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10話 『無邪気な邪気』

「ぅ、ん……?」


「あ、起きたか?」


倒れていた熊の宝石獣は人の姿へと戻り、ムクリと頭を抑えながら目を覚ました。

あの怪力の通りに、目を覚ました熊の宝石獣だった人は、筋肉ムキムキで短髪の茶髪が特徴の美丈夫であった。

混乱しているようで、キョロキョロと当たりを見渡す


「ここは……」


「おい、お前今まで自分が何してたか覚えてるか」


「い、いや……。俺は、何をしてたんだ……?」


「あんたはさっきまで暴走してたんですよ。ここの翡翠ちゃんに治してもらって落ち着いたんだ」


「もう痛いとこない〜?」


「あ、ああ……暴走って……。これをおれがやったのか……?」


周りの惨状を見て、これを自分がやったという実感があまり湧いていないようだったが、この状況を作ることが出来る人間がここにいる中で自分だけしかいないと気づいた彼は、顔を真っ青にして口元を抑えた。


「気にすんな……。つっても無理だろうけどあんまり気負わなくていいんじゃないすか? そりゃ死ぬかと思ったけど死んでないし、責任感じてるならもう影なんかに操られんないでくださいね。ほんと、マジで死ぬかと思ったんで……」


「……っ! ああ…! 二度とこんなことをやらないと約束しよう……!」


「マジで頼みますよ。…そういえばあんた名前は?」


「すまない、自己紹介がまだだったな。俺の名前は苦土 剛(くど つよし)だ」


「俺の名前は金剛 晟、こっちが……」


「翡翠だよ!」


「で、あっちの……って! おい焔! お前何呑気にスマホ弄ってんだよ!」


「あ? うるせぇな。こっちは今必要なことやってんだよ」


「はぁ? スマホ弄ってなにが必要なこと……」


「焔ちんはボクちんのことを呼んでたっス!」


「うぉぉぉ!? ダレェ!?」


「おっとこれは失礼。ボクちんの名前は紫黄 瞬(しおう しゅん)っス! よく男の子みたいな名前だねって言われるっスけど列記とした女っすからね!」


「あ、はい。どうも……」


俺が焔に苦言を呈そうでした瞬間、俺と焔との間に唐突に誰かが割り込んできた。

紫と黄色の2種類のグラデーションが綺麗なショートカットの女で、俺よりも大きい身長。

しかし見た目に反して、かなり軽いノリと特徴的な喋り方のギャップに戸惑う。

女は紫黄 瞬と名乗り、「よろしくね〜」と俺の手を取りブンブンと振り回す。


「で、焔ちん。この茶髪のイケ筋肉さんを市外まで連れてけばいいんスか?」


「イケ筋肉……? それって俺の事か……?」


「ああ、そうだ。早くしろ」


「相変わらず人使いが荒いっスよね〜。一応こっちにも使用制限とかあるし、ビースト化してない時の能力減少結構キツいっスからそんな酷使すんのは勘弁ッスよ」


「使用制限? ってか人の状態でも能力って使えんの!?」


「あれま? 焔ちん、この子にここら辺の説明してなかったんスか?」


「……言ってなかったか?」


「言ってねぇよ!!!」


全くの初耳だわ!!!

てかそういえばこいつ俺をさっき助けに来た時、人の状態で能力使ってたな……。


「しゃーないっスねぇ〜。優しい優しい瞬お姉さんが説明してあげるっスよ」


「あ、ドモ……」


「宝石獣には一人一人に固有の能力があることはもう知ってるッスよね?」


「まぁ……」


「それなら話は早いっス。ボクちんの固有能力は"瞬間移動"。ボクちんみたいな汎用性が高く強力な力を持つものには大体使用制限がかかるっス」


「ボクちんの場合、県や市を跨ぐレベルの移動は1日3回まで。数十メートル移動する程度なら大体数十秒のインターバルが必要になるッスね」


「あと、チミの疑問の1つの人間の状態でも能力を使うことは出来るのか。結論だけ言っちゃえば出来るッスよ。まぁビースト化してる時の3分の1の力も出ないッスけどね」


「へぇ〜そうなんだな」


「俺も一応人間の状態でも固有能力を扱うことは可能だ。もう察してると思うが俺の固有能力は"怪力"。ビースト化してる時は10tトラックぐらいまでは簡単に持ち上げられるが人の状態だと軽トラ程度の重さまでしか持ち上げられない」


