俺たちは逃げるべきだ!」
「嫌だ! まだどうにか出来るかもしれないのにしっぽ巻いて逃げるだなんて……俺はしたくない!!!!」
「よく言ったっスね。晟ちん。そんなチミの願いを叶えてあげるッスよ」
「!? 紫黄さん!?」
そう言って「やっ!」と片手を上げるその人は不敵に笑ってみせた。
俺は唐突なことで思考が止まりかけるが、この神経ガスは宝石獣にとっても毒であることを思い出して慌ててしまう。
「ちょっ!? 紫黄さん! 聞きたいことは山ほどあるんですけど、とりあえず逃げてください! この神経ガス……」
「知ってるッスよ。これボクちんらに毒なんすよね?それなら大丈夫っス。対策済みッスから」
「対策……?」
「ボクちんの能力は瞬間移動。ボクちんのそばにある神経ガスを他の場所に移動したらあら不思議! この神経ガス漂う地上でも好きに動けるってわけッスよ!」
「あ……確かに紫黄さんの周りだけ神経ガスが……」
本人の言う通り、紫黄さんの周りには神経ガスが無く、俺の周りの神経ガスも消えていた。
まさかの心強い援軍に少し心が軽くなる。
「こ、金剛くん、この人は……?」
「おっと! 自己紹介遅れたっスね! ボクちんは紫黄 瞬! こんな名前ッスけど立派な女の子ッスよ!」
月渡さんはども〜と、呑気に挨拶をする紫黄さんに訳が分からないのか、口を金魚のようにパクパクして指を指したまま固まっていた。
まぁそりゃそうなるよなぁ……と俺は頬をかく。
紫黄さんの能力は正しくチートで、俺も神経ガスみたいな気体も瞬間移動出来るとは思わなくて驚いてる最中だ。
「それで、あの子を止めたらいいんすよね。あの距離ならインターバルほぼ無しで近づけるっすよ。あ〜でも空中なんで危険な賭けッスけど」
「それでも何も出来ないよりはマシです。でも遊蓮さんを元に戻すには翡翠ちゃんの力が必要で……」
「そういえばそうだったっスね。肝心の翡翠ちんは今どこに?」
「……はぁ、もうなんか驚き疲れた……。翡翠ちゃんはあそこの丘の上の店にいますよ」
「了解〜。んじゃ翡翠ちんのお迎え行ってくるッスよ。そういえば焔ちんも連れてきた方がいいっスか?」
「うーん……。本人のやる気があったらで……」
「了解ッスよ〜」
そのまま紫黄さんはヒュン! といなくなり、それに伴い再び神経ガスが俺たちの周りに漂い始める。
紫黄さんが翡翠ちゃんともしかしたら焔を連れてくるまで時間を稼げたら俺たちの勝ち。
たださっきまでの絶望はもうない。
今あるのは希望だけ。
「もう逃げなくてもよくなりましたね!」
「……そうですね。まさかあの子たち以外にも味方の宝石獣がいるとは思いもしませんでしたよ。しかも神経ガスを瞬間移動出来るとか遊蓮嬢の天敵のような人じゃないですか」
「それは俺も驚いた」
月渡さんは1度店に目を向けたあと、静かに遊蓮さんに視線を向ける。
手に持った"対捕縛用電撃砲"を握りしめ、凝り固まった肩を解すためにグルグルと腕を回す。
「紫黄さんを警戒してるのか突っ込んでこなくなりましたね」
「そうですね。やはり彼女はまだ考える脳が残ってるようです」
「やっぱりそうだよな〜! 苦土さんの時はマジで理性の無い獣って感じだったからなぁ〜! それでも死ぬかと思ったけど……」
「理性があってもなくても暴れられると厄介ってことですね」
月渡さんの言う通り、宝石獣は理性があってなくても牙を向いたら厄介であることに違いは無い。
正直政府がその存在を狙い続ける理由が分かるほどに。
黒色の体毛が夜空と一体化していて、宝石獣がどれほど壮大な存在なのかを突きつけられているかのようだ。
「ウ"ゥ"ゥ"ゥ"ゥ"ゥ"……!!!」
「どうやら来るようですよ。理性が残ってると言ってもやはり暴走状態のようです」
「うーん闇墜ちバーサーカー」
「だからその闇堕ちバーサーカーってなんなんですか!?」
「キュァァァァァァァァ!!!!」
そのまま突っ込んで来たため、慣れた動作で遊蓮さんから避ける。
やっぱり体力を消費してるせいか、動きが最初の頃よりも鈍くなっていて、もう限界が近づいていることを察した。
「紫黄さんはまだか!?」
「呼んだッスか?」
「呼んだ……って……うわぁ!? びっくりするんで急に来るのやめてくれません!?」
「にゃはははー! 緊急事態だから許してちょ!約束通り翡翠ちんと焔ちんを呼んできたッスよ!」
「おまたせ! 早く美麗お姉ちゃん治してあげよう!」
「ちっ、いつまで時間かけてやがる」
「助かりました。では早速お願い致します」
「ほいっス! じゃあ翡翠ちんと焔ちんは心の準備出来てるッスか?」
「出来てるから早くしろ」
「出来てるよ!」
2人の承認を取った紫黄さんは、数度頷いたあと、2人に向け手を伸ばすり
次の瞬間、3人は遊蓮さんの上に現れ、ビースト化した焔が遊蓮さんを押さえつけるように背中に飛びつく。
「キュァァァァァァァァ!!!」
「グルルルルル……!」
