13話 『忙しない店長』
「いや〜客人に後片付けをさせてしまった挙句、食事の準備までさせてしまって申し訳ない! 客人が来ると聞いて張り切ってたんだが、何故だか俺が料理をするとキッチンを爆破させてしまうからな! ははは!」
「いや"ははは"じゃないですよ……。なんで料理しただけで爆発させるんですか……」
「晟くん、気にしたら負けだよ。店長こういう人だから」
「えぇ……」
どうやら先程の爆発音の正体は、店長がキッチンを爆発させた音らしい。
どうやってキッチンを爆発させたのかはよく分からないが、恐る恐るキッチンに入ったら周りは黒焦げ、しかも何かが飛び散っていてそれはもう酷い有様だった。
仕方なくみんなで掃除をしていたら、そこでも店長は水をぶちまけたりとドジを連発する。
これじゃ余計掃除する時間が増えると遊蓮さんにキッチンから追い出され、ついでに今日の晩飯を店長の代わりに作る羽目になった。
頬を黒くしながら朗らかに笑う店長を見たらどうも毒気を抜かれ、文句を言う気も失せてしまう。
「もういいだろ。話もあるし、とりあえず飯食うぞ」
「ん? ああ! そうだった。話とはなんだい? 焔くん」
焔に促され俺たちは、それぞれキッチンの傍にあったテーブルに食事を並べ椅子に腰掛けた。
ちなみに席順は俺たちの前に遊蓮さんと店長が横並びになっており、真ん中を翡翠ちゃんとし俺から見て右に焔、左に俺と言う席順だ。
翡翠ちゃんは話に興味が無いのか、今は食事に夢中となっている。
「話はこうだ。今俺たちは諸事情で追われる身になった。だから関西にいる俺の古い知り合いの元に行くとになったが、他の仲間を待つ間匿って欲しいのと資金調達のためしばらくここで働かせて欲しい」
「おい、焔……。今更だけどこの話ってしていいのか?」
「へーきへーき。店長はうちが宝石獣で政府に追われる立場なのを理解してうちをここに置いてくれてるし」
「え、そうなの!?」
「ああ! 俺は詳しくは知らないが宝石獣がとても難しい立場なのは理解しているつもりだ。だから君たちは好きなだけうちにいてくれたらいい。責任を持って君たちを保護する」
そうやって俺たちを真っ直ぐと見つめて宣言してくれる店長に、俺は少し意外に思った。
店長はノリが軽く信用できるのかと少しだけ疑っていたが、その真っ直ぐな瞳には強い責任感を感じ自然と力が篭ってた肩の荷が少し下りる。
この人ならしばらく世話になってもいいかな、と俺はそう思った。
「じゃ、3人に部屋用意しないとね。あーでも空き部屋そんな無いし3人とも同じ部屋でいい?」
「翡翠はいーよ!」
「まぁ世話になるから贅沢は言えませんし……」
「どうでもいいから早く部屋に連れてけ」
「おっけー。3人とも同じ部屋でいいってことね」
「じゃあ3人とも疲れてるだろうし部屋でゆっくり休むといい! 皿は俺が片付けておく!」
「待って店長は何もしないで。後でうちがやっとくから」
「む? そうか? じゃあ頼んだぞ!」
「はぁ……」
遊蓮さんは変わらずの店長にため息をついたが、いつもの事なのかすぐに切りかえ俺たちを部屋に案内するから着いてきてと歩き出す。
それについて行くが、店長にしつこく話しかけられ俺は「やっぱりこの人に世話になって大丈夫なのか……?」と思ってしまう。
「さ、ここだよ。トイレは部屋から出たらすぐ右手側にあるからそこ使ってね」
「うす。わざわざありがとうございます」
「ん、ちゃんとお礼を言えていい子だね。じゃ、うちはこれから仕事だからゆっくりしていってね。でもなるべくお客さんに姿は見せないようにね。風俗未成年がいるのはバレたらマズイし」
「そっすね……。世話になる立場なんで店側に不利益が出ないように気をつけます」
「ありがとね。じゃあ疲れてると思うからよく休んでおきな」
「君たちには明日から働いてもらうことにするよ! かなりの重労働になるだろうから体を休めておいてくれ」
