25 クラリッサの悪口
夢の中ではダリアナ嬢から僕へのセリフがなかったため今日の僕は頭痛はない。だがあのセリフをクララに言っているのだとしたら…。僕は沸騰しそうな頭を必死で耐えている。
挨拶もまともにせぬまま会話が普通のことのように始まり二人がまくしたてるようにしゃべるが会話の内容が全く頭に入らない。どこのお菓子がうまかろうが、どこの小物がかわいかろうが、この二人に興味が持てないのだ。二人の好みなど聞く気にもならない。
それでも僕は二人を油断させるため嘘の笑いで頷いていた。
僕は二人が饒舌になり楽しそうな雰囲気になったところで隙をついて尋ねる。
「それで? クララは今どこに?」
マクナイト伯爵夫人は明らかにしかめっ面をしたが僕が片方の眉を上げて少し威圧を込めて笑顔を向けると一変してニコニコとする。
「クラリッサはボブバージル様にはお会いになりたくないと申しておりますのよ」
マクナイト伯爵夫人は口元を扇で隠して本心を見せないようにしている。視線は僕ではなく使用人に向いていたので僕もその使用人を確認する。
彼もまた見たことのない使用人だが先日の執事は降格したのかもしれない。
執事の質を見定めるがおそらくは先日の者と大差はないだろう。
ダリアナ嬢が奇妙な言い訳地味たことを言い始めた。
「そうなんですっ! クラリッサお義姉様はご自分がボブバージル様にお会いになりたくないからってわたくしに当たり散らすのです。ボブバージル様を追い返すようにって……」
ダリアナ嬢はハンカチを膝の上で握りしめて悲壮感を演出している。
「いつもわたくしに当たり散らすときには物をなげつけてきますのよ。クッションならまだいいですわ……。時には置物までも……」
眦をハンカチで押さえるダリアナ嬢だが僕は全く信じる気になれない。それどころか彼女たちにどこまでも冷たいことができそうな自分がいる。
「まあ、ダリアナっ! 可哀想にっ! クラリッサにはいつも冷たくされていて、本当に可哀想なダリアナ――」
マクナイト伯爵夫人が扇の奥でハンカチで涙を拭くフリをすればこちらからは一切何も見えなくなる。薄笑いでもしているのではないかとさえ思えてしまうくらいだ。
「本を投げつけられるのは毎日ですのよ。お義姉様は本だけはたくさんお持ちだから。
本ばっかり読んでらっしゃるから楽しいお話もできないのよ。お姉様って本当につまらない方でしょう」
二人は興が乗ったようでソファーにどっかりと腰を据えあれやこれやとクララの悪口を言いまくっていた。
ちょうど僕のイライラは頂点になっている。
『クララが本を投げるなんてある訳ないじゃないかっ! クララはつまらない女の子なんかじゃないっ! もうそろそろ僕がキレてもいいころだよね』
「僕はマクナイト伯爵様に『クラリッサに会いに来てくれ』と言われたから来たのです。クララに会えないのなら失礼しますっ! 見送りは結構だっ!」
喧嘩腰に応接室を出て乱暴に扉を閉める。こうすればいくら図々しい二人でもすぐに追いかけて来る気にはならないだろう。
いや、来れるわけがない。あんな豪華なドレスでソファーに身を沈めれば一人で起き上がることなど不可能だ。非力そうな執事一人でどうにかするには時間もかかるだろう。
淑女のお茶会の作法も知らない様子と踏み僕はそういう状況になるまで我慢したのだ。初めから怒りを顕にしてはダリアナ嬢に簡単に追いかけられて縋られてしまうからね。
『作戦とはいえクララの悪口を笑顔で聞かなければならないのは本当に苦痛だった。二度とあいつらと顔を合わせたくない』
僕は奥歯を噛み締めたが彼女たちに会わないことが不可能なことは理解している。
二人がすぐに追いかけられない状況を作った僕は帰るふりをして玄関ホールからのびる階段を一気に駆け上がり三階のクララの部屋へ向かった。




