開眼 ㊸
「はっ! 日々、鍛錬に励んでおられます!」
「そうですか。またウォーレス領へいらしていただけるようお伝えください。大奥様方が喜ばれます」
「お伝えいたします!」
そっか。アレースお兄様も相変わらず頑張ってるのか。
ジアンさんも満足そうに頷いている。
ジアンさんの様子から察するに、アレースお兄様とも距離感が近そうだね。
アレイオス叔父様もミリア叔母様もお仕事で忙しそうだったように聞いてるし、ミリア叔母様のことだから帰省したときジアンさんに兄弟の世話を丸投げしてたとか、有りそうだな。
一旦は押し戻されてきたものの、テンションはまるで下がっていないアスクレーくんが背後を見上げる。
「ジアン! バンダースナッチを見せて!」
「それは構わないでしょうが・・・」
どうする? と言いたそうな目をジアンさんが私に向けてくる。
ジアンさんも忙しいし、サッサと食肉加工場へ納品してしまいたいのかな?
ヨシ。アタックだ。
「・・・お兄様お兄様。採掘場へ行けば生きてるバンダースナッチを見られますよ?」
「行く! 早く行こう!」
グルンと私に顔を向けたアスクレーくんが、ガシッと私の手を取った。
今から行く気?
ツボを刺激されて暴走し始めたオタクみたいな反応だな。
昔勤めていた会社で、米軍の何とかいう強襲揚陸艦だか何だかが日本の港に入港したとのネットニュースの記事に食い付いた軍事オタクを自称する先輩が、パソコンの前で奇声を上げたと思えば仕事を放っぽり出して社用車で見に行っちゃって、サボりと社用車の無断私的使用で減給処分を食らってたときがこんな感じだった。
よくクビにならなかったな、あの先輩。
私はリアルなオタクの行動力というものを、あの一件で知ったんだよ。
んん? 行動力・・・?
「・・・あっ」
「えっ?」
私が上げた声にアスクレーくんがキョトンとする。
そういうことか。ようやく合点がいったよ。
引き籠もりのアスクレーくんが慣れない馬に飛び乗って実家へ帰省した理由。
どこからどうしてそこに至ったのかは分からないけど、アスクレーくんは魔獣オタクに開眼していたわけだ。
良いんだよ? 私は別にアスクレーくんが魔獣オタクでも。
私はオタクに優しい女の子、というか、私自身が一種のワナ猟オタクなわけだし。
中二病患者だって古の業や封印されし能力に開眼するんだしね。
ちゃんと無事に帰ってくるのなら気兼ねなく魔獣とキャッキャウフフしに行って、魔石とお肉をお土産に持って帰ってくれれば良い。
どこかの第2王子みたいに町の子とキャッキャウフフするよりも健全な実益を兼ねた趣味だろうし、他所で子供なんて作られた日にはどう対応すれば良いのか、ワナの生き餌に使うぐらいしか思い付かないし。
しかし。しかしだ。今のコレはイケない。
陰の者が本能のままに行動したところで世間様のご理解は得られないものだし、世を忍ぶべきだと思うんでござるよ。
鉄道オタクだって本来は電車の写真を撮るだけの人畜無害なオタクなはずなのに、周りが見えなくなって暴走するから世間様から白い目で見られるんだし。
陰の者は陰の者の自覚と節度を持ってちゃんと一般人に擬態するべきでござろう。
陰に生きる者の先達として、周りにご迷惑を掛けないように拙者がアスクレーくんを正しき陰の道へ導くでござるよ。
先ずは平常心から、かな。
私の手を握っているアスクレーくんの手を、「落ち着け」という意味を込めて優しくポンポンと叩く。
「・・・今から行っては夜になってしまいます。明日の朝でも良いのでは?」
「じゃあ、生きてるのは明日で!」
私の提案にアスクレーくんが即答する。
死んでるのは今すぐ見せろと? この欲張りさんめ。
しかしまあ、魔獣好きらしいとは認識していたけど、ここまで好きだとは思ってなかったな。
魔獣が見たいからと籠もっていた部屋から出て帰省するぐらいだし、本当に好きなんだろうね。
そう言えば、最初に採掘場へ連れて行ったときも、ミリア叔母様が引いてるのに囲いのシカを見にキャットウォークに上ってたっけ。
もしかして、開眼したのはあのとき?
私がメモってたシカ観察記録も持っていったまましばらく返してくれなかったしなあ。
迂闊に生きてるバンダースナッチを見に採掘場へ行かせたら、今度は採掘場で引き籠もるんじゃない?
・・・採掘場には寝泊まりできる兵舎が有るし、やりそうだな。
ツボに入ったときのオタクの行動力は侮れない。
別の方向へ目的意識を持たせれば引き籠もりを止めてくれないだろうか?
一先ず、採掘場からレティアへ帰って来させる必要が有るよね。
もしも帰って来なかったら、アスクレーくんを焚きつけた私が叱られるじゃん。
バンダースナッチをただの通過点にするように釣ってみるか。
「・・・あ。そうだ。私たちは4日後にナーガ川上流へ遠征に出る予定なのですが、お兄様はどうします?」
「ナーガ川上流へ!?」
お? 脈有り。
ピシャーン! と落雷に撃たれたように目を見開くアスクレーくんの耳に追加情報を吹き込む。
「・・・ガルダやドラゴンフライやラウネが見られると思いますよ? たぶんですけど」
「ほああああっ!! 僕も行く!! 絶対に行くからね!!」
ヒ―――ット!!
美味しそうなエサに見せ掛けて投げ入れてみれば、一子相伝の暗殺拳継承者みたいな奇声を上げたアスクレーくんが入れ食いで釣れ上がった。
何の魔獣が出るとかは予測に過ぎなくて、確証はぜんぜん無いんだけどね。
私の逃げ道に「たぶん」と付けたのなんて聞こえてないんだろうな。
開眼㊸です。
想定外の行動力!?
次回、心の声!?