「ヘェーソウナンデスカ……」


「どうしてカタコトなんだ……?」


「にゃはは〜!! この人は色んな意味で論外だから気にしない方が吉っスよ〜」


俺は改めて苦土さんの常識離れした力を実感し、恐ろしくなる。

俺たちよくこの人と戦って死なずにすんだな……。

下手したら俺ミンチになってただろこれ……。

そんな場面を想像して悪寒を感じ「うぅ……」と両腕を摩る。



「もういいだろ。警察が来る前にとっととこいつを移動させろ」


「あいあいさ〜。そういえば焔ちんたちは一緒に移動させなくてもいいんッスか?」


「俺たちの家はすぐそこだしな。お前に移動させてもらうまでもねぇよ」


「了解ッス。じゃあ早速移動を……」






「ちょっとちょっとちょっと〜!!! せっかくいいオモチャが見つかったと思ったのに、なんでもう終わってるのよ〜〜〜!!!!」


「!?」


能力を発動させようと、紫黄さんが苦土さんに手を伸ばしたその瞬間。

どこからともなく、子供のような声が聞こえてきた。

慌てて声がした方向を見上げると、そこには空に浮かんでいる一人の少女が佇んでいた。

ピンク色の髪と瞳をした可愛らしい少女。

しかしその外見からは似合わない黒い仰々しい軍服を着ており、背中には銃らしき物を背負っていて、幼い外見と服装のアンバランスさに目を惹かれる。


「も〜! せっかく来てあげたのにつまんない!」


「……チミ、誰っスか?」


「え? 私? ふふーん! 特別に教えてあげる! 特殊作戦部隊の特攻班担当、紅石(べにせき) いばら! 冥土の土産に覚えるといいわ!」


「特殊作戦部隊……?」


「反応うすーい! それに、なんで勝手に帰ろうとしてるのよ! 私のオモチャ取ったんだから代わりに私と遊びなさいよ〜!!!」


紅石 いばらと名乗った少女は、癇癪を起こしたように空中で足をバタバタと振り下ろす。

見た目同様中身も幼いようで、尚更俺たちの混乱を産む。

堪えきれないと言わんばかりに焔が口を開いた。


「はぁ? 何言ってんだテメェ。俺たちがいつ帰ろうが俺たちの勝手だろ。それにさっきからオモチャオモチャって……。俺たちはテメェのオモチャなんて持ってねぇよ」


「取ったわよ! そこの茶髪の宝石獣! せっかく暴走状態にして遊ぼうと思ったのに勝手に"直しちゃう"し!!!!」


「は……?」


「あ! そうだ! じゃああなたたちで遊べばいいじゃない! 私ったら天才すぎ!」


何を言って……、と口を開く頃にはもう遅かった。

あいつは背中に背負ってた銃を瞬きする間に、引き抜き、次の瞬きをする頃には既に引き金を引いていた。


「っ! 危ない!!!」


「うわっ!?」


その一瞬の出来事にも俺以外の4人は反応していて、俺は苦土さんに抱き抱えられて回避する。

焔は翡翠ちゃんを抱え既に電柱の上にいて、紫黄さんは瞬間移動をして回避したのか、俺たちから少し離れた場所で己の上でふよふよと浮かんでいる敵を睨んでいた。

元いた場所を見て俺は後悔する。

それは何故か。

先程まで俺たちがいた場所は、そこを直線上に数百メートルの範囲にあった家が吹き飛んでいたからだ。


「どう? 驚いた? これは超小型レールガン! リーダーが持たせてくれたんだ〜!」


そう言ってまるで子供が玩具を見せびらかして来るように、小型レールガンとやらを自慢してくる少女が 俺には悪魔に見えた。

その顔には一切の悪意も無く、ただただ無邪気に、遊び感覚で俺たちを殺そうと。

俺の顔は恐怖で歪み、体はガタガタと小刻みに震え始める。


「……晟くん。君は逃げるんだ」


「えっ……! 苦土さんは!?」


「元はと言うとこの事態を招いたのは俺の責任だ。俺を救ってくれた恩人を、これ以上巻き込むつもりは無い」


「苦土さん……」


「紫黄! 晟くんを逃がせ!」


「チミも逃がすよ……。って言いたいところだけどそれどころじゃないね……! 分かったっス!」


「え、ちょっ……!?」


「も〜! だから帰っちゃダメだ……って!!!!」


俺の目の前に瞬間移動してきた紫黄さんは、俺を担ぎ能力を発動させようとする。

突然のことに体と脳が追いつかず、されるがままになるが、この状況をみすみす逃がすような奴じゃなかった。

再び俺たちに銃口を向け、なんの躊躇いもなく引き金を引く。


「くそっ! 良く見えてるッスね!!!」


「あなたの能力って強いわね! でもその能力、数十秒のインターバルがあるのね? 見て分かったわ」


「でも、それじゃあ遅すぎるわ」


「ぐっ……!」


「うっ!!」


気がついた時には目の前にいばらがいて、俺を抱えてる紫黄さんごと蹴り飛ばす。

その力は凄まじく、俺たちは壁に叩きつけられる。


「紫黄さん、大丈夫ですか……!? 紫黄さん……?紫黄さん!!!!」


「……」


「あらら。そのお姉さん気絶しちゃったみたいね。でもお兄さんそのお姉さんに感謝した方がいいよ〜。壁にぶつかる前にそのお姉さんが庇ってくれたからお兄さんは無事だったんだよ? そのせいでお姉さんは余計にダメージ食らっちゃったけど」


