17話 『亀裂』
「あなたたちこんな所で何やってるんですか? なんでわざわざ裏口なんかから……。! もしかしてあなたたち泥棒ですか!?」
「ちょ! 誤解誤解! 俺たちはここの従業員! 警察が沢山居たから入りにくくて、裏口から入っただけだって!」
「……そのスーツ、この店の従業員の制服か。失礼しました。言いがかりをつけてしまい……」
「あ、大丈夫です。俺たちも紛らわしいことしてし」
年若い警官はそう言って頭を下げてきた。
ぶっちゃけこれに関しては状況的に俺たちはめちゃくちゃ怪しいし、この警官に非はないだろう。
必要以上に俺たちが警戒しすぎていたのかもしれないし、堂々と真正面から店に入ればよかったかも。
……にしてもこの警官若いな。
パッと見、俺とそんなに年齢が違わないように見える。
ただ童顔なだけなのだろうか。
「あなたたちは店長が消えた理由、または店長が行きそうな場所に心当たりありますか?」
「いや、それがさっぱり……。むしろ俺たちが知りたいぐらいっていうか……」
「てかお前ほんとに警察官なのかよ。見た感じ俺たちとそう変わらないねん……うぐっ!?」
「どうした焔ァ!!! 飴でも舐めたいのか!?」
「えっと……」
「い、いやぁ! ははは! こいつ燃費悪くてすぐ腹空かすから飴常備してるんですよ!」
「そうなの〜?」
「翡翠ちゃん、シッ!」
絶対こいつは喋らしたら話がややこしくなる……!
何か余計なことを言う前に、この間貰った飴を焔の口に突っ込んだわ
怪訝そうにする警官に適当な言い訳をする。
翡翠ちゃんが不思議そうにしていたが、警官にバレないように口に指を当てて「余計なことは言わないで」というジェスチャーをすると、翡翠ちゃんはそれに素直に従ってくれた。
困惑気味にこちらを見下ろす警官にははは……と苦笑いを返す。
「おい! 俺は別に……むぐっ!?」
「どうした焔ァ!!! まだ足りないのか!?」
何か言おうとする前に、追加の飴を口にぶち込めば飴を舐めるのに集中して焔は黙る。
これで大丈夫だと「ふぅ……」と汗を拭う。
その姿を見て若干引かれたような反応をされ、少しショックを受けるものの警官は口を開いたり
「まぁ、俺が童顔なのはよく言われることですし。気にしてませんよ。それより自己紹介がまだでしたね」
「俺の名前は月渡 蛍です」
「あ、ご丁寧にどうも……。俺は金剛 晟です。こっちはこっちは紅玉 焔で、この子は……」
「翡翠は翡翠だよ!」
「です」
この警官は物腰がとても柔らかく、警戒心はいつの間にか消え去っていた。
それは翡翠ちゃんも同じらしく、店に入る前の不安そうな顔はいつも通りの顔になっていて安心する。
一方、焔は飴を舐めるのに集中しているようで一言も喋らない。
まぁ、俺がそうしたのだから文句を言おうとは思わないが。
「あの、さっき遊蓮さんと話してましたけど、遊蓮さん大丈夫でしたか?」
「遊蓮……ああ、あの青髪の人ですか。だいぶ参っていたようですね。まぁ仕方ないことではありますが」
「そうですか……。とりあえず店の中入っていいですか?流石にいつまでもここにいるのはちょっとアレなんで」
「あ、すみません。そうですよね」
ようやく俺たちは店の中に入ることが出来た。
正直かなり寒かったからありがたい。
店の中に入ると裏口からは見えない場所まで見えて、やはりエントランスにも結構な人数の警官がいてあちらこちらを探し回っていた。
2階に行った警官たちを合わせたらかなりの人数の警官が来ているらしい。
「……? 月渡、こいつらは」
「この店の従業員です。警察官が沢山いて裏口から入ってきたそうで……」
「そうか、それは失礼した。後で他の者たちに伝えておくから今度からは裏口から入らなくてもいい」
「あ、はいどうも」
「騒がしくしてしまってすまない。私は月渡の上官の春滝だ」
春滝と名乗った警官はそれなりに歳を食っているようで、所と所にシワがあり、どこか威厳のある出で立ちをしている。
