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蒼焔の魔女 ~ 幼女強い 【感謝! 6500万PV・書籍版発売予約受付開始・コミカライズ企画進行中!】  作者: 一 二三


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血塗れの精霊 ⑭ ※ハロルド面

趣味で書いていた異世界転生ファンタジーです。


人様の目に触れさせるのは初めてのことなので躊躇いましたが、思い切りました。

雑で拙いかもしれませんが、異世界に見る夢を共有していただければ幸いです。

 その日の午前のことだ。

 優男と見られて武門の現当主としては舐められがちな男は、館の領主執務室で執事を侍らせて懸念問題の対処に追われていた。

 一部の隙も無くキッチリと撫でつけられた淡い金髪は、少しでも舐められないように仕方なく整えているだけで、愛娘には油臭いと不評なのでストレスの一因にもなっている。

 髪油など付けて兜を被れば油臭い上に兜が油まみれになるのだから、男には不快な髪油を付ける習慣など、もともとは無かったのだ。

 この髪油のせいで頭が禿げて、愛娘に笑われでもしたら、男はもう、全てを投げ出してしまいたくなることだろう。


 ハゲは、甲冑に身を包んで働く騎士にとって、職業病の一つと言える。

 その上、男の領地周辺の阿呆領主どもだ。

 本当に心理的負荷(ストレス)が溜まる。

 心理的負荷は毛根の天敵なのだ。ハゲたらどうしてくれる。

 今すぐに、あの阿呆どもを斬り棄てて回れれば、どれほどスッキリすることだろうか。

 実のところ、男自身も体を動かしているほうが(しょう)に合っていて、とてもでは無いが書類仕事が得意とは言い難いのだ。

 これでも、男は王都の王家直属騎士団の方面部隊副長まで務めた正騎士だったのだから。

 騎士団長閣下と方面部隊隊長殿と共に戦場を駆けた日々が懐かしい。


 実父である前当主が隣国との小競り合いで負った傷が元で隠居し、やむなく王家直属騎士団を辞して実家の跡目を継いで、早、10年。

 父の隠居が怪我では無く、初陣の愛孫―――、男の長男を戦死させたことによる気落ちが本当の原因であることを男も知っているだけに、父の隠居を止められなかった。

 ストレスが溜まって叫び出したくなるが、家人の前で無様な姿を見せられまい。

 とはいえ、家人に任せるにしても、当主自身が処理しなくてはならない事案は多く、煩雑な仕事を次々と増やしてくれる隣領の阿呆領主に文句を言えば、三日掛けても言い尽くせないだろう。

 書類を捲る音と承認サインを書き込むペン先が紙面を掻く音だけが執務室を支配する―――、はずが、何やら館内の遠くから、家人たちが騒いでいる声が響いてくる。


「・・・・・・・騒がしいな」

「見て参ります」

「頼む」

 黒いお仕着せに身を包んだ老齢の執事が、扉を開け閉めする音すら立てずに退室し、男は手元の書類に再び目を落とした。

 だが、男が数行の文字を読み取るよりも早く、急速に接近してきた「騒ぎ」の方が仕事場に押し入ってきた。

 バァーン! と、けたたましい大音を立てて執務室の扉が開け放たれ、すわ、襲撃か!?と身構える猶予すら無く叱責の声が飛んでくる。


「ハロルド!! お前のバカ娘はどこに居る!!」

「お待ちください、フレイア様! 御当主様は執務中に御座います!」

「やかましい!!」

 フレイア―――、扉を蹴破る勢いで踏み込んできた女に、どやされて、王都まで名が聞こえるほどの有能で鳴らした執事が仰け反った。

 執務机に座っている男―――、ウォーレス侯爵家現当主ハロルドですら、ちょっと仰け反った。


 やかましいのは君だ、と思う。

 執務室を襲撃したのは、腰まで有る艶やかな金髪を首の後ろで大雑把に纏め、変わり者が多い王家直属魔法術師団の中でも異例な純白のペリースを左肩に掛けた妙齢の女性だ。

 妙齢とは言っても、妙齢と言わないと射殺すような深緑色の目で睨まれるからで、実のところは、とっくに(とう)が立っているのだが、賢明なハロルドは従順に従っている。

 年齢の話で女性と戦っても、男性に勝ち目など有るわけが無いのだから。


 魔法術師団の術師は、大抵、黒い軍服の上に同色のマントを羽織っているものだが、戦闘方法が独特で特別な任務に従事することが多いフレイアだけは、特別にペリース―――、片肩掛けマントの着用を許されている。

