15話 『偏見と同情』
「ふっ、ふふーん」
「あれ、晟くんじゃん。どうしたのそんな上機嫌で。てか何その大量のお菓子」
「遊蓮さん! 実はさっき店長に頼まれて買い出し行ってたですけど、その時にめっちゃ渡されたんですよ! 翡翠ちゃんとあとついでに焔と一緒に食おうと思って……」
「あー、なるほどねぇ。そりゃそうなるか。店長キモイほど人望あるから街に出たらめっちゃおまけ持たされるよ」
「キモイって……。まぁいいや。仕事終わったら翡翠ちゃんと一緒に菓子食べようと思うんですけど遊蓮さんも来ます?」
「じゃ、お邪魔しようかな。客が来なかったら行くね」
「うす!」
そのまま俺は大量の菓子を持ったまま仕事に戻る。
紙袋に入った菓子は邪魔にならない場所に置き、翡翠ちゃんの喜ぶ顔を想像し、ニマニマと掃除をし続けた。
そんな俺を少し引いたように見る他の従業員に気が付き、慌てて顔を引き締める。
恥ずかしい……完全に怪しい人になってたな……。
「ん? なんだこれ」
「ネックレス……か?」
掃除をしていたら、床にネックレスが落ちているのを見つけた。
シルバーのチェーンに、青紫の宝石がついたシンプルながらも、とても美しいネックレスでつい見とれてしまう。
だが、恐らくこれは落とし物だろうから、持ち主を探さなければと近くにいた他の清掃員に声をかける。
「すいません。これ落ちてたんですけど持ち主が誰か知りませんか?」
「落し物? ……すまない。私も分からない。だがそんな高価なものを落としたのだから持ち主が探しに来るだろう。もし持ち主が戻ってきたら私が君が持っていると伝えるからしばらく預かっておいてくれ」
「うっす」
「しかし君には助かってるよ。よく働いてくれるしね」
「いやいや。むしろこんぐらいしか出来ないのが申し訳ないっす。本当はもっと他のことも手伝いたいんすけど……」
「ははは。うちは年中人手不足だからね。1人でも仕事を手伝ってもらうのは本当に助かってるんだ」
「マジですか!? そう言われたら俄然やる気が出てきました!」
「元気がいい子だなぁ。今日は初仕事で疲れただろう。もう上がっていいよ」
「え、まだ5時前なのにいいんですか?」
「ああ。店長からは私が伝えていく。それに小さい女の子が待っているんだろう?きっと寂しがっているだろうから早く戻ってあげなさい」
「……ありがとうございます! では今日はこれで」
「ああ。ゆっくり休むんだよ」
店長だけでなく、ここの従業員はとても気が良く優しかったり
俺たちの事情を汲んでくれる体制には感謝しかない。
改めて、本当にいいところに拾って貰えたと思う。
俺は菓子の入った紙袋を持ち、ネックレスはポケットにしまっておく。
そのまま階段を登り、翡翠ちゃんの待つ部屋へ辿り着いた
「翡翠ちゃんただいま〜。って遊蓮さんもういたんですね」
「まぁね。お客来ないし、翡翠が寂しいかなぁって思ったから」
「晟お兄ちゃんおかえり! その紙袋どうしたの?」
「ただいま翡翠ちゃん。これはお菓子。一緒に食べようか」
「お菓子!? やったぁ!!!」
「ただし、晩飯が入らないぐらい食べるのはダメだからな」
「はーい!」
紙袋を地面に降ろしたら、翡翠ちゃんは嬉しそうに物色し始めた。
やはり子供だからか菓子は好きらしい。
かという俺も菓子は好きなのだが。
ちなみに菓子と言ってもスナック菓子のことね。
「にしてもすごい量だね〜。これ今日だけで食べ終わるの?」
「まぁ焔もいるんですぐ無くなると思いますけどね。仮に食べきれなくてもまた明日食べたらいいし」
