魔法というもの ⑩
そういうこと?
お婆様の魔法も、「そういうものだ」と複合する効果の魔法を一体の物としてイメージに慣れればイケそうな気がする。
先入観があると難しそうだなあ。
基礎知識から習った人ほど乗り越えるハードルが高いんじゃないだろうか。
この仮説が正しいなら、「地球という異世界から来た先入観が無い人の方が生粋の異世界人よりも大魔法に馴染みやすくて勇者と呼ばれて重宝される」、とか有りそうだよね。
バルトロイ様が王都に帰って邪魔者が居なくなったらお師様に考察を聞いて貰おう。
「・・・うーん」
「フィオレ。はい、これ」
「・・・うん」
「フィオレ?」
「・・・うん」
「フィオレってば!」
「・・・ハッ! えっ!? な、何? ルナリア、どうかした?」
肩を強く揺すられて思考の底から帰ってきたら、心配そうなルナリアと呆れた様子のテレサに覗き込まれていた。
「どうかした? じゃないわよ!」
「どうかしたのは、フィオレの方じゃないかしら」
「・・・ええ?」
どういうこと? って眉根が寄ったら、テレサが私の手元を指差した。
「それ、覚えてる?」
「・・・え? ―――ハッ! いつの間に!」
自分の手元を見下ろしたら、二人に挟まれて木の根元に腰を下ろしている私の手には、空っぽのマグカップが握られていた。
中身は空だけど、ベッタリとカップの内側に貼り付いた鈍い赤色から、その貼り付いているモノが血であろうことは想像に難くない。
それに、私、いつの間に座ったんだろう?
「ずっと生返事だったから、大丈夫かしら? と、思っていたけど、大丈夫じゃ無かったみたいね」
「そっとして置こうかと思ったんだけれど、気になるし」
「・・・何が?」
「それですわよ」
私越しに二人は顔を見合わせてから、揃って私の頭上を指す。
指先に釣られて視線を上げると、小さな風の塊が現れたり消えたりを繰り返している。
思考に埋没している間も私は無意識に魔法の練習を続けていたらしい。
私、こういう単調な作業って苦にならないんだよね。
エアクッション梱包材の粒々をプチプチと潰す作業を延々とやっていられるタイプだし。
切れかけた蛍光灯みたいに視界の端でチカチカしていたら、そりゃあ、気になるよね。
私だって傍でやられたら気になる。
「・・・ああ。ごめんなさい」
風を消して素直に頭を下げたら、心配を顔に貼り付けて覗き込まれた。
「大丈夫? フィオレ」
「・・・だ、大丈夫、大丈夫」
私のおでこに手を当てるルナリアに、健康をアピールする。
お婆様の魔法を見た直後から考え込み始めた私は、生返事で手渡されたマグカップを受け取り、ボーっとしたままカップの中の血を飲んで、ボーっとしたまま呆けていたらしい。
お師様とお婆様だけでなく、エゼリアさんたちやアリアナさんたちからも、生暖かい目で見られていることに気付いた。
「フレイアも、ああだったわね」
「そ、そうだったか?」
「ええ。お陰で私たちも、よく一緒に叱られました」
「そうだったかな」
苦笑に変わったお師様たちの視線が私に戻ってくる。
うおーっ、恥ずかしい! 顔がカッと熱くなるのを自覚する。
熱くなっているのは顔だけじゃ無いね。
血を飲んだ事実を示すように胃の辺りがポカポカと熱くなっていて、口の中には血の味が一杯に広がっている。
普通、気付くよね!? と、自分でも思うけれど、それだけ血の味に慣れてしまっているのだろうね。
「恥ずか死にそう」だから、話題を変えよう。
「・・・で、何だった?」
「はい、これ」
「・・・んん?」
ルナリアから手渡されたのは、傍らに置かれていた別のマグカップ。
カップに半分ぐらい注がれた深い赤紫色の液体は、ワインのように見える。
お行儀が悪いかもしれないけれど、鼻を近付けると、やっぱりワインっぽい匂いだね。
「・・・お酒?」
「酒気は飛ばしてあるんだって」
「・・・だよねえ」
納得しながらカップに口を付ける。
あ。これ、美味しい。
加熱してアルコールを飛ばしたのだろうけれど、濃厚な葡萄の匂いは飛んでいなくて、砂糖でも少し加えてあるのか子供の舌には丁度いい甘さだ。
濃いめの葡萄ジュースって味。
「・・・どうしたの? これ」
「口直しよ。アンリカが厨房に言って用意させたのだって」
「・・・さすが、お姉ちゃんだね」
しっかりと血を飲まされたのか顔色が悪いアリアナさんたち未成年の女の子も、嬉しそうな表情でちびちびとカップの中身を味わっている。
大人になると変わるのかもしれないけれど、女の子には口直しの甘い物は嬉しいよね。
なんだかんだ言っても、アンリカさんのお姉ちゃんスキルの高さが伺える。
私が呆けている間に、ワナに掛かっていた獲物は、6頭が全てトドメを刺されたらしい。
騎士様たちや猟師さんたちもマグカップを片手に何やら議論しているみたいだし、全員が参加して血を飲んだのかな?
良かった。魔力酔いで倒れた人は居なかったみたいだね。
ん? 全員?
「・・・今日はレーテさんも来ていなかったっけ?」
「レーテなら、バイコーンと一緒に馬車へ積んで有りますわ」
レーテさんはダメだったか。
加工前の生肉と同じ扱いとは。
テレサも気にしていないっぽいし。
レーテさんの扱いが雑な気がして気の毒になってくる。
「・・・みんな、レーテさんの扱い酷くない?」
「馬にも乗れないのに無理を言って付いて来ましたし、苦手を克服する努力もしないのにご迷惑を掛けるのですもの。仕方ありませんわ」
「・・・納得した」
彼女が“融和派”出身だからか、と心配したけれど、そうじゃ無かったみたいだね。
魔法というもの⑩です。
レーテさんも生肉だから仕方ない!
次回、ヘビの頭!(※某国のギャングとは関係ありません!