「うす。2人とも仕事頑張ってください」
「じゃあまた明日。焔と翡翠ちゃんにもよろしく伝えといて」
「はい」
そうして俺はそれぞれの仕事に向かう2人を見送り、部屋につくなり寛ぎ始めた焔に呆れ返った。
「あのなぁ、焔。疲れて眠っちゃった翡翠ちゃんはまだしも、お前はちゃんとあの二人にお礼ぐらい言えよ」
「あ?アイツらが休めつったんだろ。俺はそれに従ってるだけだ」
「ああ言えばこう言う……。はぁ、まあいいや。明日からここで働くことになるし俺たちももう寝よう」
「ん」
そうして俺たちの騒がしい一日は終わりを迎えた。
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「おはよう諸君! よく眠れたかい!? 早速だが焔くんと晟くんには仕事に取り掛かってもらおう!」
「朝の五時なのに元気すぎない???」
次の日の朝の五時に叩き起された俺たちは、仕事に振り分けられた。
ちなみに翡翠ちゃんはバイトできる年齢じゃないので、まだスヤスヤとお休み中である。
焔は俺よりも力があるということで、溜まったゴミの処理と荷物の整理をさせられ、俺はと言うと食事の用意と清掃だ。
どうやら時々客に食事を用意することがあるらしく、それの手伝いも兼ねているらしい。
「それにしても晟くんはとても手際が良くて助かるよ! まぁ風俗で未成年のバイトは禁止されているからこれが警察にバレたら俺はしょっぴかれるんだがな! はははは!!!」
「そ、そうっすね……」
笑えないブラックジョークに、俺は苦笑いをするしかなく死んだ目をしながら箒を掃いていた。
ちなみに流石に学校の制服で働くわけにもいかないので、特別に俺と焔にはスーツが支給されている。
スーツなんて着たことがないので、少しの違和感はするものの、これで高校生だとは怪しまれることは無いだろう。
「はよーっす店長。あれ、その子新しいバイトですか?」
「うむ。新しい清掃係として雇ったんだ!優しくしてやってくれ!」
「おけまる〜。新人くんこれからよろしくね」
「う、うすっ!」
他の風俗で働いている人には、俺たちは新しく雇った人間……、ということで通している。
まぁ嘘では無いので、セーフだろう。
この店で遊蓮さんが宝石獣であることを知っているのは店長だけらしく、他の店員や風俗嬢には知られていないらしい。
宝石獣だとバレたら余計な火種を撒くだけだと、遊蓮さんは言っていたが、その顔は少し寂しげで宝石獣であるということはいいことだけでは無いということを再認識させられた。
「一応うちは朝の七時から開業しているが本格的に客が来るのは夜の7時辺りになってくるからそれまではそこまで気張らずともいいよ。何か言ってくる客は来ないだろうけど仮に何か言われたら遠慮なく俺に言ってくれ」
「あ、ありがとうございます。……その、なんかすみません。匿ってもらってる上に働かせてくれるなんて……」
「ははは。困ったらお互い様。このご時世だ。他人への思いやりが欠如したら未来はないよ」
「本当に、ありがとうございます!」
「そんな頭を下げずともきちんと働いてもらってるだけで十分お釣りは貰ってるさ。俺も仕事に戻るから頑張っておくれよ」
「はい!」
店長はどこまでも人が出来ていて、少しドジなところと落ち着きがないこと以外は、欠点という欠点が見つからなかった。
風俗店の空気には未だに慣れないが贅沢は言ってられない。
せめてもの恩返しと考え、俺は張り切って清掃に取り掛かる。
店長に言われた通り、ちょくちょくお客さんは来るものの、そんなに客通りがいいわけじゃなかった。
どうやら昨日俺たちがこの店に来た時間帯は客通りが少ない時間帯だったらしく、運良く客と遭遇しなかったようだ。
新しい顔なのが珍しいのかジロジロと見られ、定期的に高校生とバレたか……?と肝を冷やしたが
スーツ効果なのか珍しがられても、怪しまれはしなかったためほっと息をつく。