 ハロルドと13歳も歳が離れた従妹(いとこ)であるフレイアは、黙って大人しくしていれば衆目が自然と集まる美女で、その凛とした美貌により老若を問わず同性からも好意を寄せられる英傑ではあるのだが、如何せん、子供の頃から魔法術式の才能を開花させて実戦に駆り出されていたせいか、言動がアレなので、未だに嫁がず、とうとう実家の子爵家当主にまで収まってしまった。

 そう。「嫁がず」だ。「嫁げず」などと口を滑らせるとハロルドの命が危ない。


 フレイアの突入阻止に失敗した執事―――、ワールターは脂汗を顔に貼り付けて恐縮しているが、なにせ、フレイアはハロルドと対等に渡り合う剣の腕を持つ上に、“(はく)(えん)”の二つ名を国王陛下直々に賜るほどの、戦場の最前線を単身で駆ける現役の魔法術師なのだ。

 歴戦とはいえ戦場働きから退(しりぞ)いて長いワールターでは、初手でフレイアに突破されれば、追撃もままなるまい。

 フレイアのこめかみには、ぴっちりと血管が浮いている。

 「あ。コレ、本気で怒ってるヤツだ」と思った。

 こういうときには、こちらが正論であっても対抗してはならない。


「あのバカ娘、私の授業をすっぽかして逃げるとは、やってくれるじゃないか」

 ハロルドは首を傾げた。

「ルナリアなら、鐘一つ前には出掛けたが?」

「何だと?」

「魔法術式の実地訓練とやらで君から手紙を貰って、君の館では無く訓練場所へ直接来いと呼び出されたと報告を受けている」

「私は手紙など出していないぞ」

「・・・何?」


 頭の中が真っ白になった。

 ハロルドの手から、はらりと書類が落ちた。

 執務室に静寂が満ちる。

 一瞬で激高が収まったフレイアの目も、完全に据わっている。

 遠慮なくビシバシと鍛えているが、これでもフレイアは、何度失敗してもめげずに諦めないルナリアを可愛がってはいるのだ。

 そうでもなければ、多忙なはずの特務魔法術師が従兄(いとこ)(めい)の授業など引き受けはしない。


「謀られたか」

 ぽつりと漏らされたフレイアの低く感情を抑えた声に、ハッと、ハロルドが再起動した。

「兵を集めろ! ルナリアの馬車の目撃情報を集めて、行方を捜せ!」

「は、ははっ!」

 執務室から駆け出して行く執事の背中を見送ったハロルドの目は、ギラギラと殺意の光を放っていた。

 ルナリアは、2年前に失踪して行方が分からない次男を除けば、ウォーレス侯爵家に残された最後の直系子女で、重要な後嗣(こうし)なのだ。

 そうで無くとも、ハロルドにとっては目に入れても痛くない末娘だ。


「おい。私からの手紙とやらを受け取ったのは誰だ?」

 息せき切って玄関から追いついてきたらしい女中(メイド)たちに静かな声で問う。

 フレイアの冷え切った声に怯えながらも、女中たちが互いに目で問い合うが、皆が首を横に振った。

「質問を変えよう。手紙を受け取ったと報告を上げたのは誰だ?」

「ま、マーサだったと思います」

「マーサだと?」

 ハロルドとフレイアが視線を交錯させる。

 マーサはウォーレス家に仕えて10年以上になる、ルナリア付きの女中だ。

 ルナリアが生まれた直後から専属し、ルナリアからの信頼も篤かった。


「最近のマーサの様子に異変を感じた者は居るか?」

「三日ほど前に、子供が流行り病に罹って医者に預けていると言っておりました」

 女中の一人から返った答えに、ハロルドとフレイアの目が険しくなる。

 あのマーサが? という思いはある。

 しかし。


「・・・子供か」

 マーサの夫は失踪した次男付きの従者だった。

 主と共に失踪し、夫の失踪以降、自宅通いの彼女は一人で息子を育てていた。

 マーサにも、夫にも、家族はいない。

 血統や身元が確かでも身寄りが無い者は、魔獣被害が多い辺境地帯では珍しくもない。

