はじまり
ある時、魔王が現れた。
まるで御伽噺の始まりのようだが、そうとしか言えないほどに唐突だった。
そして、魔王…そう名乗る存在はこう語った。
「死ね。」
と。
そうして人対魔王の戦争が始まった。
実に緩やかに、皮肉なほどに。
数カ月後、各国の首相が集まる会議が開かれるほど、魔王の存在は人類にとって脅威になっていた。
「…ブリュンヒルデが落ちました。これで魔王軍に堕ちた国家は6カ国になります。…確認できているのは、ですが。」
「あそこの兵力は、およそ八千といったところか?」
魔王は人間を洗脳する。魔王の元に向かった人間はどういうわけか魔王軍として人類を攻撃するようになるのだ。
一つの国が堕ちたということはそれだけの敵が産まれたことと同義だった。
「お言葉ですが、将軍。あの国の人口は4万を超えております。」
こうして魔王軍はもはやあらゆる国家を超える兵力を持つに至っている。
「こうなれば全国家が総力をあげて魔王討伐に向かうしかない!」
「閣下、私共は既にできる限りのことをしておりますよ。」
「そういう化かしあいをしている場合ではないと言ってるんだ!」
「そもそも陛下の国が最初に軍を派遣していればこんなことになっていないのではないですかな?」
「なっ!貴様らこそ魔王軍の包囲網に十分な兵力を寄越さなかったではないか!」
「あれがなければブリュンヒルデはまだ持ちこたえておったものを。」
「我が国は小国なのですよ、みなさん。それに兵力の配置はこの会議に決定権があった。責任はこの会議の場の全員にあると思いますが?」
当初、魔王は大きな脅威と思われなかった。
魔王が現れた国の兵士が向かって終わり、そのはずだった。
その国は各国に救援を求めた。
当然のように周辺国はそれを無視した。
その国が苦労すれば周辺国は軍事的に有利になれる。
魔王軍に少しでも打撃を与えてくれれば自分の国は有利に立ち回れる。
その浅はかな策謀は、一つの国の人口分の魔王軍によって踏み潰された。
魔王の特性に気付いた人類はこうして魔王討伐を目的として集まりを持つに至っている。
しかし、団結には程遠い。各国の利権が渦巻いているに過ぎない。
「今や魔王軍の兵力は我々の軍の半数近い。ここで出し渋って負けようものなら…わかるであろう。」
普段はめったに喋らない王国の女王が呟いた。
その重みに誰もが押し黙る。
「しかし陛下。事実として全軍を向けるわけにも行きますまい。街の警邏、城の警護。兵士達も遊んでいるわけではないのです。」
「このようなときにー
「このようなとき、だからです。今回の件ですべての国が痛手を負っております。治安も悪化の傾向にありますし、犯罪者集団が力をつけるのは避けなくては。」
「人類が勝利した結果が無法地帯では魔王を笑えんな。」
会議の結果、人類は全軍のおよそ8割、仮想される魔王軍の1.5倍の戦力を差し向けることとなった。
当然、治安活動を維持するに2割の兵士では到底足りない。
だが、多少の犠牲を覚悟してでもここで魔王を倒すと決意を示した。
それから一年後。魔王の領土から兵士の一団が現れた。
その数およそ3万、60万以上の兵士が戦った生き残りにしてはあまりにも少ない。
それは人類軍が状況を理解し、撤退を決して許さず命を賭して得た戦果だった。
もし、彼らがそうしなければ、現れた魔王軍は3万では済まなかっただろうから。
そして、人類は敗北した。
最後まで抵抗し、愚かな間違いを重ねながら。
わかりやすい後悔を呪いながら。