15 お菓子の好み
でも、三年ほどしたらケチンボお兄様が黙っていなかったの。再婚か仕事をするかを迫られた。
本当はバリーと結婚したいけど侯爵家の血筋の娘ってことになっているダリアナをお嫁に出すまでは私が平民になるわけにはいかないの。
お義姉様の子供の面倒を見ながら見合いをすることにした。嫌な相手は一回目で断って二回目に会ってもいいわと思った男には二回目にはダリアナに会わせたけどダリアナが全くいい顔をしない。私はトリスタン様のことでダリアナの力は信じているから辛抱して乳母を続けた。バリーと会える回数は減ったけどそれもダリアナをお嫁に出すまでの我慢だわ。
そして、紳士的なマクナイト伯爵様にお会いした。ダリアナから合格を言われた時にはやっぱりだと思った。さらにそこでダリアナの王子様にも会うという。
マクナイト伯爵様との結婚を決めたわ。
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僕がダリアナ嬢を紹介されてからというもの伯爵邸へ行くと必ずクララだけではなくダリアナ嬢が一緒であった。テーブルにははじめからカップが三つ用意されている。
さらにクララと二人になれることはまずない。クララはマクナイト伯爵夫人に呼ばれることが多く僕はダリアナ嬢と二人にされてばかりだった。
また夢を見た。
『お義姉様ったらひどいわ。わたくしがボブバージル様に好意をもたれないようにって嘘を教えたのね』
泣き濡れる天使とおろろする少女。
僕は少女に手を差し伸べたいのに天使に心を砕く顔をしていた。
その日クララとの約束のためマクナイト伯爵家の応接室へ行くといつもよりもお菓子の甘ったるい香りで咽そうになった。
先に席にいたクララは困り笑顔を向けていた。クララの隣に座っていたダリアナ嬢が僕へ向かって走り出す。ど派手な青いドレスは光沢のあるもので応接室にも関わらす眩しすぎて手で光を遮りたくなる。昼間の茶会にそこまでするかというほどの装飾品も付けてカチャカチャと言わせて相変わらず教養がないのか常識がないのかわからない格好をしている。
走ってきたダリアナ嬢は僕の腕にからみついた。令嬢としてのマナーについて走ったことに驚いたのか義理とはいえ姉の婚約者にからみついたことに驚いたのかクララは僕が見たことがないほど目をまんまるにしていた。
『あんな表情もかわいいな…』
僕はダリアナ嬢の手をさり気なく払いながらクララの表情を楽しんでしまっていた。クララがかわいくて眩しいからしかたがないよね。こちらの眩しさは目が離せないし離したくない。
「やあ。クララ。今日はまた随分と大量のお菓子たちだね。誰かゲストでもいるのかい? 僕も君の婚約者として挨拶しなくちゃね」
クララには愛情を込めた笑顔を送ればクララも笑顔を返してくれる。その笑顔はすぐに苦笑いになった。
「ジル。ごきげんよう。あのぉ…ゲストは貴方だけなのよ」
後ろからまたしても絡みついてくる腕。
「ボブバージル様。これはわたくしがボブバージル様を歓迎するために作ったのです。いつもお疲れな感じのボブバージル様に召し上がってほしくて」
『いつもここでお疲れ気味なのは誰のせいだかわかっていないのか?』
僕は再び腕を払いながら作り笑いをする。
「それはありがとう。ではお茶をいただこうかな」
態度の悪いメイドは僕の前に『カチャン』と音を立てて紅茶を置いた。
『にっが!!!』
あまりの紅茶の不味さに思わず甘そうなお菓子を取る。ダリアナ嬢がニヤけたからどうやらダリアナ嬢が作ったというものを掘り当てたらしい。甘いものがあまり得意ではない僕は小さく千切って口へ運ぶ。本当は食べたいものではないが口の中の苦さは如何ともしがたいものであったのだ。
『あっま!!!』
たった二センチ角で苦味を緩和させたケーキのようなものに驚嘆は隠せず目を丸くしてしまった。ダリアナ嬢はそれを美味しさのあまりに驚嘆したと思ったらしい。
「それはわたくしが作りましたのよ。最初に手にして頂いて嬉しいですわ。そんなにお喜びいただけたなんて作った甲斐がありました」
満面の笑みのダリアナ嬢はすべてを自分にとって肯定的にとらえるスペシャリストだ。
「そうですか。とても甘味でした」
僕はダリアナ嬢には理解できないだろうと思われる微妙な単語を使っておいたら案の定喜んでいた。
『おいしいとは言っていないけどおべっかも言いたくない』
小さなため息を吐いていつものナッツスコーンを手にする。その際クララのカップを見たら一口も口をつけていなかった。どうやらこのメイドがお茶を淹れることが下手なのは周知らしい。
『次回はクララに淹れてもらうように声をかけよう』
僕は間をもたせるためにさらにコーンスコーンに手を伸ばす。
「ボブバージル様。こちらもわたくしが作りましたのよ。召し上がってくださいな」
それはそれは甘そうにデコレートされたクッキーを手渡されそうになった。




