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9話 『決着』

「みぃ!」


「あ、翡翠ちゃん…。ってうお!?」


「翡翠がテメェの傷を癒してくれてんだよ。眠気は流石に覚ませられねぇが体力ぐらいは戻ったろ」


「ほんとだ、体力が戻った感じがする」


「邪魔だから下がってろ。あのクマ野郎随分と好き勝手暴れてたみてェだな」


「少し、お灸を添えてやらねぇと、な」


リンと鈴の音が聞こえた後、焔の体は炎に包まれ、火が消えたあと、そこに居たのはとても美しい毛並みをした赤色の猫の宝石獣だった。

焔は体を目の前にいる熊の宝石獣と同じか、いいやそれ以上に大きく姿を変える。


「グォオオオオォオ!!!!」


「キシ"ャアァァァアアアア!!!」


互いに威嚇の声を上げ、数秒見つめ合ったあとゴングは鳴らされた。

まず仕掛けたのは熊の宝石獣で、影の影響で理性的な考えができず、ただ獣のように暴れるだけ宝石獣に焔は負けない。

焔は熊の宝石獣が突進してきた後、ギリギリまで引き付け、その後危うげもなく横へ飛び回避する。

先程と同じように水溜まりのせいもあり、ブレーキをかけられず、そのまま二階建ての一軒家に激突した。


「……理性もクソもねぇな。これじゃ、本当にただの獣じゃねぇか」


「なぁ、こうなったら翡翠ちゃんしか治せねぇんだろ? 早く翡翠ちゃんに治してもらおうぜ」


「みぃ!」


「ああ、そうだ……。っ!? 避けろ!!!」


人型に戻った焔は熊の宝石獣を見て、気の毒そうにそう呟いた。

俺はなんだか見てられなくなり、翡翠ちゃんに治して貰おうと提案して、翡翠ちゃんも任せろと言わんばかりの返事を上げている。

焔もそれに同意し、いざ翡翠ちゃんが力を発動させようとした瞬間、焔は唐突に俺を見て「避けろ!」と叫んだ。

突然のことに反応しきれなかった俺は、ポカンとして目の前に迫る腕をただ唖然と眺める。

しかし横腹に衝撃を感じ、俺は吹き飛ばされた。

慌てて顔を向けると、俺を突き飛ばしたであろう体勢の焔の姿があった。

そのまま熊の宝石獣の腕は焔に直撃し、焔は堀に激突する。


「焔!!!」


「グルルルルル……」


「はっ……。はは、おい……。嘘だろ…?」


前から聞こえてくる地を這うような低い唸り声に

目を向けると、目の前の熊の宝石獣の体がボコボコと膨張し、先程よりも何倍も大きな体に変化していた。

つまりそれが示すことは、俺を追いかけ回していた時は全くもって全力では無かったということ。

あまりの規格外さに怯えるのも馬鹿らしくなり、俺は冷や汗をかきながら、笑いをこらえることが出来なかった。


「こんな化け物、どうやって止めたらいいんだよ……」


「ガァァァァァ!!!!」


赤い目を光らせてこちらを睨みつけてくる化け物に、俺は完全に闘争心が消え失せ、ただ口元が歪に上がるだけだった。

けれど聞こえてきたあまりに大きい咆哮に俺は、正気に戻る。

その咆哮は諦めるなという叱責のように聞こえ、俺の目に光が再び宿った。


「グゥウ!? ガァァァアアアアア!!!!」


「グルルルルル……! ガアアア!!!」


焔はビースト化しており、焔の尻尾の先にある炎が激しく燃え上がり、そこからまるで意思があるかのように熊の宝石獣へ向かっていく。

そしてそのまま、その炎は熊の宝石獣を包み込んで、灰すら残さないと言わんばかりの大炎上振りに少し恐ろしくなる。

互いの威嚇の声は止むことなく応酬を続ける2匹。

このまま熊の宝石獣が燃え尽きるんじゃないかと俺は思ったが話はそんな簡単に終わることは無い。


「グォオオゥ"!!!!」


「マジでお前……っ! 規格外すぎんだろ!」


「キシャアアアア!!!」


「ガァアアアア!!!」


熊の宝石獣は力任せに腕を振り払い、炎を全てを弾き返した。

飛び舞う火の粉に俺が遂に顔を顰めると、俺があの熊の宝石獣に攻撃されていると勘違いした翡翠ちゃんは、俺の腕の中から熊の宝石獣へに向け威嚇している。

焔は一瞬だけでも動きを止めた隙を狙い、熊の宝石獣へと飛びついた。

