12話 『大人の世界』
「歌舞伎町? なんで歌舞伎町なんかに……」
「歌舞伎町に知り合いがやってる店があんだよ。それにここから近ぇしそこに世話になる。紫黄がいつか合流すると言ってもある程度の移動費やその他にも金がかかる。ついでにそこで働いて金を稼ぐんだよ」
「確かに、俺金なんて持ってきてねぇし稼がねぇとな」
「そういうことだ。まぁ翡翠は働けねぇしその分お前が稼げ」
「お前は翡翠ちゃんの分稼がねぇのかよ!!!」
「翡翠、お手伝いならできるもん!!!」
「騒いでねぇでとっとと行くぞ。もう夜になっちまったしこのまま野宿は嫌だろ」
「それはそう!」
どうやらこの廃墟は歌舞伎町からそれなりに近いらしく、歩いて数十分程度で日本歓楽街の1つとされている"眠らない街"歌舞伎町へと辿り着く。
辺りも既に暗くなり、ネオンにより歌舞伎町を明るく彩っている。
様々な看板が並んでおり、どれも俺のいた街には無いようなもので、物珍しさからキョロキョロと辺りを見渡す。
「歌舞伎町なんて初めて来た……。なんかその、すげぇな!」
「ガキかよ。着いてこい。流石にこの時間に俺たちだけってのは悪目立ちする」
「あ、ちょ待てよ!」
「晟お兄ちゃん早く〜」
翡翠ちゃんを連れ、ズカズカと進んでいく焔に俺は急いでついて行く。
もうちょっと見て回りたい、と思ったが焔の言う通り 、この時間帯に俺たちしかいないのは悪目立ちするようで先程からジロジロと見られていた。
それに居心地が悪くなり、大人しく焔の後に続く。
そして段々人通りが無くなっていき、いきなり前を歩いていた焔が歩を止めた。
「ここだ」
「ここって……」
「風俗じゃねぇか!!!!!」
焔が俺を連れてきた場所は、所謂"大人の店"呼ばれている店であり俺は困惑する。
知り合いがやっている店と聞いたから、てっきり飲食店か何かだと思ってた俺は、まさかの場所に顔を赤くしたり青くしたりで大変愉快なお顔になっていた。
アワアワしている俺を他所に、焔はなんてこと無いようにドアノブに手をかける。
「んな顔芸してる暇があったらとっとと入るぞ」
「え!? ちょ……!」
「……あれ、焔じゃん。それに翡翠もいるし、どったの」
「キャアーーーー!?!?」
「うわうるさ。何この子」
「はぁ……」
扉を開けた瞬間、俺たちをお出迎えしてくれたのは下着同然の格好をした、それはもうナイスバディな素敵なお姉様だった。
艶やかな海のような色をした髪が腰まで伸びており、透き通るような青色の瞳の超絶美人に、女性経験が全くもって皆無な俺は、突然のラッキースケベ展開に生娘のような甲高い悲鳴を上げてしまう。
必死に目を隠す俺に、呆れたように焔が額に手を当てため息をつく。
「賑やかな子連れてきたね〜。つか焔がここ来るとかマジ珍しくね? 翡翠なんて絶対連れて来ようとしてなかったじゃん」
「美麗お姉ちゃん! 久しぶり!」
「おひさ翡翠。前にあった時より美人さんになったね」
「え!? 本当!? 美麗お姉ちゃんにそう言われると翡翠、とっても嬉しい!」
「は〜マジで翡翠天使じゃね? 焔、翡翠ちゃんくれない?」
「殺すぞ」
「うっわ相変わらず過激でウケる」
「あ、あの……焔サン? このお方は……?」
思ったよりもノリが軽めなお姉様と会話している焔に恐る恐る話しかける。
ぶっちゃけ焔、翡翠ちゃん、お姉様の3人が一緒にいる空間は顔面偏差値の高さから一緒にいるのは物凄くはばかれる。
顔面の眩しさから今すぐにも灰になりそうだ。
「てかうちもこの子のこと教えて欲しいんだけど。ただでさえここに来るの珍しいのに客人連れてくるとかどういう風の吹き回しなわけ?」
「それについては色々あんだよ。これはお前んとこの店長がいる場で一緒に説明する」
「……ふーん。訳ありってわけね。おk、今は深く聞かないよ」
「てなわけで、うちはこの風俗店の看板娘の遊蓮 美麗。よろ〜」
「あ、どうも……。俺は金剛 晟です。……って!? 早く服着てくれませんか!? 目のやり場にめっちゃ困るんですけど!?」
「着てんじゃん」
「それは服とは言いませんよ!!!」
「えーめんどー」と言いながらも、遊蓮と名乗った人は俺を気遣ってくれたのか、部屋に戻り服を着てきてくれた。
……服と言うにはまだ露出がかなり高いが、まぁあの格好よりは目のやり場がありマシだから良しとする。
その間、焔はと言うと本当に慣れているのか客間と思われる空間にあったソファに足を組みながら座っており、翡翠ちゃんに限っては疲れたのさソファに寝転がっていた。
「ご所望通りちゃんと上に着てきたよ。これで満足?」
「あ、すいません態々……」
「まぁ思春期の少年にはあの格好は刺激強かったし、いいよ。それにしても焔はいい男だね。どう? 今夜うちの相手でもしてく?」
「え"っ」
「あ? しねぇつってんだろ。俺が来る度言うんじゃねぇよ」
「相変わらずツれないねぇ。焔なら特別にお代は取らないのに」
「しつけぇよ」
「ちぇ」
男からしたら嬉しすぎるお誘いを一刀両断する焔に 、 俺は羨ましいと信じられないという気持ちになる
なんだコイツ、もしかしてそういう欲求はコイツにはねぇのか……?
