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32 届かぬ言葉

 僕はダリアナ嬢の言う『公爵になれた』という言葉の裏に兄上への言いしれぬ不安を感じた。

 

「それにね。公爵は兄上が継ぐんだ。だから僕には君が僕を狙う意味がわからないなぁ? 君にはこの伯爵家を継ぐ権利はないはずだ。そして僕にも爵位はない。君は本当に何が狙いなんだい?」


 ダリアナ嬢は後妻の連れ子なのでマクナイト伯爵家の血を継がないからマクナイト伯爵位は継げないのだ。

 僕はもしクララとの結婚がなくなって父上の持つ爵位の一つをいただいたとしても伯爵位だ。それを『公爵』だと言い切るダリアナ嬢の真意を計りかねる。


 ダリアナ嬢は両手を腰にあて上半身をこちらに倒してきた。まるで『仕方がないから、教えてあげるわ』とでも言いたそうな態度である。


「ふんっ! だ、か、ら、そのお兄様がもうすぐ死ぬのよ。死んだらあんたは公爵を継がなきゃなんないでしょう?

そしてクラリッサは伯爵を継がなきゃなんない。あんたらは絶対に上手く行かないのよっ」


 ダリアナ嬢の口調が乱れご令嬢のそれではなくなっていてまるで下町の娘のようだ。


『お義姉様は公爵家には嫁げないでしょう』


 夢の言葉が脳裏を掠める。あの時は意味がわからなかったがやっと理解できた。だが新たに別の疑問が湧く。


『兄上がいるのに僕が公爵家を後継するわけないだろう?』


 ダリアナ嬢が僕を指差しながら高らかに宣言した内容はとても恐ろしいものでさすがに僕も兄上の死を口に出されて眉根を寄せて睨んだ。夢の言葉が兄上の死に繋がっていたとは僕も驚く。


 隣にいる護衛からまたカチャリと剣に手を触れた音がする。この護衛は公爵家に長くいる人で僕も兄上も幼い頃からとてもお世話になっている人だから兄上の死を望むようなことを言われて気分がいいわけがない。僕が許可しなければ動かないとは思うが心情穏やかではないだろう。


 自論に酔いしれて僕や護衛の顔つきが変わったことに気が付かないダリアナ嬢はまだ続けた。


「ハハ! その時まで待ってあげるわ。頭を下げてわたくしを請うなら許してあげる。わたくしの寛大さにあんたはわたくしを一生崇め奉るのよ」


 ニヤリとひしゃげた口角は決して美しいものでは全く無い。


『小狡い下民がするような表情だ。実際に見るのは初めてだけど小狡いとは絶妙な表現だな。ダリアナ嬢はそんな自分に気がついていないだろう。ダリアナ嬢に鏡を見せて上げたいよ』


 残念ながら僕は『小狡い下民』というものを見たことはないがクララとたくさんの本を読んできて物語の中にはそういう表現が出てくるのであくまでも想像でしかなかったものを目の当たりにした。


『ああ。僕の中にはクララとの時間や思い出や経験がいっぱい詰まっているんだな』


 僕は優しく笑うクララを思い出して冷静になった。

 

『兄上に何かあったとしてもダリアナ嬢に頭を下げるなんて万が一にもありえない。でもこれ以上話をしていると僕も護衛もダリアナ嬢になんらかのことをしてしまいそうだな。護衛の顔が戦士のそれになっているもの』


 僕はダリアナ嬢からもう離れることにする。鼻でたくさんの息を吸って切り替えと呆れを見せた。


「そんな日は一生来ないよ……。互いに穏やかな人生であるよう願っている」


 僕はとりあえず三階と二階の間の踊り場まで行こうと足を踏み出した。


『ピシッ!』

「痛っ!」


 ダリアナ嬢が僕に手を伸ばそうとして護衛がその手を叩いたのだろう。僕は横目でチラリと見ただけで無関心を表した。

 ダリアナ嬢はツンとした表情のまま踵を返して自室と思われる部屋に戻っていった。


『僕は最後の言葉は本当に届いてほしいのだけど……。届かなかったかな…』


『バッタン!!』


 扉が勢いよく閉まる音がしてダリアナ嬢と離れられたと確信が持てたので踊り場で止まる。二階はその家のご夫婦が使用していることが多いからマクナイト伯爵夫人に会ってしまう恐れがあるため踊り場で待機することにした。


「あれは何ですか?」


 護衛は困惑と怒涛とをないまぜにした顔をして自身の上腕をパンパンと叩いている。彼なりの落ち着かせ方なのだと思う。


「クララの義妹。義母はもっとすごいんだよ。護衛の君たちが義母に会ってなくてよかったよ」


 僕は胸ぐらを掴まれたことを思い出し自分の襟元に触れた。あれを見たら間違いなくマクナイト伯爵夫人の腕は体と離れていただろう。

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