生態系の覇者 ㊳
「それよりも、お前。“蒼焔”を使っただろう。少し休ませてやりたいところだが、次の襲撃に備えねばならん」
「・・・うーん・・・? それ、たぶん無いと思うよ」
お母様の言う「次」とはガルダの襲撃だろう。
これはお爺様たちから聞いた戦訓に基づいてのことだ。
でも、ガルダとの直接戦闘を経験した私の所見は変化してきている。
「なぜ、そう言える?」
「・・・ガルダの習性。おそらくだけど、ガルダって、すごく知恵が回る魔獣なんだよ。自分たちだけで獲物を襲うんじゃなくて、誰かが争ってる場を襲撃して獲物を掻っ攫うんじゃないかな」
私が加えたいのは「“紅蓮”の使用がガルダを呼び寄せた」という認識の修正。
「ふむ・・・。その根拠は?」
「・・・お爺様たちが襲われたときの状況も、今回の1回目の襲撃も、2回目の襲撃も、全部が全部、戦闘中に便乗する形で襲って来てるんだよ。それに、2回目の襲撃では警戒監視に見つからないように小細工までしていたと思う」
思案顔のお母様に客観的見解を伝える。
卵が先か鶏が先か。
敵が言葉の通じる人間なら捕虜を取って思惑を吐かせれば良いけど、ガルダを捕まえたところで汚い鳴き声を聞かされるだけだ。
だったら、統計結果に基づく判断をする方が実際的じゃないかな。
「だから、“蒼焔”を使用しても魔獣を引き寄せることにはならないと?」
「・・・うん」
まだケースサンプル数が少ないから基本情報の確立には至らないけど、今後明らかになっていくことだろう。
予想してなかったらしい私の見解にお母様が唸る。
「それが本当のことなら、想定される戦闘の形態が大きく変わるな」
「・・・私は“紅蓮”や爆発系の術式を解禁しても構わないと思う」
「良かろう。襲って来れば平らげれば良いだけだからな」
私の提案に、お母様が自身に言い訳を与えるように頷く。
制約を受けた状態で戦わなくちゃいけない状況に、ずっとフラストレーションを感じていたんだろうね。
抑制しても状況が同じならバンバン撃っちゃえば良いと思うよ。
それよりも、この場に戻って来てからずっと気になっていることがある。
「・・・ところで、コレ。何の匂いだろ?」
「匂い? そう言えば甘ったるい匂いがするな」
私の指摘にお母様もスンスンと匂いを嗅ぐ。
私の鼻がおかしかったわけじゃないんだね。
意識を集中していると匂いになんて気付かないのは仕方ないし、人間の鼻というものは匂いに慣れる。
鼻が慣れてしまえばただでさえ気付きにくい状況下では、私だって匂いに気付くことは難しかっただろう。
何というか、深い森の中では場違いな匂いに感じるよね。
香ばしさの有る甘い匂いは、砂糖をふんだんに使ったお菓子をオーブンで焼いてるときの匂いに似ている気がする。
もちろん、こんな“魔の森”の奥でお菓子を焼く人が居るわけもないし、私の勘違いなんだろうけど、何の匂い?
日本で暮らしていた頃にこの匂いを嗅いだなら、「誰かがケーキでも焼いてるんだな」と連想したはずだ。
鼻の利くマーミナさんマーリカさん姉妹がこの場に居れば、すぐに何の匂いか嗅ぎ当ててくれただろうに。
世の中の巡り合わせというものは、本当にままならない。
「あっ! やっと帰ってきたわね!」
聞き慣れた声が耳に届いて声の主を探せば、大穴の方からピーシーズを引き連れたルナリアがパタパタと駆けてくるところだった。
平手を伸ばして迎え入れればルナリアも平手を伸ばしてきて両手でパチンとタッチし合う。
「・・・ただいま。ルナリア」
「ノーアは無事!?」
軽く息を弾ませているルナリアのひと言目は妹の身を案じるものだった。
そういうところが実にルナリアらしくて嬉しくなる。
「・・・うん。ガルダに服を破かれちゃったから、今、着替えに行ってる」
「そう。良かった! それで、何の話?」
目でノーアの姿を探すルナリアを落ち着かせるように情報を与えつつ、怪我をした様子がないか、ルナリアの両腕をバンザイさせてみたり後ろを向かせてみたりとチェックする。
「・・・この甘い匂いって何の匂いかなって話してた」
「ああ。これ、ドラゴンフライのニオイなのよ」
なされるがままにチェックされていたルナリアが顔を私に振り向けて情報をくれた。
場違いな匂いを気にしていた人が誰も居なかったことにも驚くけど、ルナリアの答えにもっと驚いた。
「・・・ドラゴンフライ!?」
アジフライが香ばしい匂いをさせるのは知ってるけど、ドラゴンフライも香ばしい匂いをさせるものだとは知らなかった!
なるほど。この香ばしさは加熱された匂いか。
すると、甘い匂いは糖分で良いの?
糖尿病を患っている人が自分のおしっこから甘い匂いがすると言ってたことは有ったし、生物の血液というか体液から甘ったるい匂いがしてもおかしくはないのか?
生態系の覇者㉘です。
カラメル化!?
匂いの元!?