「え……」


パラパラと細かい瓦礫が落ちてきて、何とか片目を開けるとボロボロの状態で紫黄さんが気絶していた。

いばらは空中で体を回転させ、気絶した紫黄さんを見て残念そうな声を上げる。

紫黄さんが俺を守り余分なダメージを負ってしまったという事実に、オレはどうにかなりそうだ。

俺さえいなかったら、紫黄さんが必要以上に傷つく必要はなかったんじゃ……。


「ん? んんんん??? そういえばお兄さん、どこかで見たことがあるような……」


「は……? 何言って……」


「ガアァアアアアアアア!!!!!」


「シャ"アアアアアアア!!!!」


「おっと! 危ないなぁ。人が考え事してる時にぃ!」


「グゥ!?」


「ガァ…!?」


「……あっ! 思い出した!」


横から奇襲してきた焔と苦土さんの攻撃を上に避けられたことで、焔と苦土さんはぶつかりよろめいてしまう。

考え事をしていた時に攻撃されたことで、いばらは頬を膨らませ怒っていた。

だが直ぐに俺の方を向くと、何かを思い出したようで機嫌良さそうに満面の笑みを浮かべる。


「そうか、お兄さんだったんだね! わぁ〜! もしかして私が1番に見つけたのかな!? きゃ〜〜〜!!! 後でみんなに自慢しよ!」


「なに、いって……。!?」


「うーん……。確かに雰囲気似てるかも!」


一人で訳の分からないことを言って、。はしゃいでいるいばらを唖然と俺は見上げていた

そのまま素早い動きで俺の目の前まで来ると、俺の顔を凝視して"似てる"と言い始める。

身の覚えのない話に頭が追いつかず、いばらから離れることすら出来ない。


「残念だけどお兄さんには抹殺命令が出てるんだよね〜。別に恨みとかないけど流石に上官命令には従わなきゃ」


「はッ……」


「キ"シ"ャ"アアアアアアア!!!!」


「わっ!? しつこいな〜。私も仕事しなきゃなんだから邪魔しないでよ!」


「ガァアアアアアアアアア!!!!」


「きゃ!?」


「! 捕まえた!」


「晟お兄ちゃん!? 大丈夫!?」


「翡翠ちゃん!」


抹殺命令とやらが俺に課せられているようで、いばらは本気で俺を殺そうとしてきたり

もう終わったと思った時、巨大化した焔がいばらに向け爪を振り落とされたが、やはりと言うようにそれは避けられる。

しかしそれが狙いだったのか、苦土さんがいばらを捕まえた。

翡翠ちゃんがこちらに駆け寄ってきて、抱きついてくる。


「良かった……! 無事で………!」


「ありがとう翡翠ちゃん。お願いがあるんだ。紫黄さんを治せる?」


「うん! 治せるよ!」


「よし! じゃあ頼んだ!」


「任せて!」


そのまま翡翠ちゃんが、紫黄さんの傷を治してくれている様子を確認した俺は、未だにいばらを捕まえてくれている苦土さんに目を向けた。


「グルルルル……!」


「離してよ〜!!! 苦しい〜〜!!!」


