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14話 『日渡 堅治』

「あ、店長。ちょっといいっすか」


「ん? どうしたんだい?晟くん」


「その、働き始めて早速で申し訳ないんすけど翡翠ちゃんを1人にするのはちょっと不安で……。せめて朝起きる時と飯を食べる時ぐらいは一緒にいさせてくれねぇかなぁ……って」


「なんだそんなことか! 全然気にしなくていい。こちらこそ配慮が足りなくて申し訳ない」


「い、いえ! こちらこそ贅沢言ってしまいすみません」


「ははは! 君はまだ子供なんだから我儘言っても誰も怒らないよ!」


「いやもう高校生なんでそんな我儘言う歳じゃないんすけど……」


正式に許可が降りたため、俺は翡翠ちゃんを連れキッチンに向かう。

そのついでに焔に連絡を取り、朝飯を一緒に食うかと聞いておいたり

翡翠ちゃんがいるなら行く、と朝からシスコン全開の発言に呆れるが、まぁ焔がいる方が翡翠ちゃんも嬉しいだろうと文句は飲み込む。


「お、朝飯はコーンスープにトーストとジャムか」


「翡翠コーンスープ好き!」


「よかったな〜。じゃコーンスープ用意するから翡翠ちゃんはトーストをみんなの分運んでくれる?」


「はーい!」


俺はさらにコーンスープを入れ、翡翠ちゃんは俺の言う通りトーストを運んでくれている。

逃走生活だと言うのに気の抜ける日常に、危機感が薄れるが、まだ襲撃を受けていないから大丈夫だろうと高を括る。

そんなこんなで朝飯の用意が終わる頃に焔が欠伸をしながら部屋に入ってきた。


「朝飯は?」


「お前来た瞬間の第一声がそれなわけ???」


「お兄ちゃんおはよう!」


「ん。よく眠れたか?」


「ぐっすり!」


「はぁ……。まぁいいや。朝飯食おうぜ」


こいつに何を言っても無駄だと学んだ俺は、ツッコむことはやめ席に着く。

それに釣られるように焔も翡翠ちゃんもそれぞれ席について、久しぶりのように思えるみんなと一緒の食事を楽しむ。


「なんかこうやって3人で飯食うのめっちゃ久しぶりな気がするわ。昨日までも普通に一緒に食ってたのに不思議だな」


「まぁあれだけのことがあったんだ。仕方ねぇよ」


「苦土さんたち大丈夫かな〜」


「何かあれば連絡するって言ってたし、今んところなんも連絡ないから大丈夫だよ。……多分」


「そこは言いきれよ」


3人の食事は酷く穏やかなもので、きっと何も知らない他人が見たら俺たちが追われている身だとは微塵も思わないだろう。

けれど張り詰めて生活するよりも、これぐらい緩い方が精神衛生上もいいはずだ。

何より俺の心が持たないからこれくらい緩い方が余っ程いい。


「焔、お前仕事の方どうだ?」


「なんもねぇよ。ただ男手が足りなかったやらなんやらで酷使されるのがめんどくせぇ」


「ふーん。まぁ上手くやってるみたいで安心したわ。お前すぐ問題起こしそうだし」


「あ"ぁ"!?」


「見て見て! うさぎさん!」


「あら可愛い。もしかして翡翠ちゃんって天才……?」


いつものように軽口を叩き合い、ジャムで描いたうさぎを見せてくる翡翠ちゃんに癒される。

気がつく頃には30分程度の時間が経過していて、少し慌てた。

会話が心地よすぎて時間を気にしていなかったための過失だ。

まぁ少しぐらいいいか、とそのままゆっくりと3人の交流に油を売る。

俺が仕事に戻ったのはそれから10分後の話だ。

朝飯を食べ終わった俺たちは翡翠ちゃんを部屋に送り戻したあと、それぞれ仕事に戻った。


「にしてもこの店広いし綺麗だよな。人手不足ってほんとなのか?」


「人手不足なのは本当さ。綺麗なのは俺が他の清掃員と協力して今までずっと掃除してたからさ。しかし少人数で清掃をするのは大変だったから晟くんの存在は助かってるよ」


「うわぁ!? 店長!? いつの間に後ろにいたんですか!?」


「おや?驚かせてしまったか……。それはすまないことをした」


「マジでビビったんでこれからは一言声をかけてください……」


「ははは。分かった。これからはそうしよう」


気がついた時には既に店長が俺の後ろに立っており、俺はつい悲鳴をあげてしまう。

店長は申し訳なさそうにしていて、文句を言う気にもなれなかった。

しかし忙しいはずなのにら他の清掃員と協力して今までこの状態を保っていたという事実が本当だとすると、かなりすごいことじゃないか?