威圧的な態度では無いのだが、前に立つと自然と背筋を伸び、気を張り詰めた。
こういう雰囲気を持つ人をカリスマというのかと俺は漠然とそう思った。
「こっちも色々と混乱していてね。何せ日渡店長は歌舞伎町でも評判の人でね。警察も、街の人間も気が気じゃないんだ」
「店長、まだ見つからないの?」
「大丈夫。おじさんたちが必ず見つけるさ」
話を聞いていて、不安がぶり返したのか翡翠ちゃんが上目遣いで春滝という警官に聞いていた。
春滝という警官は怯えさせないように翡翠ちゃんに目を合わせるためにしゃがみ、そっと頭を撫でる。
柔らかい笑みを浮かべ「必ず見つける」という言葉に安心したのか体の力が段々と抜けていく。
「もう夜も遅い。君たちも疲れているだろうからもう上がるといい。君たち、家はどこだ?」
「あ、ちょっと色々あって俺たちこの店で住み込みで働いてて……」
「そうだってのか……。部屋はどこだ? 部下たちに伝達して君たちの部屋には立ち入らないように言っておこう。だがその前に君たちの部屋の捜索をすることになるがいいか?」
「はい。別に構いませんよ」
「協力、感謝する。では捜索が終わるまでここで待っていてくれ。行くぞ月渡」
「はい」
そう言って2人の警官は俺たちの部屋へと向かっていった。
その間やることがなく、どうしようかと思った俺はとりあえず焔へ意見を聞くことにした。
「おい、焔お前いつまで飴舐めてるつもりだよ。てかもうとっくに溶けてるだろそれ」
「あ? テメェが俺の口に飴を突っ込んだくせに文句言うんじゃねぇよ」
「それはそう!」
「晟お兄ちゃん〜。翡翠も飴ちゃん欲しい」
「え? 分かった。ちょっと待ってね……。はい、どうぞ」
「わぁ〜! いちご味だ! ありがとう!」
「どういたしまして〜」
「で、これからどうすんだ」
「それ俺が言おうとしたことなんだけど!?」
とはいえ、本当にやることがなくて困る。
俺たちも捜索に協力したいところだが本職の人達がすでに来ているし、むしろ手伝ったら邪魔になりそうだ。
ここは春滝さんの言う通り、ここで大人しく待っているべきか?
そう悶々と悩んでいるたら、ふと未だに俯いて項垂れている遊蓮さんが目に入った。
同じ風俗嬢であろう人に、背を撫でられていて顔が見えなくてもかなり参っているのは見てわかる。
俺は意をけして遊蓮さんに話しかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
「……ああ、君か」
「あれ、あなたは新しい清掃員さんよね?」
「はい、金剛晟です」
「晟くん、でいいのかしら……。ごめんね、今美麗は見ての通り誰かと話せる状態じゃ……」
「いいよ、大丈夫」
「でも……」
「大丈夫だから」
有無を言わせない圧に「そう……」と言って風俗嬢は食い下がった。
いつもなら他の人を怯えさせるような行動をしない 遊蓮さんが、その気遣いをできないぐらいに憔悴していると分かり、店長が遊蓮さんにとってどれほど大きい存在なのか痛いほど伝わってくる。
普段は綺麗な青色をしているその瞳は、色を失い底の見えない暗い穴のような瞳に変わっていて俺は少し 恐ろしくなり1歩後ずさってしまう。
けれど何とか言葉を絞り出し、何とか会話は成立した。
「店長、見つかるといいですね」
「……そうだね」
「戻ってきたら今までどこ行ってたんだー! って殴ってやりましょう! ここまで心配かけたんですからそれぐらいは許されるはずですよね!」
「はは。それはいいや。帰ってきたらうちも1発ぶち込んどこう」
「お前の1発であいつ死ななきゃいいけどな」
「うるさいよ焔。その言い方じゃうちがゴリラみたいじゃん」
「実際そうだろ」
「は?」 「あ?」
気が立っているのか、普段は聞き流せる言葉もそうはいかないらしく、2人の間にバチバチと電流が走る。
てか焔はいつこっちに来たの?しかもなんか喧嘩売ってるし。
こいつは余計なことをしなきゃ死ぬ病にでもかかってんのか????