「んむむふー!」
「それもそうか。それと翡翠は食べ終わってから話しな」
こんなに嬉しそうにしてくれるのは俺も嬉しく、美味しそうに菓子を食べ進める翡翠ちゃんの姿に頬が緩む。
それは遊蓮さんも同じらしく、頬杖をついて優しい笑顔でま見守っていた。
俺も何か食べようかな、と近くにあったポテトチップスだと思われる菓子の小袋に手を伸ばす。
「戻った……、ってなんだよこの菓子の量は。てかなんで美麗もいやがる」
「お、おつ〜。初仕事どうだった?」
「街の人たちに沢山貰ったんだよ。お前も食うか?」
「おふはえり! おひいはん!」
「仕方ねぇから貰ってやる。あと翡翠は食い終わってから喋れ」
そう言って焔はドスン、と翡翠ちゃんの隣に腰を下ろし、菓子に手を伸ばした。
そうして4人で菓子を食べながら、ダラダラと雑談をし始める。
翡翠ちゃんはずっとこの部屋にいたからか、みんなの話を本当に楽しそうに聞いていた。
そうして時間を忘れるほどの楽しい時間は、ある訪問者が来たことによって終わりを迎える。
「おや、4人ともここにいたのか」
「店長じゃん。どったの?」
「これからご飯の時間だからみんなを呼びに来たのさ。みんなここにいてくれたのはありがたい。呼びに行く手間が省けたよ」
「あれ、もう6時か。時間が経つのは早いな……」
「飯食えるなら早く行こうぜ。こき使われたせいで腹減ってんだよ」
「ははは。さぁみんなキッチンに向かおう。今日の夜ご飯はチャーハンらしいよ」
「チャーハン! 楽しみ!」
そうしてゴミを片付けたあと、キッチンへと向かい、昨日と同じく5人での食事が始まった。
作り立てだと思われるチャーハンは湯気が出ていて、香ばしい匂いが漂っていており、見ただけで美味しいと分かる。
「じゃあ、いただきます!」
「いただきます!」
「ん」
いただきますの挨拶をしたあと、思ったよりも腹が空いていたらしく手は進んだ。
それは焔も同様らしく、いつもよりも食い付きが良かった。
一方、翡翠ちゃんは菓子を沢山食べたせいか手の進みが遅く、俺は菓子を食べさせたのは失敗かなぁと少し反省。
今度はちゃんと配分考えておこう。
「それで、焔くんと晟くん。初仕事はどうだい?」
「別に荷物を運んだり整理するのは簡単だがいいんだが、無駄に量が多いせいで途中で飽きる」
「俺は楽しくやれましたよ。店長や他の清掃員さんと俺たちの事情を汲んでくれてる上に街の人たちも優しくて……」
「そうか。そう言って貰えるとこちらも嬉しいよ! では明日からもまた頼むよ」
「はい!」
「しゃーねぇな」
「う〜……。もうお腹いっぱい……」
「あちゃー。やっぱり食べさせすぎたかぁ」
「おい翡翠。もう食えねぇなら俺が代わりに食う」
「うん……。お願いお兄ちゃん」
「今度はこうならないように、ちゃんと食べる量は考えような」
「はーい……」
「ははははは!」
それから10分くらいする頃には、みんな食べ終わっており、俺と遊蓮さんは皿洗いをする事になった。
2人でみんなの皿を台所に運んでいる間に、焔は翡翠ちゃんと一緒にお風呂に入りに行ったらしい。
「たく……。せめて一言ぐらい言えっての」
「焔くんは自由だからね。俺も仕事に戻るとするよ。皿洗い任せてすまないね」
「いやこれぐらいはさせてください。皿洗い終わったら俺も風呂入りに行きますね」
「ああ分かった。美麗もあとは頼むよ」
「りょ〜」
そうしてキッチンは俺と遊蓮さんの2人きりになる。
流石に少しの気まずさを感じるものの、台所に横並びになり、皿を洗い始める。
