人間への興味
私は犬が好き。愛くるしくて、人間に従順で、個体差はあるけれど、どんな犬も本当にかわいいと思う。
「ウチの子は今日もかわいいなぁ」
スマートフォンの待ち受け画面に設定してある愛犬の写真を眺めながら、私は誰に言うでもなく呟く。誰に向けたものでもない独り言だったのだけど、近くにいた同僚がこちらを振り向いた。
「また犬の写真を見てるんですか?」
「ええ、そうよ。かわいいでしょう?」
私はスマートフォンの画面を同僚に見せながら言う。
「あー、はい、かわいいっすね」
気のない返事をされて、私は少しムッとした。
「……キミは本当に興味がなさそうに相槌を打つよね」
「そうですか? 俺は別に普通にしてるつもりですけど」
「それがキミの中での普通なんだろうね。まあ、私も別にそこまで共感を求めてはいないからいいけどさ」
私はそう言いながら、スマートフォンの画面に向き直る。
「そうっすか。……アリサさんも、あんまり犬ばっか見てないで周りの人間に興味を持った方がいいと思いますよ」
「……どういう意味?」
同僚に言われたその言葉に、少し引っかかるものがあったので、スマートフォンから顔を上げて答えた。
「そのまんまの意味っすよ。休憩時間、犬の写真を見てばっかりで、雑談とか全然しないじゃないっすか。もうちょっと周りの輪の中に入ろうとか思わないんすか?」
そんなことを言われても、周りの人間になんて興味は持てないのである。ただ、それをそのまま口に出したら、ますます孤独な人間だと思われるかもしれない。そう思う程度の冷静さは持っている。
「……無理に周りと話を合わせようとしても、疲れるだけでしょう? 犬の写真でも見て癒やされてる方がずっといいよ」
私なりに少し考えたけれど、結局、あまり気を使った返事にはなっていなかったかもしれない、そう思った。
「……まあ、無理して雑談しろとまでは言いませんよ。でも、もう少し周りの人間に興味とか、ないんすか?」
「……そう言われてもねぇ……」
答えに窮して、私は同僚から目を逸らした。
「……そういう感じなんすね。まあ、そこがアリサさんのいいところっちゃいいところっすけど」
そう言われて、私は意外だなと思いながら同僚に顔を向ける。
「……キミは、私のそういうところをいいと思ってるの?」
「え? ああー……まあ、そうっすね。いいんじゃないっすか? 自分のしたいことを優先して、自分の幸せのために素直に行動できるのは、いいことだと思いますよ」
そんな言葉を紡ぐ同僚の顔が、心なしか赤らいで見えるのは、夕方の日差しのせいだろうか。
「……確かに、キミの言う通り、もう少し人間にも興味を持ってもいいのかもしれないね」
「え?」
少し驚いたような顔をする同僚に、私は笑みを向けながら応える。
「……私はキミに興味が出てきた。だから、もっとキミと話してみたいな」
私がそう言うと、同僚は驚いたような照れるような顔をした。
「……アリサさんがそう言うなら、じゃあ、今日の帰りに一緒にメシでも行きます?」
「……今日はダメだ、大事な愛犬が私の帰りを待ってるんだから。……ん? そう考えると、仕事帰りにメシなんて行けないな……。明日のお昼休憩、一緒に食べようか。それくらいなら考えてもいいよ」
「ああー……アリサさんにとっては、やっぱり犬が大事なんすね。……まあ、じゃあ、明日ランチ一緒にしましょ。楽しみにしてますね」
なんとも言えない表情をしながら、同僚はそんなことを言う。私はもっとこの人間のことを観察してみたいような気持ちになっていたけれど、そんなことより愛犬の方が大事だった。早く帰って、愛犬に会いたい。そのためにも、今日も定時で帰れるように仕事を早く終わらせなくては。
「じゃあ、また明日、ということで。……今日も定時でさっさと帰りたいから、そのつもりで、キミもしっかり仕事してくれよ」
「わかってますよ。じゃあ、また」
そう言って、同僚は仕事に戻っていった。私も早く仕事に取り掛からねば。
そう思って自分のパソコンに向き直った時、そういえば、同僚とお昼休憩を一緒に過ごすなんて、初めてかもしれないな、と気が付いた。一緒にランチなんて、どう接すればいいんだろうか。わからないけれど、楽しみではあった。
人間と関係を築くことって、案外けっこう悪くないことなのかもしれない。そんなことを思いながら、私は淡々と仕事に向き合っていた。
〈了〉
なんか最初に思ってたのとは違う方向に着地した気がするけどなんか書いてたらこうなった。