精霊魔法というもの ㉝
「森に隠れ住み、危うくなれば東へ東へと逃れ、そうやって僕らが今の場所に郷を置いて100年以上になる」
レイクスさんは静かに語った。
ヒト族が入って来られないほどの森の奥か・・・。
私もルナリアと出会う前、松の大木の洞を棄てて他の場所へ逃げようと考えたことが有ったっけ。
作って溜め込んだ干し肉まで棄てて逃げなきゃいけないのかと考えて、すごく悲しかったことを覚えてる。
あんな思いを何度も繰り返し味わわされたエルフ族の悲しみと苦しみを思うと身につまされる。
「テツ殿とケイナ殿が森から出て来た場所は旧エンツェンス領だったらしいな」
「旧? ああ~。領主が変わったんだったか」
お母様の確認にテツさんが首を傾げた。
今の領主はレーテさんの実家で、え~っと? ハリエット家だっけ。
「ふむ・・・。東部地域の森だな」
「郷の場所かい? 森の外の地図を見せて貰ったけど、そこの領地から少しだけ南へ下って、ずっと東の奥だね」
地図を頭に思い浮かべたらしいお母様の呟きを、意外なことに王国の地図を頭に入れているらしいレイクスさんが追認した。
旧エンツェンス領から「少し南へ下る」ってことは、ファーレンガルド領の北隣に有るヒッケナー子爵領が最寄りかな?
そこからずっと東へ森の奥へ入るってことは、例の死霊系の迷宮から、さらに東へ進んだ辺りかも。
あの迷宮だって、推定30キロメートルぐらい奥へ入った場所に有ったはず。
そのさらに奥ともなれば、遭難でもしない限り、ヒト族は誰も入って来なかっただろうね。
エルフ族だもんなぁ。
もしかすると、集落に人を寄せ付けない魔法か何かが有るかも知れないし。
訊きたかった情報ではなかったのか、小さく首を傾げたお母様が問い直す。
「具体的には、何の魔獣が出た?」
「最近だとショージョーだね。テツが来てくれなければ郷が滅んでいてもおかしくない状況だったよ」
おっと。予想外の名前が出たな。
レイクスさんの口振りからすると、ケイナちゃんが追放されそうになった後のことかな?
「ほう。ショーショーか」
「・・・もしかして、ファーレンガルド領に出たっていう群れかな」
アスクレーくんがフラれた群れじゃない? と目を向ければ、お母様も頷く。
「かも知れんな。そのショージョーどもはテツ殿が?」
「ケイナと2人でね」
レイクスさんが向けた視線にケイナちゃんが首を振る。
「ほとんどテツさん1人で狩りましたよ。私はテツさんを怖れて逃げてきた個体を何体か討ち取っただけです」
ふぅん? テツさん1人で、か。どう殺ったんだろ?
何度か小さく頷いて見せたお母様がレイクスさんに目を向け直す。
「普段は何が出る?」
「バイコーンとバジリスクとパイアとステュムパーリデスぐらいだよ。後は塩湖にカルキノスが―――」
レイクスさんの答えに思わず身を乗り出す。
「・・・え、“えんこ”って“塩湖”!?」
「“えんこ”?」
言葉の意味を捉え損ねたらしいお母様にも、私の驚きと感動を共有して欲しい!
「・・・塩だよ! 塩! だよね!?」
「あ~。塩だったな。波打ち際に結晶化した塩が溜まってるのは見えてるのに、目に入らなくてよ。やっと水を見付けたと思い切り飲んじまって、酷い目に遭ったぞ」
テツさんに同意を求めれば、嫌なことを思い出したとばかりに眉尻を下げる。
「そうでしたね。止めるのも聞かずに―――、と言っても、あのときのテツさんはまだ言葉も覚えていませんでしたからね」
現場を目撃したらしいケイナちゃんがクスクスと笑う。
へぇー。言葉も分からないのにケイナちゃんたちを助けたのか、―――って、それは当然か。
こっちの世界へ来て人里の近くに落っこちて来たのなら森の奥へは入らないだろうし、ケイナちゃんたちを助けるまで誰とも会わなかったんだろうね。
日本語とは似ても似つかない発音のこっちの世界の言葉を、現地人に会ったばかりのテツさんが話せるわけがない。
私のときは、王国の言葉に近いエクラーダの言葉をフレーリアが知っていたのだろうから、私は下駄を履かせて貰っていた状態だったからね。
2ヶ月間やそこいらで言葉をマスターしているテツさんは、結構すごいんじゃ?
私の驚きと感動を共有してくれたらしいお母様がおカネの匂いにほくそ笑む。
「ほほう。森の奥でも塩が採れるのか」
「・・・採掘場の岩塩鉱床と地下で繋がってるのかも!」
1つしかない鉱脈では掘り尽くしたときに困る。
ウォーレス領の領地内に取り込んだ上で予備として確保しておきたい。
でも、そうなると、また拠点と街道を作って領有宣言する必要が出てくるよね。
お仕事の負担を減らしてあげたいと考えているのに、またお父様とお祖父様たちが執務室で缶詰めになっちゃうなぁ・・・。
どうしたものかと皮算用に頭を悩ませてると、レイクスさんが首を傾げる。
「塩湖で塩は採れるけど、岩塩じゃないよ?」
「・・・岩塩って地下で塩分が結晶化して押し固められたものだよ? 近くに塩湖が有るなら鉱脈と繋がってると考えた方が自然なんだよ」
などと偉そうに解説したものの、岩塩鉱床が生成される過程なんて知らないんだけどね。
私の解説を聞き終えたレイクスさんが信頼するテツさんに顔を振り向ける。
「そういうもの?」
「理屈から言えば、そうだろうな」
テツさんも知らないのか首を傾げつつも追認する。
ヨシ。適当にでっち上げた知ったかぶりだったけど、私は許された。
精霊魔法というもの㉝です。
新たな鉱脈!?
次回、意外!?




