18 マナーの認識
「ボブバージル様。わたくしのお勉強を見てくださいませ」
僕が目眩に耐えていることを了承ととったようでダリアナ嬢が隣に座ってきてメイドはワゴンを押して退室し執事は頭を下げてドアを閉めた。
僕はふらつきながら立ち上がりダリアナ嬢が伸ばしてきた腕を回避して席を立ち応接室の両開きのドアを全開にする。
『伯爵家の執事もメイドも常識はないのか?』
僕の『拒否したい』という気持ちはともかく若い男女を二人きりにしようとする行動を訝しむ。そういえば最近昔から見知った顔が少なくなっている気がする。
僕は扉の前で振り返った。ダリアナ嬢はキョトンとした顔でこちらを見ているから拒否られたことにも気がついていないのかもしれない。
「婚約者でもない者が密室に二人きりになるのはおかしいと習わなかったのかい?」
「わたくしは七歳でオールポッド侯爵家から出たので高位貴族の決まり事はわかりませんの。ですから今ボブバージル様にお勉強を見てくださいとお願いしたのです」
「それこそ家の恥になるようなマナーの問題だよ。他家の者である僕に晒していい醜態ではないね。今回だけは目を瞑って他言はしないけどまずは伯爵様にお願いして家庭教師をつけるべきだ。
クララの帰宅予定がはっきりしないのなら僕はこれで失礼する。クララには後で手紙で今日のことを確認するから」
僕がダリアナ嬢の返事を待たずに廊下へ出るとそこには執事がカタカタと震えていてメイドが目を細めて僕を睨んでいた。
僕は二人に声をかけずに玄関を出て馬車に乗った。馬車に乗ると大きく息を吐き出して頭を抱え目眩を伴う頭痛が収まるまで耐えた。公爵邸に到着するまでに収まってよかったと思った。
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クラリッサお義姉様の婚約者であるボブバージル様に紹介された日からボブバージル様がいらっしゃった時にはお母様と協力してできるだけ私とボブバージル様が二人で過ごせる時間を多くするようにした。すでに執事もメイドも私達の言うことを聞く者ばかりになっていたので協力者には事欠かなかった。子爵家の別宅にいたメイドも何人かいるの。
ある日のボブバージル様からの来訪の先触れにエイダお母様が返事をする。お義姉様の意見なんて聞いたりしない。
「クラリッサにはお友達の家にでも行ってもらいましょう。そういえば先日クラリッサ宛に手紙が届いていたわね。その家に今から行きたいと先触れをしてきてちょうだい」
おどおどした執事が走っていった。
わたくしとお母様でお茶をしている間にお義姉様のお友達から了承の返事がきた。
「これをクラリッサに持っていって」
メイドに渡したのはお友達からの返事を待つ間にお母様が書いたお義姉様宛のお誘いのお手紙だ。
お昼ご飯の時にお義姉様はお友達のお宅へ行くと喜んでいた。ははは。うまくいったわ。さすがお母様!
でも結局ボブバージル様はスコーンを食べることもわたくしにお勉強を見てくださることもせずに帰ってしまった。お義姉様に気を使っているに違いないわ。早く婚約者交代をした方がいいわね。
わたくしは出かけたフリをしてお部屋にいたお母様の元へ行くことにした。
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マクナイト伯爵に嫁いでみるとダリアナの言った通り旦那様も義娘クラリッサも優しい人たちで笑顔で過ごすことができた。
旦那様のお仕事が図書館の館長だそうで旦那様とクラリッサは小難しい話が好きだった。私はダリアナとお話していれば笑っていられたので笑顔の絶えない家ではあった。
不安事はありどう画策しようか思案していたけれどダリアナがマクナイト伯爵様に触れた時に見た運命の王子様はクラリッサの婚約者で公爵家の息子ボブバージル様だったと知った私は私の不安事よりボブバージル様とダリアナを結びつけることを優先させることにした。
それからはボブバージル様が来た時にはクラリッサと私でお茶をするようにしたり、忘れ物をしたと言ってクラリッサと無理矢理市井へ出かけたりしていく。そうやってダリアナとボブバージル様を二人にするのは簡単なことだった。
でも先触れが来た後にクラリッサを出かけさせたのはまだ早かったかもしれない。ダリアナの言うようにまずは婚約者の交代ね。そのためにはクラリッサにその立場が似合わないってことを教えていかなくてはならないわ。