ちらりと遊蓮さんの横顔を伺い見るが、その顔は何を考えているのは分からなかった。
美人は黙っていても美人なんだなぁ、と酷くくだらない感想が浮かんでくる。
「……晟くんはさ、宝石獣についてどう思ってる?」
「え、宝石獣について? 急になんで……」
「答えて」
「……。正直、よく分かんないです。もう2度も暴走化した宝石獣に襲われて死ぬかと思ったし関わったことに後悔したこともあります」
「……」
「でも、今は違う」
「!」
「宝石獣がいたから俺は変われた。それに焔はどうでもいいけど翡翠ちゃんや苦土さん、紫黄さんに店長……遊蓮さんに出会えました」
「宝石獣がいたから……」
「はい。だから俺は今感謝してるくらいです。宝石獣のおかげでこんなにいい人たちに巡り会えたんですから」
まぁ、その分嫌な奴らと関わる羽目になったんだがな……という言葉は飲み込んでおいた。
ちはみに嫌な奴らとは、俺たちが逃げなきゃいけない自体にしやがったあのイカレ2人組のことだ。
嫌なことを思い出してうげぇ、と顔を顰めていたら複雑そうな顔をした遊蓮さんに、俺も気になってたことを聞いてみようと思った。
「そういえば遊蓮さんってなんでここで働いてるんですか?」
「色々あってね。うちは店長に拾われてここで働くことになったんだよ。まぁ拾われた時はまだ小学生の頃だったから働くって言っても20歳になるまでは居候みたいなもんだったかな」
「うちが最初ここに拾われて、働くことになった時周りの人間はうちを"可哀想な子"として扱った。それがうちにとってはすごく嫌だった」
「……店長だけだったんだ。うちを"可哀想な子"扱いしなかったのは。うちがここに来たのも、働くのもうちが決めたこと。勝手に同情なんてされて欲しくなかった」
「店長にはね、すごく感謝してるんだよ。うちが宝石獣だと知りながらここに置いてくれて。ここはどこか裏の人間と繋がってるとかもないし、福利厚生もしっかりしてる」
「でも世間では風俗嬢は底辺の仕事とか言われて見下されてる。確かに裏と繋がってる店もあるし福利厚生がしっかりしてる方が少ない。胸を張って生きられるるような仕事じゃないのは自覚してる。人に勧められるような生き方じゃないことも分かってる」
「でも、でもさ……。勝手な憶測で好き勝手言って、勝手にうちの人生に同情にしないでよ……!」
「遊蓮さん……」
泡だらけのスポンジと皿を強く握りしめ、慟哭の様な、聞いてるだけで苦しくなるような声を絞り出してそう叫んだ。
髪で隠された横顔は、なんだが俺には泣いてるように見えて無意識のうちに遊蓮さんの名前を呼ぶ。
だけどこれ以上は遊蓮さんが1番嫌う"同情"になってしまうのではないかと思って、何も言うことが出来ない。
「……! ごめん、いきなり変な話しちゃって」
「いえ! その、俺もすみません。いきなり踏み込んだ話をしてしまって……」
「晟くんは悪くないよ。勝手に熱くなったうちが悪いんだから」
「その、図々しいんですけど、店長と遊蓮さんの関係ってどのような関係なんですか?」
「店長は……。そうだな。うちのお父さんみたいなものかな。本人には言ったことないんだけど……」
「そう、なんですか……」
「さ、お皿洗いも終わったことだし。君はお風呂に入ってきな。そろそろ客が来る頃だからうちも戻らなきゃ」
「……はい」
そう言ってそそくさと手を洗い、キッチンから出ていく遊蓮さんの後ろ姿を、ただ見つめることしか出来なかった。
……俺は、あの時何を言えばよかったんだろうか。
「わっかんねぇ……!」
歪みは、大きくなるばかり。