ファーストインパクト ⑦
出来るとは思っていたけど、上手くイメージ通りに火が消えてくれて良かった。
私が消火活動の出来に満足していると、少女特有の甲高い声が飛んできた。
「フィオレ様!」
「・・・な、何? オーリアちゃん」
大きな声で呼ばれて顔を振り向けてみれば、ものすごく目力を強くしたオーリアちゃんが馬上から身を乗り出している。
「今の、どうやったんですか!?」
「・・・今のって、火を消したヤツ?」
何がオーリアちゃんの琴線に触れたのか、勢いが凄い。
何にでも一所懸命に取り組む真っ直ぐな子だけど、これまでで一番の食い付きじゃないかな。
「そうです! 水も掛けずに、どうやって火を消したんですか!?」
「・・・魔力の手で家ごと包み込んで空気を抜いたんだよ」
きょとんとしたオーリアちゃんの頭が傾ぐ。
「空気を抜く、ですか?」
「・・・ああ、真空を知らないのか」
「しんくう?」
他のピーシーズも興味深そうに聞いてるけど、このぐらい、教えても大丈夫かな?
ピーシーズのみんなは向上心が有るから、色々と教えてあげたいんだけどね。
私の身の上が広まることは避けておかなきゃ、トラブルを呼び込む原因にしかならないと確信している。
だから、こっちの世界の日常生活でも当て嵌まる例え方を考える。
「・・・オーリアちゃんは息をしてるよね?」
「はい」
オーリアちゃんが素直に頷く。
「・・・水に顔を浸けたら息が出来なくて苦しくなるよね?」
「そうですね」
再びオーリアちゃんが頷く。
「・・・それってね。オーリアちゃんが吸っている空気の一部に苦しくならない空気があって、その空気をオーリアちゃんが消費すると苦しくなるんだよ」
「燃えている家も、息をしているんですか?」
オーリアちゃんが首を傾げる。理解が早いね。
「・・・そうだよ。だから、魔力で燃えている家を丸ごと包み込んで、息が出来なくなるように空気を追い出してしまえば火は消えるの」
「そうなんですね」
イメージできたかな?
得た情報を反芻するようにオーリアちゃんは思案している。
オーリアちゃんは魔石の魔力を使えるし、魔力の手まで、あと少しで届くと思う。
理解が早い子だからこそ、もっと教えてあげたくなる。
もう一押し、理科の実験みたいなもので見せてあげれば、色々と理解が深まるはずなんだけどなあ。
理科実験教室のことは、森でルナリアに火が燃える過程を説明していたときにも考えたことが有ったっけ。
騎士養成施設で魔法を学ばせる課程に組み込んでみようかな。
思考の淵へダイブしてしまいそうになる自分を、ぐっと抑える。
今は、それよりも、だ。
「・・・どうして、そんなことを?」
「この季節、暖炉を使うじゃ無いですか。子供たちも暖炉の傍に集まって遊ぶものだから火事になりやすいんです」
それは日本でも聞いたことがある話だな。
赤外線で衣服が熱を持つような距離で子供が遊んでいると、ストーブの熱で衣服に火が点く事故も起こるらしい。
薪の火を使う直接的な暖房設備なら火の粉も飛ばすし、台所の窯や竈でも火を使うから、もっと火災に繋がりやすいはず。
対処法だけじゃなく、予防の観点からも領民全体に簡単な科学知識を教え込んだ方が防災への理解は深まるはずだけど、どこまで教えて良いものか私の一存では判断が付かないな。
また相談案件が増えてしまった。
「・・・そっか。それは困るね」
「すぐに気付いても、火を消すのに水を掛けるから、何もかもが水浸しになって掃除も大変なんです」
「・・・ああ、なるほど」
火事はボヤで済んでも、人が生活している家屋なら後片付けも有るか。
対策を考えるにしても、一般的な現状の把握から入らないとダメだな。
「・・・オーリアちゃんはピーシス領の孤児保護施設の出身だよね?」
「はい」
出身者が一緒なら、裏側の事情まで知っているから正確な状況を把握しやすいはず。
「・・・近いうちに、見に行きたいんだけど、案内してくれる?」
「施設を見に行くんですか?」
普段から色々と口うるさく指摘してくれるオーリアちゃんは、楽な生活じゃなかったからこそ細かなところに気が付いてくれるのだと思うんだよ。
私はオーリアちゃんを煙たく思っているわけじゃなくて、オーリアちゃんが苦労したのなら、それは生活に不自由が有ったということだから、施設の運営状況も確認しておきたいと考えている。
施設にテコ入れすることで、騎士や治癒魔法術師の卵が育ってくれれば御の字だし。
戦力の底上げに繋がる可能性が有るなら、やってみる価値は有る。
「・・・そうだよ? 施設だけを見に行くわけじゃ無いけど、見ておきたい」
「そうですか・・・」
私が本気だと分かってくれたらしいオーリアちゃんは、なぜか難しい顔になる。
「・・・どうしたの?」
「行くと帰れなくなるんじゃないかと」
ん? どういうこと?
「・・・なんで帰れなくなるの?」
「施設の子たちに懐かれると、泣かれますからね?」
そういうことか。
私もお母様が大好きだし、泣く子供たちの気持ちは分かる気がする。
お母様やルナリアと無理に引き離されるような事態になれば、私だって泣く自信が有る。
きっと、子供たちもオーリアお姉ちゃんが大好きなのだ。
フフッと笑みが漏れる。
「・・・そっか。覚悟しておくよ」
「言いましたからね?」
ほんとに分かってんの? って感じのジト目は飛ばしてくるけど、オーリアちゃんの口元は僅かに笑っている。
オーリアちゃんとの雑談に一区切り付いたところへ、タイミング良くマリッドさんが、やって来る。
ファーストインパクト⑦です。
フィオじろう先生!?
次回、領都へ!