プリンセス強襲 ⑭ ※王都騎士団面
他国の例に漏れず、王国の騎士団も毛色が違う魔法術師団や学術研究院との関係が良好とは言い難く、それぞれの内部事情は秘匿される傾向がある。
そんな他所の事情に詳しくない騎士団においても、世間の常識からズレた魔法マニアばかりが集まる変態集団の中でも無詠唱行使を実戦レベルで使える魔法術師がピーシス卿とクローゼリス卿の二人しか居ないのは有名な話だ。
それほどまでに難易度が高い魔法術式を、あれほど小さな少女が習得したという。
「術式の発動だけなら出来る術師は他にも居ると聞くが、どうなんだ?」
「俺の弟は魔法術師団に居るが、あんなもん出来るかと荒れていたことが有ったな」
「特務殿の指示で、現に殿下と我々の目の前で使って見せたぞ」
「あの後継、まだ5歳だと聞いたぞ」
驚嘆せざるを得ないが、将来の成長に期待すると同時に不安もある。
聞けば、他国人だそうだし、母国の影響を受けそうなら、排除を考える必要が有る。
「王国にとって危険は有りそうか?」
「その心配は無かろう。ウォーレス家の御令嬢と、べったりらしいぞ」
「四六時中、一緒に居るらしいな」
「あの御令嬢は気性が荒くて尊大だという噂も有ったが、そちらも随分と悪意がある風評だったようだ」
「後継の方は、ムーアの暗殺実行部隊を十数人、返り討ちにしたらしいな」
再び大部屋が盛り上がる。
“融和派”の弱兵だとしても、正規訓練を受けた兵士をそれだけ倒せば叙勲モノだ。
「ウォーレス家の者から聞いたが、凶悪な罠で半分。えげつない魔法術式で半分だそうだ」
「金属製の全身甲冑を魔法術式で両断した、とも聞いたぞ」
一転して、室内が静まり返る。
「ま、マジかよ・・・。それほどか」
「浅い場所とはいえ、“魔の森”で半年間も生き抜いたというのだから、相当なものだぞ」
「話している姿は普通の少女に見えたがな」
「いいや。度胸が有るし、頭も良い」
「特務殿が育てるなら、道を誤ることは有るまいよ」
「あの可憐さで、特務殿のようになるのか。末恐ろしいな」
「だが、あの器量だ。ちょっかいを出そうとする輩は多かろうよ」
むしろ、そちらの方が問題では無いだろうか。
言動が色々とアレで、良くも悪くも数々の伝説を残しているピーシス卿に比べて、後継者がまともな人格なら、有象無象の貴族各家が放っておくわけが無い。
ピーシス卿は崇拝対象に近い高嶺の花だが、近付けそうな花なら囲い込もうと鎬を削るのが貴族という生物の習性なのだ。
例え、その花が、恐るべき猛獣が大切に育てている花だとしても。
「本人が強い上に、ウォーレス家とピーシス家を敵に回すのか? 自殺行為だろう」
「あの特務殿が膝に置いて片時も手放さんぐらいだからな。骨も残さず焼き尽くされるぞ」
「ウォーレスの女は怖いなあ」
腕が立つ上に、見た目の麗しさと中身のギャップが激しいのは、ウォーレス領の女性の特色なのだろうか?
今回の件でピーシス卿は相当にキレているらしく、王女殿下の王都帰還に併せてコーニッツ子爵とムーア男爵の身柄を王都へ護送するのに、ピーシス卿は1万騎のウォーレス領軍と共に王都まで随伴する気だと聞いている。
そこへ“融和派”がちょっかいを出そうものなら、文字通り、血の雨を降らせるのは間違いない。
「ハロルド殿と魔法術師団長閣下で抑えられるのか? あの特務殿だぞ」
「ハロルド殿もヤバくないか? あの方もキレたら先頭きって突っ込んで行く方だぞ」
「輜重付きの騎馬1万騎を5日で出撃させると言い切ったからな」
「ウォーレス家の頭の中は戦争しか無いぞ」
十数年前のウォーレス卿を知る小隊長が、ぼやく。
「キレたら先頭切って突っ込んで行くのは珍しいタイプではないが、ハロルド殿はキレたときの準備を平時から万端に整えているところが計画的過ぎて恐ろしいんだ」
「騎士団に在籍していた頃も調整能力に長けた方だったが、ウォーレス領に戻られて調整能力が上がっているように見えるな」
「騎馬だけでも1万騎なんて、普通、ポンと出せる戦力じゃ無いぞ」
「騎馬は兎も角、万単位を支える輜重の準備なんて、半月は掛かるだろうに」
「ピーシス家系は魔法術師が多いから、水の準備が不要なんだと」
「領都の食糧備蓄は、完全包囲されても1年以上は楽に籠城できるほど、らしいぞ」
「領内に鉄鉱山を持っているから武器の調達も自領内で賄っているそうだな」
「物資を買い集める必要もなく、いつでも戦争できるのか」
「戦争に必要なものでウォーレス領が自前で用意できないものは塩だけだとさ」
「領内の総兵力を招集すれば、1日2日で10万騎以上、だってな」
再び、シンと大部屋が静まり返る。
10人の想いが一致したようだった。
「ヤバい。ウォーレス家一族、ヤバい」
「敵に救いは無いのか」
「ウォーレス家の先代殿よりはマシだと信じろ。ハロルド殿を信じろ」
「ハロルド殿が騎士団長閣下と懇意なのが、せめてもの救いだな」
「閣下、お願いします。ウォーレス家とピーシス家の暴走を抑えてください」
「“融和派”を撃滅する好機なのに、“保守派”筆頭の閣下が両家を抑えるとでも?」
最後に投下された一言に、全員が絶望的な気分になった。
暴走して“融和派”領地を蹂躙して回る両家の騎馬部隊に、必死で付いて行って連戦に次ぐ連戦に付き合わされるのは、自分たち騎士団なのだ。
国内を二つに割ってしまい兼ねない戦力を単独で持っているだけに、鎖も付けずに両家を野に放つことは、騎士団長閣下でもするまい。
だとしたら、騎士団は間違いなく両家に付き合わされる。
もしかすると、魔法術師団も道連れに出来るかもしれないのが、唯一の救いだろうか。
魔法術師団を確実に巻き込めるように、クローゼリス卿を巻き込んでおくべきだ。
いや、特務殿の報告書をベルーサー副長が見せられた時点で、巻き込まれたのは騎士団の方だ。
「次の戦は荒れそうだなあ」
誰かのボヤキが、静まりかえった大部屋に響いた。
プリンセスアタック⑭です。
脳筋オブ脳筋!
ウォーレス家の評価でした!
次回、スポ根!