けれど熊の宝石獣は焔に目もくれずに俺の元へ咆哮を上げながら一直線に向かってくる。


「はっ!? 何でお前俺のこと追ってくるんだよ!!! お前の相手は焔だろ!?」


「!?」


「シャアアアアアア!!!!」


「翡翠ちゃん暴れないで!? 落ちちゃうから!!!」


「ガアアアアアアア!!!」


俺は翡翠ちゃんを抱え直し、全速力で熊の宝石獣から逃げる。

しかしただでさえ、熊の宝石獣にスピードで叶わないのに、今も尚水道管から溢れ出してくる水のせいで走りずらくて仕方がない。

後ろから迫ってくる音が刻一刻と近づいてくるのを直に感じ、恐怖から目尻に涙が浮かんだ。


「うわっ!?」


「みゃっ!?」


俺は足首に鋭い痛みを感じ、その場に倒れ込んでしまう。

そのせいで抱えていた翡翠ちゃんが、腕から離れ地面に落ちてしまった。

俺は痛む足首を押えながらそっと目を向けると、鋭利な瓦礫によって、足首の皮が切れ血が流れていた。

しかも最悪なことに、水によって絶えず血が流れ続け、このまま行くと血液が足りなくなり貧血になってしまう。


「みぃ〜!!!」


「だ、めだ! 翡翠ちゃん、俺のことはいいから早く逃げろ!!!」


「みぃ……!」


「翡翠ちゃん……」


倒れる俺に駆け寄ってきた翡翠ちゃんは、俺の傷を治そうと能力を発動させようとする。

俺は危ないから早く逃げろと言うが、翡翠ちゃんが逃げようとすることは無かった。

そんな姿を見て更に目に涙が浮かぶが、それは直ぐに引っ込むことになる。

俺たちを覆い隠すような影がかかり、ギクリと身体を強ばらせる。

力を振り絞り後ろを見ると、今にも腕を振り下ろそうとしてくる熊の宝石獣。

せめて翡翠ちゃんだけでも……! と俺は痛みを感じる足を無理やり動かし、翡翠ちゃんを体全体で包み込むように抱え込んだ。


「……っ! ……。?」


「モゴモゴ……。ピャッ!」


覚悟していた衝撃が来なくて、恐る恐る目を開けると、まるで金縛りにもあったかのように熊の宝石獣は腕を振り上げたまま固まっていた。

異様な光景に俺は言葉を忘れていたが、ハッと焔の方を向く。

焔は目を紫色に光らせ、熊の宝石獣を睨みつけていた。

そして俺は焔に話された宝石獣に備わっている2つの能力のうちの1つ、サイコキネシスを思い出した。

熊の宝石獣は焔のサイコキネシスによって、動きを止められていたと理解したのと同時に、焔の目が一瞬だけこちらを向く。

その目は早く逃げろと雄弁に語っていて、我に返った俺は転がるようにして横に避ける。


「うっ……!」


「みぃ!!!」


「大丈夫……っ! それより翡翠ちゃんは大丈夫?」


「みぃ〜……」


「ならいいや。心配してくれてありがとう」


避けた拍子に傷口が痛み、つい呻き声を上げてしまう。

そんな姿を見て不安になったのか、心配そうな声で鳴く翡翠ちゃんを安心させるために笑顔を作り、頭を撫でてあげた。

そしたら少し安心したのか、俺の手に頭を擦り付けてくる。

その姿に頬が緩むが、すぐさま気を張り直した。

すぐ真隣から熊の宝石獣が腕を振り下ろし、また水道管ごと道路を破壊した音が聞こえてきたからだ。


「くそっ、焔のサイコキネシスまで振り払えるのかよ……!」


「グォオオオオォオ!!!!」


何故だか俺を執拗に狙ってくる熊の宝石獣は、再び腕を振り上げ始める。

万事休すかと思われたが、俺たちを熊の宝石獣の視界から遮るような大量の炎が、俺たちの間を縫って通ってきた。

それに怯みよろける熊の宝石獣に、畳み掛けるように焔が飛びかかる。

体勢を崩した熊の宝石獣は、背中から倒れ込み焔と取っ組み合いになった。


「キシ"ャ"アアアアア!!!!」


「ガァアアアアアァァアアア!!!」


「え、はっ!? ちょっ!? 焔サン!? 炎! 炎激しくて俺の髪の毛チリチリしてきたんですけど!?」


「にー……」


興奮が最高潮に達したのか、焔の尻尾の炎が燃え盛り、火花が激しく飛び散り、俺の髪の毛や翡翠ちゃんの体毛がチリチリとなる。

炎の温度が上がり続けるに伴い、周りの水溜まりが蒸発し始め、白い蒸気をあちこちで上げ始めた。

……いや待て、これ使えるんじゃないか?