そういえば焔って、翡翠ちゃん第一のシスコンだったな……。
そして何故俺には何も言われないのに焔だけお誘いを受けてるんだ。
顔か? やっぱり顔なのか? くそがっ!!!
「晟お兄ちゃん、どうしたの? お腹痛い?」
「うん……。大丈夫、ありがとう翡翠ちゃん……。お腹は痛くないけど心が痛いよ……」
「晟くん、だっけ。よく分かんないけど大変だったっしょ。心労も溜まってるだろうし、そこにちょっと座って」
「え? あ、はい」
「翡翠は離れてな〜。これは宝石獣には毒だから」
「はーい」
「待って、俺これから何されんの」
「んじゃいくよ〜」
遊蓮さんに言われるがまま、近くにあったソファに座り込んだ。
しかし翡翠ちゃんに離れるよう指示され、"毒"という単語に何をされるのか分からず身を固くする。
そして遊蓮さんは一度深呼吸をし、両腕をまるで指揮者のように動かし始めた。
そこから遊蓮さんの体から桃色の煙が出始める。
その煙は、遊蓮さんの腕の動きと連動しているように蠢き始め、遊蓮さんが両手を組むとその煙も俺を包み込んだ。
「うおっ!? え!? なに!?」
「どーどー。その煙は宝石獣には毒になっちゃうけど人間には疲労回復とかの神経に作用するアロマセラピーみたいなもんだから害はないよ」
「あ、確かに……。なんだか疲れが取れた気がする……」
「美麗お姉ちゃんの能力すごいでしょ!? 翡翠はよくわかんないけど、それすごく疲れに効くって評判なんだよ!」
「あーマジで翡翠天使じゃん。どう? デカくなったらうちで働かない?」
「うわぁぁぁぁ!?!? 何どさくさに紛れてとんでもない提案してるんですか!? 翡翠ちゃんを風俗で働かせるわけないじゃないですか!!!」
「落ち着きなよ少年。冗談だって。半分は」
「半分は!?」
慌てて傍にいた翡翠ちゃんを抱き上げ、苦しくない程度に翡翠ちゃんを抱きしめる。
いきなりとんでもない提案をぶっ込んでくる遊蓮さんに、俺は瞬時にエロくて優しい美女という認識を改め、油断も隙もない危ない美女という認識にアップデートをした。
ダメだ……! この人と翡翠ちゃんを2人きりにさせては……!
「おい……。テメェ殺されてぇのか……」
「ぎゃああああ!!!! おま、お前顔めっちゃ怖ぇよ!!! 人でも殺したん!?」
「げっ、シスコン大魔王様がお出ましだ。逃げよ」
「待ちやがれこの野郎! 毎回翡翠を勧誘するから連れてきたくなかっていうのに……!」
「晟お兄ちゃん。なんでお兄ちゃんあんなに怒ってるの?」
「翡翠ちゃんはまだ知らなくていいんだよ……」
傍で聞いていた焔は怒り狂い、背中には般若を背負っており、流石にマズイと感じた遊蓮さんは脱兎のごとく逃げ出した。
突如始まった死の追いかけっこに、まだなぜ兄が怒り狂っている原因を理解できない翡翠ちゃんは、不思議そうに俺に訳を聞いてくる。
けれど翡翠ちゃんに大人の世界を教えたくない俺は、不思議そうに見上げてくる翡翠ちゃんの頭を撫でながら2人の死の追いかけっこが見えないように膝に座らせたあと、目を手で隠す。
そんなこんなで騒がしい店内に突如として何かが爆発するような音と衝撃を襲った。
「うおぁ!? なんだ!? もしかして敵の襲撃か!?」
「……これって」
「あちゃ〜。もしかして店長のやつ"また"やったな?」
「は? "また"?」
「やー! またやっちゃった! ごめん! 焔くんたちが来たって聞いて張り切りすぎちまった!」
「だから店長は何もしなくていいって言ったのに……」
誰かが爆音がした場所から扉を開け、黒煙と共に部屋から出てくる。
全身を煤だらけしながらなんてこと無さそうにのほほんと笑う男に、遊蓮さんが呆れたような目を向けていた。
突然のことに理解が追いついていない俺を見て、煤だらけの男は思い出したかのように口を開く。
「これは失礼! 自己紹介が遅れた! 俺の名前は日渡 堅治! この店の店長をやらせてもらっている!」
そう元気よく言ってくる子の店の店長だという男に、俺まずこう言った。
「いや何があったの????」