プロローグ『金剛 晟』
遡ることおよそ9時間前くらい。
この時の自称平凡高校生さんは、まさかいつもの日常が唐突に終わりを迎えることは夢にも思っていなかったのである。
俺の名前は金剛 晟。
我ながら実に読みにくい名前だと思う。
そして名前の厳つさからは想像も出来ないほど、俺は至って平凡な暮らしをしている。
「ふわぁ〜……」
「あら! 起きたの?アキちゃん! 朝ごはんそこに置いてあるから食べてね!」
「ふぁーい」
まずは朝
とても真面目な男子高校生の俺は、学校に行くために朝の8時に起き、母さんの作った目玉焼きとベーコン乗りのトーストを食う。
どっかで見たことあるような食事だな……と思ったそこの君。
触れるんじゃあない。
少し時間が気になるが、まぁ家から学校まで距離が近いし、遅刻することは無いだろう。
『続いてのニュースです』
『最近発生している宝石獣-クリトス-の凶暴化について政府からの表明について……』
「あっ、やっべ!」
「も〜! アキちゃんったら寝惚けてるの?」
「そうかも……。母さんタオルちょうだい!」
俺は持っていたコップを盛大に落としてしまい、床や机をびしょ濡れ状態にしてしまった。
幸い朝飯に犠牲はないため、母さんにタオルを持ってきてもらいせっせと床と机を拭いていく。
俺のやらかしだから仕方ないとはいえ、朝からこんなことをする羽目になるとは……。
『そして政府は新たな最新兵器を作ったと発表しており、市民からは兵器を作って何をする気なのかという、不安の声が上がっています』
「うげ、政府のやつまぁた新しい兵器作ってんのかよ。そんなに作って他所の国と戦争でもするつもりか?」
「やだ。政府はまた兵器を作ってるの?母さん怖いわ」
ここ最近、政府はずっと最新兵器と呼ばれる武器を量産し続けている。
流石に核兵器のようなものには手を出していないが、戦争と無縁の日本で使うことがあるのか……と思うようなものばかりを作っていて、ニュースのアナウンサーが言っている通り不安を覚えてる市民も多い。
実際俺の母さんがそうだ。表立って言わないだけで、多少の不安を抱えている。
ネットの掲示板などでは、「政府はアメリカと戦争するつもりだ」とか「ついに日本も戦争する時代になったかぁ……」などと、好き勝手言われている始末。
まぁ、本当に戦争が起きない限り、俺は興味無いし、それよりも今日の学校で数学がないか、の方が重要だ。
「ごちそーさま」
「はい。お粗末さまでした」
母さんに食べ終わった皿を渡し、歯を磨きに行く。
父さんはいないのかって?俺が起きる3時間前には起きて電車でせっせと働きに行ってるよ。
そのまま相も変わらず冴えない顔をしてる奴を見ながら、無心でシャッコシャッコと歯を磨く。
「ごぼぼぼぼぼ……ペッ!!!」
「……おし、歯磨き終わり。あとは着替えて学校行くか」
現時刻8時半。
学校は9時までに登校したらいいので、割と余裕がある。
階段を登り自分の部屋で制服へ着替え、鞄を持つ。
「しっかし、そろそろ片付けねぇと母さんに怒られるよなぁ……」
俺の部屋はどうなってるのかと言うと、散らかり放題。
ゴミとかが転がってる訳では無いのだが、そこら中に脱ぎっぱの洋服やらなんやらが散乱している状態だ。
だがしかぁし!!! 漫画やフィギュア、ゲームといった物ははちゃんと保管しておりホコリ1つ付いていない!
