新たな芽吹き ⑭
「何の本を、お求めでしょうか?」
「・・・どこに何が有るのか、分かるの?」
司書さんか本屋の店員さんみたいに、ニーナさんに問われて驚く。
もしかして、これだけの本が有るのに蔵書を把握しているのか。
何のことも無い、といった風にニーナさんは微笑む。
「定期的に清掃していますから」
「・・・なるほど」
普段から出入りしている上に、ノイエラさんの妹さんなのだからニーナさんもハイスペックなのだろうし、そう考えれば何の不思議も無いな。
「わたしは魔法術式の本が良いわ!」
「こちらです」
示された本棚と向かい合ったルナリアは、何の根拠が有ってのチョイスか分からないけど、早速、迷いの無い様子で手を掛けたハードカバーの本を棚から引っ張り出している。
元気娘だけど難しい本を読むことには抵抗が無い子だから、ルナリアなりの選択基準が有るのだろう。
選択基準は・・・、たぶん、インスピレーションかな?
とはいえ、抵抗が無いことと実際に読めるかどうかは別問題で、ふむ、と、一つ頷いたルナリアは、迷いの無い様子でパタンと表紙を閉じて本棚へ丁寧に戻している。
「フィオレ様は、何の本を?」
「・・・古代エルフ文字か刻印術式の文献が有れば」
「こちらへ、どうぞ」
私の要望に小さく頷いたニーナさんの後ろに付いて、本棚の谷間を移動する。
「この辺りが古代エルフ文字関連で、この辺りが刻印術式関連ですね」
「・・・ありがと」
示された棚は、私の背丈でも十分に手が届く高さで、かなり色褪せた古そうな質感の背表紙が並んでいる。
「ニーナ! ちょっと来て!」
ルナリアの声にニーナさんと顔を見合わせる。
きっと高い場所の棚に手が届かないとか、そんな用事だろう。
「よろしいですか?」
「・・・うん。自分で少し見てみるよ」
「離れるけど良いか?」と仕草でも問うニーナさんに頷いて答える。
ニーナさんの背中を見送ってから、本棚と向き合う。
本の背丈も厚さもバラバラで統一感が無いな。
そりゃそうか。
時代的にもバラバラなのだろうし、ハンドメイド感が漂う辺りは、こっちの世界の書籍にはよくあることだからね。
ざっと眺め回しても背表紙にタイトルが書かれている本は半分も無い。
薄らとタイトルが書かれている背表紙の小さな文字に顔を近付けて目を凝らす。
装丁の端が擦り切れた手書きのタイトルは・・・、たぶん統一文字だ。
摩耗によるものか退色によるものか、文字が掠れて薄くなっているせいで何の本なのか判別できない。
取りあえず、どれか中身を見てみるか。
タイトルが書かれていない背の高い本が目に留まる。
比較的、新しそうに見える本に手を掛けて引っ張り出し―――、引っ張り出そうとしても動かない。
「・・・むむっ」
厚みが10センチメートルぐらい有る本の肩に両手で指先を引っ掛けて、グッと指先に力を入れると、ようやく数ミリメートルだけ動いた。
お、重っ! 腕から指先にかけて身体強化魔法まで動員してズリズリと引っ張り出してみると、図鑑みたいな大きさが有る。
鈍器どころか、盾の代わりに使えそうな大きさの本を開いてみると、これ、中身は羊皮紙で出来た本なのか。
道理で馬鹿デカいわけだ。
この表紙の手触り・・・。
ハードカバーの表紙は木の板に布を張ったもののようだし、ページは皮なのだから、1枚1枚が植物繊維の現代紙よりも分厚い。
片手で支えて立ち読みできない、どころか、ノーアの体重と同じぐらいにはズッシリと重たい。
ページに書かれている文字は手書きで、楔形文字っぽい?
どう見ても何かの記号か暗号にしか見えないマークの羅列に頭痛を覚える。
縦の罫線で仕切られた隙間に、短い直線と点が組み合わせられた文字が書かれていて、不定数の文字が続いて一文字分の空白が空いて、また文字が続く。
「・・・さっぱり分からん」
恐らく、同一の文字では無いのだろうけど、地球でも、楔形文字って完全解読されていないんじゃなかったっけ?
そもそも、楔形文字なんて、写真画像で見た何となくの雰囲気しか覚えて無いよ。
楔形文字って、言語としてはシュメール語? 古代バビロニア語? とか、その辺りだったかなあ。
本当に、うろ覚えだけど、メソポタミア文明の頃に使われていた文字で、言語そのものが絶えているから、民族的、時代的に類似しているであろう言語との共通点を地道に探す、超絶、気の長いパズルみたいにして、解読作業が試みられていたはず。
欧米の文法と違うから解読に苦労していた、とか、どこかで読んだ記憶があるなあ。
日本語と同じSOV型だかSUV型だかの文法形式なんだっけ?
あれ? SUV型は自動車だっけ。
メソポタミア文明と言えば、例のダマスカスの街が有る地中海のドン突きの辺りで発達した文明だったはず。
時代的にもダマスカス鋼の、あの辺りの時代だ。
これを偶然の空似と捉えるか、それとも地球文明から伝わったものだと捉えるか。
まあ、私程度の脳ミソで何かが分かるものなら、現代地球人類は、とっくに楔形文字の完全解読を成し遂げていただろうし、古代エルフ文字も異世界人類の手で解読されていたことだろう。
読めない、とはいえ、こっちの世界の人類史に遺すべき貴重な史料だろうから、丁寧にページを捲り、文字しか書かれていないことを確かめてから本棚へと戻す。
うーむ・・・。これはマズいぞ。
予想はしていたけど、予想通り、古代エルフ文字の解読なんて1ミリも出来る気がしない。
人生の時間、すべてを、超難易度パズルに費やすつもりなら兎も角、私にそんなヒマは無い。
発想の転換、あるいは、方法論の転換が必要だろう。
さーて、どうする?
「・・・狙うは統一文字で書かれた研究書か、考察の文献、かな?」
昔の偉い人が研究した成果に頼ろう。
スッパリと自力での解読を諦めて、統一文字が背表紙に書かれている本を、とっかえひっかえ、何冊も確かめてみる。
「・・・お。これは良さそう」
背表紙には、「統一前言語の研究」というタイトルが、クセの強い字で手書きされている。
こっちの本は、精々、辞典ぐらいのサイズだ。
本棚から引っ張り出してみて、適当なページを開く。
新たな芽吹き⑭です。
シャカシャカシャカシャカ!(それはマラカス
次回、ダマスカスからカイロへ!?