初めての出征 ㉗
捕食対象は主に生物の死体で、大きな蜘蛛って言うからアシダカグモやタランチュラみたいな形状を想像してたんだけど、アシダカグモの方が近かったみたいだね。
正確に言えばタランチュラは土蜘蛛の一種なんだっけな。
土蜘蛛はずんぐりとした体型の種が多くて、一般的な「蜘蛛の巣」のように木々の枝葉に巣を張るのではなく、地面に巣穴を掘って、巣穴と巣穴周辺に糸を張って通り掛かった獲物を襲う。
一方、アシダカグモは徘徊性で巣を持たない。
小さな胴体に長い脚で動きがメッチャ速いんだよ。
あの例の黒くてカサカサと素早い奴を脚の速さで取っ捕まえるんだから。
大きな個体は大人が手のひらを開いたほども有って、見た目はアレだけど害虫を補食してくれる益虫なんだよね。
他に徘徊性の蜘蛛と言えばメジャーな種はハエトリグモかな。
エターナさんの背中で背負子に座っているノーアを見上げる。
「・・・ありがと。ノーア」
「にゃ」
ヨシヨシしてあげようにも頭にまでは手が届かないから、得意気なノーアの手を取って手の甲をポンポンと叩く。
いつもと変わらない感じで姉妹間コミュニケーションを取っている私たちの様子に、拍子抜けした感じでルナリアが首を傾げる。
「迎撃する?」
「・・・んー? 取りあえず、今すぐに近付いてくる感じじゃないね」
凶暴で好戦的では有っても、魔獣というものは無差別に襲う相手を探して徘徊するクリーチャーではないからね。
死霊系なんかの有機的な生物ではない「魔物」がどうなのかは知らないけど、魔獣の行動は野生動物の範疇を逸脱していないように思う。
「そう。じゃあ、無視して進むのね?」
私の予測を聞いたルナリアは緊張感に流されず落ち着いた判断をしたようだ。
私たちの目的は上流の渡河地点に防塁を築いてカリーク公王国の迂回侵入を阻止することで、魔獣の殲滅に来たわけじゃない。
私だって未知の領域へ踏み込むことに緊張はしているけど、目的を間違えちゃいけない。
避けられるリスクは避けるのがベターだ。
朝6時にレティアを出て、今は7時前ぐらいかな。
まだ森に入って2キロメートルも進んでいない。
片道の道程を1割も踏破していないのだから。
「・・・そうしよう。反応の感触は覚えたし、警戒は続けておくよ」
「お願いね!」
目的を間違えずに判断を下したルナリアが前を向く。
戦闘に踏み切るなら前衛部隊に警告を発して戦闘態勢を整える必要が有るけど、知ってしまえば余計なプレッシャーを与えることになるだろうから今回は伝えなくても良いだろう。
その代わりに私がしっかりと目を光らせておく。
ラクネらしき魔獣の反応を察知してしばらく、隊列は黙々と進んだ。
木々の間が広く空いた場所を見付けて小休止を取る。
私たちを心配してくれているのか、お母様をはじめとして、私たちが腰を下ろしている場所へ続々と大人たちが集まってくる。
「フィオレ。さっき何やら話し込んでいたのは何だった?」
「・・・魔獣の反応だよ。ノーアが見付けてくれたんだけど、恐らく、ラクネかな」
わざわざ警告を発することまではしなかったけど、隠すことでもないから正直にお母様の問いに答える。
ラクネと聞いたお母様は眉根を寄せた。
「思ったよりも町の近くまで来ているな」
「・・・そうだね。私も驚いたよ」
居るという情報はお爺様たちから聞いていたけど、数が私の予想を超えていたしね。
触角ヘビは1匹ずつしか出ないし、バンダースナッチは一番最初に出たときが最大数で、一度に10匹も出ないし。
それぞれは弱くても数えられないほど纏まって出る魔獣は初めてなんだよね。
シカ? あれは動物園で檻の外から眺めているようなものだし。
お母様は面倒くさそうな口振りで、私はどうしたものかと考えているだけで、お母様にも私にも切羽詰まったような危機感はない。
私たちに危機感がなければルナリアも危機感を抱かない。
この場で最も危機感を抱いているらしいのは、なぜかバルトロイさんだった。
「待て。ナーガ川の北岸にラクネが棲息しているのか? アレは南岸が棲息域だろう」
「勇者クツキが遺した冒険者ギルドの資料だな。500年も昔の記録から変化していてもおかしくは有るまいよ」
バルトロイさんの指摘にお母様は何のこともないと言わんばかりに肩を竦める。
そこでお母様とバルトロイさんのやり取りを聞いていたドネルクさんが首を傾げた。
「いや。冒険者ギルドの資料なら現物に目を通したが、日付けは350年前ぐらいだったぞ」
「随分と長生きな勇者だな。エルフ族ではなかったはずだが」
真面目なバルトロイさんを支援しに口を開いたのかと思えば、ドネルクさんは脱線させに来たのか。
お母様も感心するところはそこなの?
いやまあ、戦国時代の武士だったと思われる勇者さんの話だろうからね。
150年以上も生きていたのならビックリするほどのご長寿だし、魔の森に踏み込むぐらいだから当時も加齢で衰えている状態ではなかったんじゃないの?
だとすれば、その勇者さんは200年は生きてたんじゃない?
そうなると、単純にご長寿で済ませられる話じゃなくなってくるよね。
その勇者さんは日本人だと思ってたけど違うのか?
危機感のない私たちの様子に、バルトロイさんは頭痛を堪えるようにこめかみを揉みながら食い下がる。
初めての出征㉗です。
危機感の無さ!?
次回、シンパシー!?