 マーサにとっては夫が残した最愛の一人息子だ。

 館での勤務に息子を同伴しており、ウォーレス家としても利発なマーサの息子への将来の期待が有って、マーサの勤務時間内は館での息子の勉強と簡単な下働きを認めていた。

 この三日ほど、誰も彼女の息子の姿を見ていない?

 ならば、大体の状況は察しが付く。


「誰か、マーサの家を見に行ってこい」

 諦めの色を含んだフレイアの指示に、女中の一人が駆け出していく。

 フレイアから次々と出される指示に従って、表情を強張らせた女中たちが駆け出す。

「ルナリアの身に何か有っては、従姉妹上(あねうえ)に顔向け出来ん」

 最後には、激情を全身から(ほとばし)らせたフレイアが肩を怒らせて出て行った。

 どうせ、ウォーレス侯爵家騎士団の指揮でも執りに行くのだろう。

 フレイアは最期まで“敵が誰か”などと口にはしなかった。

 そんな愚問を口にするまでも無いからだ。

 フレイアにとっても、実弟のように、フレイアなりに可愛がっていたハロルドの次男に引き続いての、「二人目の弟子」の失踪だ。


 次男のときも、荒れ狂うフレイアを抑えるのに、ハロルドは大変な思いをした。

 ハロルドの方が荒れ狂いたかったのに、当時は現在ほど険悪さが深刻では無かった“融和派”を、フレイアは領地ごと消し炭にしかねなかったのだから。

 さすがに今回は、ハロルドもフレイアを止める気が、さらさら無い。

 ウォーレス侯爵家の傍系当主とはいえ、ハロルドの指示も無くウォーレス侯爵家の兵力をフレイアが勝手に動かすのは、本来は(まず)いのだが、騎士団の方もフレイアにならば(だく)として従うことだろう。

 加えて言うなら、戦場で大暴れしていたフレイアの用兵能力は、悔しいことに王都騎士団で副指揮官を務めていたハロルドよりも高いのだ。

 軽々(けいけい)に領主館から動けないハロルドにとっても、勇名高く実戦経験豊富なフレイアがハロルドに代わって指揮を執ってくれるのは有難い。


 これは戦争だ。

 謀略と武力、どちらが強いかを“融和派”の阿呆どもに思い知らせてくれる。

 敬愛する騎士団長閣下には申し訳ないが、これは侯爵家存亡の戦争を仕掛けられたのだ。

 真面目な文官タイプだった次男と違って、活発で利発で諦めることを知らないルナリアならば、生きていてくれるだろうか?

 失踪して2年も経てば、次男のことはハロルドたちも生存を諦めているが、ルナリアはまだ間に合ってくれるだろうか?


 おそらくは、脅迫に使われたマーサの息子も、すでに生きては居まい。

 ウォーレス侯爵家の領主館の敷地には、単身者や身寄りが無い者のための寮が存在する。

 マーサやマーサの夫も、結婚して街に新居を構えるまでは寮で暮らしていた時期がある。

 マーサには、息子を連れて寮へ戻ってはどうかと勧めたが、彼女は夫が戻るのを家で待つと言って譲らなかったのだ。

 帰ってこない家族を待ち続ける心情は痛いほど分かる。それでも、領主としての強権をもって命じるべきだったと、ハロルドの胸中に悔恨が満ちる。


 執務机に両肘を突いて組んだ指に額を載せる。

「馬鹿者が・・・。なぜ私に相談しなかった」

 ハロルドの呟きは静けさを取り戻した執務室の空気に溶けて、虚空へと消えた。

森の小人さん⑭です。


このお話しで、この章は終了となります!

次回、新章突入です!

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― 新着の感想 ―
あの馬車の死体が次男か…
こういう救われない描写も良いよね。
俺たちの目からはかいこうせんが噴出する。
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