この人ドジだけど実は凄腕だったりするのだろうか。


「まぁ俺がいて助かってるなら嬉しいっすね。居候の身なんで精一杯働かせてもらいますよ」


「ありがとう晟くん。そうだ、晟くん。あとで買い出しに行ってもらえないだろうか? 足りなくなってきている物や食材があってね」


「うす。なんなら今からでも行ってきますか?」


「そうだな……。じゃあ頼もうかな。メモを今から書いてくるから少し待っててくれないかな」


「分かりました」


数分したあと店長は俺にメモと金を持たせくれた。

メモには人参やらキャベツ、肉。

それとシャー芯やらコピー紙などの物が書かれていていて、本当にただのお使いようだった。

このぐらいなら1人でも荷物を持てそうだ。


「じゃ、行ってきます」


「ああ。行ってらっしゃい。気をつけるんだよ」


「うす」


店長に見送られた俺は、メモと共に渡されたスーパーの道が書かれた地図を見る。

どうやらスーパーはここから距離はそこまでなく、大体歩いて10分程度の場所にあった。

ここは立地が良いらしくて、駅からもさ程遠くないようだから夜になる頃にはたくさん客が来るのではないだろうか。

その割には昨日の人通りの無さは疑問に残るが。


「とっ……。ここか。そこそこデカイなぁ」


「あら、あんた見ない顔だね。どこのもんだい?」


「あ、ども。あそこの風俗店の新入りです。今日はお使いに出されたんですよ」


「なんだい。日渡さんとこの子かい。ならゆっくりしてくんだね」


「ども……」


このように見ない顔の俺が珍しいのか、声をかけられ事が多々あった。

しかし俺が店長のところの人間だと分かると途端に、警戒を解いて良くしてくれる。

どうやら店長はここら辺の人たちから慕われているようで、そこの人間だと無条件に優しくされるようだ。

店以外のところでも店長の人柄が分かり、改めてすごい人だなと思った。


「これの会計お願いします」


「かしこまりました。あなた、日渡さんのところの人なんでしょう? ならおまけです。もらってください」


「え!? いいんすか? 俺店長のところで働かせてもらってるだけなんすけど……」


「いえいえ。日渡さんのところで働いてる人はいい人ばっかりなんですよ。ならあなたもいい人ですよ。あの人は人を見る目がありますから」


「あ、ありがとうございます……」


「ふふ。また来てくださいね」


「は、はい!」



あの人、どこまで人望を増やせば気が済むんだ……?

俺は渡された飴を眺めながらそう思った。

帰り際も俺が店長のところの人間だと知れ渡っていたらしく、誰かとすれ違う度に何かしらの菓子やジュースを貰って店に戻る頃には両手が大変なことになっていた。


「おお! おかえり晟くん。どうだった……って。なんだか凄いことになってるね」


「店長あんたどんだけ歌舞伎町の人たちに好かれてるんですか! 俺がここの人間だってわかった瞬間めっちゃ良くしてくれる上に大量に菓子渡されたんですけど!」


「いやはやここまで慕われているとはなぁ! 少し照れくさいが嬉しいものだな! はっははは!」


「笑ってる暇があったらこれどうにかしてくれませんか!?」


店長は人きしり笑ったあと、荷物の半分を持ってくれてかなり余裕ができた。

けれど、この人があれほど好かれる理由は何となく理解出来る。

事情を知りながらも、俺たちを匿ってくれてる上に働かせてくれて、宝石獣を匿うことの危険性を知っていながら遊蓮さんをここにおいていることで分かる懐の大きさ。

どんな事でも笑い飛ばせる豪胆さと、人を気遣える優しいところ。

出会って1日だが、俺は既にこの人が好きだ。

俺たちの逃亡生活が終わったあとも、是非とも良くしてもらいたい。


「よし、ここまで運んでもらったらあとは俺が何とかする。この大量のお菓子たちは君たちが好きに食べなさい」


「マジっすか!? こんなに大量の菓子があったら翡翠ちゃん喜ぶよな……。あざっす! 店長!」


「なーに。これは君が貰った物だ。気にしなくていい」


「じゃあ仕事終わったあとこれは翡翠ちゃんと食べます! あとついでに焔とも!」


「うんうん。仲がいいのは良い事だ。仕事頑張っておくれよ」


「うす! じゃあ失礼します!」







「晟くんは本当に働き者でいい子だな。流石焔くんが連れてきた子だね。焔くんとも仲良くやってるようで安心だ」


ポトン……。と何か水滴が落ちる音が日渡の耳に入る。


「? 雨漏りか? いや、今は雨なんて降ってないし、第一ここが雨漏りしている所なんて見たこともないしな……」


「まぁ気のせいだろう。書類整理もしなくてはならないし、早く仕事に戻ろう」


影はより濃く、より激しく蠢いている。

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