「思った通り……自分の上には神経ガスを撒けないようっすね! 念の為着いてきたッスけどこれボクちん要らなそうっスね……。って! これバランス悪すぎて落ちそうッス……!!」
「うぅ……目が回る……」
「……あれ大丈夫なんですか?」
「だ、大丈夫! ……なはず……」
途中から自信がなくなり声が萎んでしまう。
焔が上に乗ったせいで、バランスの崩した遊蓮さんは焔を振り払おうととにかく翼を羽ばたかせて暴れ回るため、翡翠ちゃんの能力を発揮することが出来ない状態になっていた。
「ヤバいっすよこれ! どうにも出来ないっス!」
「目が回る〜〜〜!」
「あっ、戻ってきた」
「もう暴れ馬すぎてどうにも出来ないッスよ!」
「遊蓮さんは鳥でしょ」
「やかましい!!!」
戻ってきた紫黄さんは地団駄を踏む。
翡翠ちゃんはと言うと、目を回し到底動けるような状態ではなかった。
こんな時にもまだ遊蓮さんは暴れ回り、正直焔もそんなに余裕が無いように見える。
このまま遊蓮さんの体力が切れるのを待つか、それとも博打を打つか……。
……答えは一つだ。
「紫黄さん。俺を遊蓮さんの所に連れて行ってください」
「はっ!? 何を言ってるんスか!? 晟ちんが行ったところで……」
「俺は暴走状態になった宝石獣に狙われる体質です。きっと気を引ける」
「でも……」
「お願いします」
「あなたは何を言ってるんですか! 彼女の言う通り、君が行ったところで何ができるんですか!? 実際気を引けたとしてもそのまま死ぬのがオチです! 警官として、君を行かす訳には……!」
「心配してくれて、ありがとうございます。でも俺は行きます」
「だから……!」
「俺を……"信じてください"!!! 月渡さん!!!」
「……っ!」
月渡さんは面食らったように黙り込む。
俺は元より死ぬつもりは無い。
そりゃ死ぬかもしれないけど、俺は死なないという一欠片の運に全てを賭ける。
「紫黄さん」
「……あぁぁぁ!!! 分かったッスよ! 死んでも恨まないでくださいッスよ!」
「ありがとうございます!」
ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱して、俺を遊蓮さんの元へ飛ばした。
俺は浮かぶ体を必死に動かし、どうにか焔の体にしがみつく。
「!? グガァ!」
「はは、心配してくれてんのか? 大丈夫。俺は死なねぇよ」
何かを訴えてくるように吠える焔に笑いかける。
……ちゃんと笑えてるだろうか。
顔は引き攣ってないか?もうとっくに覚悟はしてきた。
あとはその覚悟を実践に持ち込むだけ。
「ふぅ……。信じてますよ。遊蓮さん」
俺は、焔から手を離した。
「ガァ!!!!」
「キュアッ!?」
「晟お兄ちゃん……!?」
「何をして……!」
「クソっ! 狙いはそれっスか……!?」
俺は浮遊感に目をきつく閉じる。
このまま何も無ければ俺は墜落して死ぬか、遊蓮さんの嘴に貫かれて死ぬ。
そしてその2つを乗り換えて生きる道。
さぁ……俺の明日はどっちだ!!!!
「……。はぁ……紫黄さん助けてくれたのか」
「ゴゥラァァァァ!!! やっぱりそれが狙いだったスか!? 降りてきたら説教ッスからね!!!」
「げっ! それは勘弁!」
下から拳を突き上げ怒鳴られるが、まぁ怒られるようなことをしたのは事実だ。
紫黄さんはサイコキネシスで俺を落下死しないようにしてくれたらしく、俺の体はふよふよと浮いている。
けれど、ズボンの右ポケットに違和感を感じた。
何かがスルリと抜ける感覚に、咄嗟に目を向ける。
「ネックレス……?」
「!」
1週間前に、俺が拾った綺麗な青色の宝石が付いたネックレス。
それを見た遊蓮さんは驚いたように目を見開き、動きを止めた。
その姿に違和感を覚えたが、今のこの絶好の機会を逃がす訳にはいかない……!
「今だ! 焔!!!」
「"落とせ!!!!"」
「ガァァァァァァァ!!!!!」
「ギュァ"!?」
そのまま焔は腕を思い切り振り下ろし、遊蓮さん諸共地面に落ちる。
凄まじい土埃と共に、神経ガスも掻き消え街がよく見え、地面に激突してもなお、激しく抵抗する遊蓮さん。
「翡翠ちゃん! 今のうちに!」
「う、うん!」
「!? ギュァ"ァ"ァ"ァ"!!!!」
緑色の光が遊蓮さんを優しく包み込み、影が少しづつ遊蓮さんから去っていく。
荒かった息遣いは影が消え去るころには、もう穏やかな息遣いに変わっていた。
巨大な鶴の姿から元の遊蓮さんの姿に戻り、事態が収まったことを示す。
「はぁ〜……ようやく終わった……」
でもあの時、あのネックレスを見て悲しそうな顔をしていたのはなんでだろう……。
昨日は更新できなくてすみません!
序章が終わるまでは毎日投稿したかったんですけど、昨日はリアルが忙しくて……
そういえば、今短編の方も投稿しようかなぁ……と思ってるんですけどこっちの投稿が忙しすぎて全然投稿できる気配がない……