オタクたるもの聖書と宝珠と至宝は大切に、それはもう大切に保管しなければ。
「アキちゃ〜ん! 遅刻するわよ〜!」
「やべっ!」
ふふん! とドヤ顔をしていた俺は、母さんに一声によって我に返る。
そのままドテテテと騒がしく階段を駆け下り、弁当を持った母さんに弁当を手渡されワタワタと靴を履く。
「アキちゃん。行ってらっしゃい」
「ん。行ってきます」
─────────────
「あらぁ! アキちゃんじゃない! これから学校?」
「うす。おはようございます」
「はい。おはよう。学校頑張ってきてね」
学校に行くには商店街を超えていく必要があり、小さい頃から通っているおかげで商店街の人たちとは ほぼ全員と知り合いだ。
母さんが、「アキちゃんアキちゃん」と言うため、商店街の人たちからもそう呼ばれている。
少しむず痒いからやめて欲しいが、笑顔でアキちゃんと呼ばれるとやめろ……と言うのは幅かれるため、未だにアキちゃん呼びだ。
「……ん? 今誰か路地裏にいたかな……?」
ふと視界の横に路地裏に入っていく人間が見えたのだが、そこに視線を向けても誰もいない。
気のせいか? と思い再び学校に向けて足を動かそうとした時、俺の耳にとある会話が入ってきた。
「ねぇ、聞いた? 今朝の話!」
「ええ聞いたわ……。ここ最近狼みたいな遠吠えが聞こえるって……」
「怖いわよねぇ……。それに近所の高島さんが夜中に巨大な化け物を見たって!」
「高島さんだけじゃなくて肉屋の飛鷹さんも、花屋の大野さんも、その化け物を見たとか……」
「恐ろしくて夜に出かけられないわ。あ、そうだ。ねぇねぇ浜田さん。この前綺麗なネックレスを見つけたのよォ!」
「あらホントなの?」
商店街のおばさんたちがそう話しているのがたまたま聞こえ、その不可解な噂話につい聞き入ってしまった。
けれど一度話が終わってしまえば、他の話題に移行しているのがおかしくて、つい笑ってしまう。
まぁ俺には関係の無い話だし、このまま盗み聞きするのもあれだから今度こそ学校に向かって足を動かし始めた。
「おっ、やっと学校着いたか」
「つっても、ここまで10分ぐらいしか経ってねぇし、やっともクソもねぇか」
「おーい! 晟!」
「おー。はよ田中」
「はよはよ〜」
こいつの名前は田中 春樹。
俺とは違い、読みやすく厳つくもない名前だ。
今すぐにでも名前を交換して欲しい。
田中は俺が中学の時からの付き合いで、それ以来ずっと同じクラスの親友みたいなやつだ。
この前そう言ったら否定されて泣いたことは内緒な?
「今日の一限数学だってさ」
「うげっ、マジかよ最悪……」
「お前数学の木村先生ほんと嫌いだよね〜」
「当たり前だろ!? 毎回毎回チクチク小言を言ってきやがって……!」
「それは晟が課題を忘れるのが悪いと思うよ」
それは言うな。
「はよ〜」
「おはよ〜」
扉を開けて挨拶をすると、教室の中から実に気の抜けた返事が返ってくる。
「相変わらず気が抜ける奴だな、お前」
「金剛くんには言われたくないな〜」
「仲がいいね、2人とも」
「あっ、田中くんもおはよ〜」
「うん。おはよう清水さん」
目の前に座る女の名前は清水 瑠璃。
腰までの長い髪を緩く後ろで三つ編みにしてて、目鼻立ちが整った人間だ。
清水は高校から知り合った人間で、俺のどこに琴線が触れたのか分からないけど何故か気に入られてる。
ちなみに清水はこのクラスの美化委員で園芸部。
毎日どっかしら掃除してたり、部活で育てている植物を世話するために朝早くから登校してる。
顔も整っていて成績も優秀。
実は結構なモテ女なのである。
けどどうもどこか抜けていて、天然と呼ばれる人種だ。
そんなこんなで3人で中身のない談笑を続けているとチャイムが鳴り出す。
「はーい座れ〜」
そんなこんなで俺の一日の学校生活の始まりだ。