「離すわけねぇだろ。お前はこれでもう自由に動くことが出来ない。素直にこれから質問することに答えたら痛い目には合わせねぇよ」


「嘘!? 信じらんない! こんな可愛い女の子を脅す気!?」


「本当に可愛い女の子なら俺たちを平気で殺そうとするはずねぇだろ。頭沸いてんのか」


「わ〜ん!!! そんな酷いこと初めて言われた!」


人間状態に戻った焔が苦土さんの腕の上に乗り、いばらの尋問を始めた。

焔の口の悪さにショックを受けたようで、いばらが半泣き状態になる。

それでも焔は怒りは収まるどころか、更に怒りが湧いてきたようで全身から炎を上げ始めた。


「おい……! 俺の気は長くねぇんだよ……! 俺がお前を燃やす前にとっとと全部吐きやがれ!!!!」


「ふんだ! そんな野蛮な人に教えることなんて何も無いもん!」


「あ"ぁ"!? テメェ、本気で燃やされてぇみてぇだな!!!」





「それ以上、うちの特攻隊長を虐めるのはやめて頂けないでしょうか」


「くそっ!! 今度はなんだよ……!」


「グガァ!?」


焔が今にもいばらを焼こうとしたその瞬間。

凛とした声が空に響く。

次の瞬間、目に追えないスピードで何かが横切り、苦土さんの手の中にいたはずのいばらがいなくなっていた。

すれ違い様に何かに強打された苦土さんは、呻き声を上げながら人間の姿へと戻ってしまう。

いばらは既に俺たちの手の届かない空中に逃げていて、その横に腕の部分だけ鳥の羽のように変化している長い緑の髪をはためかせる糸目の女がこちらを見下ろしていた。


「わっ!? もう!! 翼来るの遅い!」


「あなたが勝手な行動をするからです。せめて行先ぐらいは教えなさいと何度も言ったはずですよ」


「そんなの知らないもん!」


「はぁ……。あなたの駄々っ子はいつになっても治りませんね。リーダーから撤退命令が出ています。帰りますよ」


「え〜!! ヤダ!」


「ヤダじゃありません。上官命令は絶対です」


「も〜! 翼は真面目すぎ!」


「あなたが不真面目すぎるだけでしょう」


「む〜! はぁ。分かったよ帰る」


「でもその前に……」




「お兄さん、始末しておこ♡」


肩を押され、目の前に目が潰れそうになるほどの光が視界を遮る。

その光が消え、広がる光景は左腕が消え失せた苦土さんの姿。

痛いはずなのに、俺を安心させるために脂汗をかきながら俺に向け微笑む苦土さんに俺は目を見開いて声を荒らげた。


「苦土さん!!!!」


「……紫黄!!!!!!」


「分かってる……ッスよォ!!!!!」





紫の光が俺たちを包み込み、光が消えると同時に俺達もその場から消えていた。

そこに残っていたのは……血痕だけ。


「あれま、逃げられちゃった」


「……。帰りますよ、いばら」






俺たちはまだ知らなかった。

この戦いは始まりですらなかったことに。

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