というかこれ止めるの俺だよなぁ……。
「あーはいはい。2人とも落ち着け〜。争ってもなんもねぇんだしやめろよ」
「あ……。ごめん。頭に血が登った」
「ちっ!」
「お前のその舌打ちはなんなの!?」
「待たせた。晟くんたちの部屋の捜査は終わった。異常は何も無かったよ」
「あざっす。じゃあ俺たちは部屋に戻りますね」
「うん。晟くんたちも店長探すの手伝ってくれてありがとね」
「はい。じゃあ春滝さんもありがとうございます。ほら焔と翡翠ちゃんもお礼言って」
「ありがとう!」
「ん」
「ああ。そうだ月渡。流石に何も無いと思いたいが、万が一ということもある。3人を部屋まで送って行ってあげなさい」
「分かりました。では皆さん行きましょう」
そのまま春滝さんや遊蓮さんと別れ、月渡さんを先頭に俺たちは部屋に戻る。
結局店長の居場所のヒントも得られず、一日を終えることになりそうだ。
本当に店長はどこに行ったのだろうか。
まさかこのまま見つからないのではないか、という不安が過り、心臓が忙しなく動き始めた。
けれど、どこかすぐに見つかるだろうとも思い、相反する考えが脳に残り気持ち悪い感覚だ。
「着きましたよ。もう辺りも暗いですし、よく休んでくださいね」
「そういや、飯どうすんだ」
「確かに……。こんな状況じゃキッチン使えないしな……」
「お菓子あるよ!」
「うーん、お菓子はご飯にならないかなぁ」
「じゃあ軽食であれば後で俺が持ってきますよ」
「マジっすか!? じゃあお願いしやっす!」
「分かりました。では後で持ってきますね。では皆さん部屋に……」
扉を開けた瞬間、月渡さんの言葉が不自然に途切れる。
部屋の一部分を見つめて硬直した月渡さんに首を3人して傾げた。
怪訝に思いながら隙間から部屋を覗くと、俺は目を見開く。
その理由は……。
部屋の真ん中に傷だらけの店長が手足を縛られた状態で倒れていたからだ。
これには俺だけではなく、後から部屋を覗いた焔と翡翠ちゃんもあまりに不自然な光景に声も出せずに混乱している。
俺たちよりも先に正気に戻った月渡さんが店長に駆け寄り首に手を当てた。
「……良かった。まだ生きています」
「ちょ、なんで俺たちの部屋に店長いんの!?」
「確かこの部屋はあんたらが調べたんだろ。どういう事だ」
「俺にも分かりません。誰かが店長をここまで運んだか……。いや俺たちがここを調べたのはほんの数分前だ。そんな短時間でバレずに成人男性を運び込めるわけが……」
「そんなことは後で考えましょうよ! とりあえずこれどうにかしなきゃ……」
俺が店長に手を伸ばしたその時、猛烈な殺意が後ろから感じた。
咄嗟に手を引っこめて後ろを見ると、逆光により表情の見えない遊蓮さんが佇んでいる。
表情は見えずともその周りを漂う空気は張り詰められていて、自然と小刻みに体が震えた。
「……どういうこと」
「どういうことって……。見てわかる通りですよ!早く手当……。!?」
「見てわかる通り……? はは、そういうこと?」
「……彼女、様子がおかしくないですか」
「ああ、ありゃあ正気じゃねぇな。翡翠、念の為俺の後ろに隠れろ」
「うん」
辛うじて見えた表情は歪に口角が上がっているということだけで、それ以外は未だに何もわかることは無い。
けれど震えている声音、尋常ではない空気の張り詰めにこの場にいる誰もが警戒を始める。
「あんたたちが、店長をそんなにしたんだ」
「は!? 何言ってるんですか!? そんな訳……」
「じゃあ、なんで何時間も探して見つからなかった店長があんたらの部屋で見つかるのよ!!!」
「それは! 俺たちが知りたいぐらいで……」
「もういい! 言い訳なんて聞きたくない!」
「ありゃダメだな。殴って気絶させるか?」
「ダメですよ。せめて殴るだけで気絶しない程度にしてください」
「殴っても翡翠が治すから大丈夫だよ〜?」
「そこちょっと黙っててくれない!?」
「あんたたちを信用したうちが馬鹿だった……。やっぱりうちが本当に信用できるのは店長だけだ……」
俯いて前髪で表情が隠れた遊蓮の表情は分からない
けれど、その声は悲痛に塗れていて聞いているだけで心が痛くなる。
拳を握りしめ怒りからか体が震えていた。
「ふざけんなよ……。うちたちが何したっていうのよ……。ただ、生きてただけなのに、蔑んで、妬んで、欺いて……」
「なんだ……?」
「もう、この世の全てが憎い……! 全部、壊れて、無くなればいい!!!」
悲痛に塗れていた声は、いつの間にやら憎悪に塗れた声に塗り替えられる。
髪を掻きむしり、ようやく上げられた顔は晟たちがよく知っている優しい遊蓮の顔ではなかった。
その顔は憎悪に狂った女の顔であった。
次の瞬間、遊蓮の影がまるで生きているかのように激しく蠢き始める。
部屋中に突風が吹きありとあらゆるものが吹き飛び始めた。
「いきなりなんですか!?」
「急にラリったか!? ちっ! 邪魔くせぇな! 何だこの岩!」
「あぁ〜! 翡翠のお菓子ぃー!!!」
「お前ら状況本当に分かってんの!?」
「……!? 影が……!」
晟は他の影よりも、遥かに黒色が濃い影が素早い動きで遊蓮に近づくのを目撃した。
その影は遊蓮の影に溶け込むかのように消え、次の瞬きをする前に、遊蓮の影がまるで無数の帯のように地面から飛び出し、遊蓮を包み込む。
「……!まさか……」
「おいおいおいおい……! そのまさかじゃねぇよな……?」
「もしかして、美麗お姉ちゃん……」
「ほんと、誰か状況説明してくれません!?」
帯のような影が消え、そこから出てきたものは……
非常に巨大な暗い暗い黒の色をした巨大な鶴であった。
「キュアァアアアアアアア!!!!!」
「うわぁぁぁぁ!!! 闇落ちバーサーカーだァァァァ!!!!」
「なんなんですかそれ!!!!」