「迷ってる暇はねぇ!!! 焔!!! 水だ! とにかく水を蒸発させろ! 隙さえ作ってくれさえすれば、俺が全部何とかする!!!」


「! ……」


俺の、この簡潔な説明でも、焔は俺の意図を察してくれたようで、俺の目を見たあとコクリと頷いてくれた。

それを嬉しく思ったが、そんな状況じゃないと血を流しすぎてぼんやりし始めた思考を加速させる。

未だに痛む足を無理やり動かして、一旦2匹の宝石獣から距離を取る。

俺たちが離れたことを確認した焔は、熊の宝石獣の上から退き、先程以上の熱量と物量を持った炎を放出し始めた。

それと同時に熊の宝石獣の周りをひたすら走り回り、気を引く。

俺の計画通り、水溜まりたちはすぐさま蒸発を始め、辺りは霧のような白い蒸気に包まれ始める。

幸いでは無いが、今この場は水が止めどなく溢れ出てくる状態だ。

このまま蒸発をし続けてくれば、俺のサイズぐらい見えなくなる。

だが熊の宝石獣は巨大化してくれたおかげで、俺たちからは丸見えの状態だ。

このまま焔が熊の宝石獣を引き付けてくれている間に、ゆっくりと熊の宝石獣への懐へ潜り込む。

この作戦は俺が死ぬ確率が物凄く高い代わりに、翡翠ちゃんが能力を発動させる絶好の機会となる。


「よし……! 狙った通りあいつ俺たちに気がついてねぇ……!!」


「翡翠ちゃん、行けるか?」


「みっ!」


「おし! じゃあ頼んだぜ!!!」


目の前では熊の宝石獣と焔の争いが続いていた。

あまりの迫力に気後れするが、ここまで来たらもう戻ることなんて出来やしない。

俺は覚悟を決め、大声を上げた。


「おいこらてめぇ!!! いつまで好き勝手暴れてやがる!ちょっとは……」


「頭、冷やせぇぇぇぇぇ!!!!」


「みぃぃぃぃぃぃ!!!!」


熊の宝石獣は俺の声に反応しこちらを振り向くが、既に熊の宝石獣の目の前には俺が投げ飛ばした能力を発動させる寸前の翡翠ちゃんの姿。

そのまま翡翠ちゃんの額の宝石が目が眩みそうな程の光を放ち、その光が熊の宝石獣の全体を包み込んだ。


「グゥウ……!!! ガァアアアアアアアアア!!!!!」


一際苦しそうな声を上げた熊の宝石獣。

まるで溶けるているかのように黒色の影が消え、風船が萎むかのように体も縮み始める。

苦しそうだった顔は、体が完全に縮みきる頃には穏やかな顔になっていた。

そのまま熊の宝石獣は眠るように気絶をし、痛いほどの静寂がさっきまで戦場だった住宅街を包み込んだ。


「こ、んどこそ終わったぁ〜〜〜〜!!!!」


「……。たくっ、ヒヤヒヤさせやがって」


「焔もナイスファイトだったぜ! もちろん翡翠ちゃんも!」


「へへん! 翡翠頑張った!?」


「もっちろんだよぉ〜〜!!! 翡翠ちゃんがMVP!!!」


「おい、俺は」


「あえ? あ、ああ! お前が居なかったら勝てなかった!ありがとうな!」


「ふん……。……お前も、良くやった」


「……晟」


「……えっ!? 今焔俺のこと晟って呼んだ!?」


「……うるせぇな!!! 一々騒ぐんじゃねぇよ!あと呼んでねぇし!」


「嘘だぁ!!! 翡翠ちゃん、焔俺の事晟って呼んだよな!?」


「呼んでたよ! 翡翠ちゃんと聞いてたもん!」


「翡翠!!!」


「照れるなって! いや〜! 俺もついにボロ雑巾卒業か……。感慨深いな……!」


「調子乗んなカス!!!」


「酷い!」


そんなこんなで、騒がしく数時間にも思える熊の宝石獣との死闘は終わりを迎えた 。

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