開眼 ㊶
何の成果も得られませんでした―――ッ! ってヤツだ。
移動だけでも行き帰りに丸2日間ずつもお尻を苛められ続けて、何の目的も果たせなかったのならグッタリもするか。
そりゃあ残念だったね。
可哀想だからアスクレーくんの頭に手を伸ばしてヨシヨシしてあげる。
慣れない乗馬で鞍にお尻を強打され続ける痛さはルナリアも私もよく知っている。
あれは本当に痛かったし辛かった。
すぐさま乗馬の訓練を始めて1日も欠かさないほど懲りたんだよ。
アスクレーくんが苦行に耐えていた一方で、レティアに居る私たちは日常業務としてバンダースナッチを回収していた。
「・・・バンダースナッチなら帰らなくても見られるのに、無駄足になったのですね」
「うん。そうなんだ―――、ええっ!?」
シュンと肩を落として大人しくヨシヨシされていたアスクレーくんが、いきなりガバッと顔を上げた。
おおっと。慌ててヨシヨシの手を引っ込める。
「・・・んん?」
「バンダースナッチが見られるって、どういうこと!?」
「・・・お、おおっ?」
ど、どうどう! 落ち着いて!
元気になったのは良いけど、アスクレーくんに迫られて私の方が仰け反ってしまう。
私は異性に迫られた経験に前世でロクな思い出がないからね。
今世ではまだ6歳だし、異性に迫られた経験を持っている方がおかしい。
よって、脂ぎったオッサンに迫られるほどの拒絶感はないけど、珍しくグイグイ来るアスクレーくんに迫られても対人スキルに劣る私の手には余る。
「・・・さ、採掘場で獲れるじゃないですか」
「採掘場・・・? えええっ!? そんなの聞いてないよ!?」
目を剥くアスクレーくんに私の首が傾ぐ。
あれ? どういうこと?
「・・・そんなの誰でも知ってる情報じゃ」
回収されたバンダースナッチは毎日のように食肉加工場へ搬入しているし、情報を隠しても居ない。
夕方になると荷馬車の荷台に積まれてバンダースナッチが運ばれてくるのは、シカと一緒でレティアの町では日常の風景になっている。
何かに気付いたらしいルナリアがお母様みたいにヒラヒラと手首を振る。
「フィオレ、アレよ。バンダースナッチが獲れるようになったのって、私たちが王都から帰還した後だったじゃない」
「・・・あっ。そっかー」
そう言えば、そうだった。
時系列で見ると、バンダースナッチの出没が確認されたのはアスクレーくんが帰省した後だったね。
私たちが帰還するまでは痕跡が発見されたと報告が有っただけで確定情報じゃなかったんだった。
引き籠もっていて採掘場に関わっていなかったアスクレーくんが知らなくても不思議じゃないよね。
痕跡が発見されたタイミングがいつだったのか、私たちも詳しく聞いていないぐらいだし。
騎士様たちが深刻そうに表情を曇らせる。
「あの。南部の森にバンダースナッチが出るのですか?」
「・・・ええ。毎日のように獲れますよ」
何やら心配顔になった騎士様たちの不安を取り除いてあげるべく、無問題と頷いて見せる。
騎士様たちと一緒にルナリアの首も傾ぐ。
「噛み合っているようで話が噛み合っていないわね」
「・・・そうかな?」
何で? お互いにバンダースナッチの話をしてるんだから、噛み合ってると思うけど。
元気付けようとしているのに、私に迫ってくるほど元気になったはずのアスクレーくんがガックリと肩を落とした。
「嘘だろ・・・。往復で300キロメテル以上も馬を駆けさせた僕の苦労は何だったんだ」
「・・・本当ですよ。そろそろみんなが採掘場から帰ってくる頃で―――、あっ。ほら、帰ってきました」
北門へ目を向けると、丁度、騎乗したジアンさんとエターナさんが北門を潜り終えて馬の脚を緩めているところだ。
あの2人が馬列の先頭だろうから、後ろに荷馬車の列が続いているはず。
目抜き通りから左右を見回している2人に向けて大きく手を振ると、キョロキョロと私の姿を探していたらしいエターナさんが早々に気付いて馬首をこちらに巡らせている。
アスクレーくんへと目を戻すと、未だ肩を落としたままだ。
「・・・ほらほら。元気を出してください」
「う、うん。ありがとう・・・」
元気がなかった最大の原因は徒労感だったっぽい?
いや、でも、引き籠もりが自ら苦行に挑むなんて、相当な覚悟が有ったんじゃないかな。
魔獣の何がそうさせたのかは知らないけど、普段、部屋から出ることすら拒否するインドア派のアスクレーくんにとって、都合4日間もの馬旅はさぞかし辛かったことだろう。
慰めになるかは分からないけど、インドア派とは言っても7歳で騎乗が出来ているのだから大したものだと思うよ?
貴族子女の常識がどうなのかも知らないけど、プラス評価になってもマイナス評価にはならないはず。
きっと、ウォーレス領育ちのミリア叔母様からすると乗馬スキルは身に付けていて当たり前のことだから、嫌がるアスクレーくんを無理やり部屋から引きずり出して馬に乗せたんだろうね。
そんな情景が在り在りと脳裏に浮かぶ。
アスクレーくんの心情を理解しようと頑張ってる私の耳に、近付いてくる力強い蹄の音が入ってくる。
飼い主の姿を見付けた牧羊犬のような速度で馬を駆けさせてきたエターナさんが手綱を引き、騎士様たちを避けて私たちの側へ回り込む。
置き去りにされたジアンさんは後続の馬列に待機を命じた上でこちらへ向かってくるようだ。
鞍から身を躍らせてスタンッと身軽に着地したエターナさんが、私たちの傍まで駆け寄ってビシッと敬礼する。
開眼㊶です。
どうどう!
次回、計算機!?