「はぁ……。にしても紫黄さんが合流するのはいつになるんだろ。てか苦土さん本当に大丈夫なのか……?」
「やっ、少年。やってるね」
「うわっ!? ってなんだ、遊蓮さんじゃないですか。驚かせないでくださいよ」
「めんごめんご。なんか考え事してたみたいだったからさ」
「で、どうしたんですか? 俺になんか用でも……」
「まぁそうだね。焔と翡翠ちゃんについて話したいことがあったんだよ」
「焔と翡翠ちゃん?」
「そ、あの子たちって今までずっと2人で生きてきて翡翠はそうでも無いんだけど焔は宝石獣以外の人間に決して心を開かなかったからさ。だから焔が君を連れてきた時は本当にびっくりしたんだよ」
「……」
「焔があんな性格なのは翡翠以外に心から信頼出来る人間がいないからなんだよ。だからさ、晟くん。これからも焔のことよろしく頼むよ。あいつ、ちょっと危ういところあるから」
「……え、普通に嫌っすけど」
「うんよろしく……。え? 嫌?」
俺が嫌だと断言すると、遊蓮さんに信じられないものを見たような顔をされる。
え? 嫌だってそうだろ。
あいつに何があったかなんて知ろうとも思わなければ、知りたいとも思わない。
だってあいつ普通に性格破綻してるし、図々しい上にデリカシーもない。
ぶっちゃけすげぇ嫌い。
翡翠ちゃんならまだしも、あいつがどうなろうと知ったこっちゃないし、仮に何かあってもそれは俺の責任じゃなくてあいつの責任じゃね?。
俺は翡翠ちゃんが何か困ってたら全力を持って手を貸すが、焔には何があっても手を貸す気は全く持ってない。
てかあいつ俺が手を貸そうとしたら全力で拒否するだろ。
と、そう言ったら遊蓮さんはしばらくポカンとしたあと、堰が切れたかのように腹を抱えて大笑いし始めた。
「ぷっ! あっははははは!!!!」
「えっ!? ちょ、大丈夫ですか!? てか俺そんな面白いこと言った!?」
「言った言った! は〜こんなに笑ったのはいつぶりだろ。そっかそっか、焔が懐いてた理由はそういうことか」
「何がそういうこと!? てか懐かれてるって言い方やめてくださいよ! うわっ、めっちゃ鳥肌立った!!!」
「ぶふっ! マジ嫌われててウケるんだけど! うんうん。君はそのままでいいよ。いいや、"そのままでいて"」
「? それってどういう……」
「じゃ、うちこれから仕事あるし、もう行くわ。仕事頑張れよ少年」
「あ、ちょ!」
そのまま遊蓮さんはヒラヒラと俺に手を振り、仕事に戻って行った。
俺は遊蓮さんが言ってた言葉の意味が分からず、ガシガシと頭を搔く。
正直あんなに大笑いされたのも腑に落ちず、モヤモヤとした気持ちが胸に残る。
うーん……、と頭を悩ませていると時計が朝の8時になりかけており、翡翠ちゃんが起きてくる時間なのを思い出した。
「やべっ、もうすぐ翡翠ちゃんが起きる時間だ。誰もいなかったら翡翠ちゃん混乱しちゃうよなぁ……。ちょっと仕事サボることになっちゃうけど翡翠ちゃんのところに行こう」
後で仕事をサボってしまったことを謝って、翡翠ちゃんが起きる時間帯は休憩時間にして貰おうかな、と考えたまま俺は翡翠ちゃんがいる部屋に向かう。
「翡翠ちゃん、翡翠ちゃん。もう朝だよ」
「ん〜? あれ、晟お兄ちゃん……? その格好どうしたの? お兄ちゃんは?」
「俺たちはお仕事。翡翠ちゃんが起きる時間だからちょっと戻ってきたの。キッチンにご飯用意してるから一緒に食べに行こうか」
「うん! お兄ちゃんも来るかな?」
「まぁ呼んだら来るんじゃないかな。その前に店長のところに言って色々と相談しないとな〜」
店長に色々と相談することがあるな、と翡翠ちゃんと手を繋ぎながらそんなことを考えていた。
翡翠ちゃんは「今日の朝ごはん何かな!」と俺の顔を見ながら笑顔で言うので「なんだろうな〜翡翠ちゃんは何がいい?」と言う。
そんな穏やかで平和な時間が廊下を包んだ。