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第4話 「よく分かりました。ニグルムさんはひとりで魔界に帰ってください。ワタシひとりでこの仕事、成功させますから」


 蛇のように地をはいながら、爆炎が俺とリナリアにせまる。

 赤と青の炎がねじれて1つの爆炎となるこの魔法、間違いなくこの異世界の炎系古代魔法の1つだ。

 そうと分かれば慌てる必要はない。


 跳ね上がった爆炎が容赦なく俺とリナリアに直撃する――が、それは瞬時にかき消された。

 もちろん、俺たちは髪の毛一本燃えていない。

 それはそうだ。異世界側に属している魔法である以上、上位世界に属している俺たちに干渉はできないのだから。


 ところであの堕天使は、と目をやると、四つんばいになって頭隠して尻隠さずのポーズを取っていた。

 そんな無様な格好をさらすぐらいなら、いつものように俺の背中に隠れればいいものを。

 頼ってこないことになんだかイライラする。

 その怒りをぶつけるように俺は叫んだ。


「誰だ、俺に攻撃などしてきたバカは!」


 俺の声に1つの人影が反応する。

 逃げまどう人々の間からぬるりと出てきたそいつは、俺たちを指さすとなにかを叫んだ。

 しかし、どうも声が小さい。混乱する人々の阿鼻叫喚の声に埋もれて、なにを言っているのか聞き取れない。

 耳に手をかざして聞こえないことをジェスチャーで伝えたが、どうもそれを挑発と勘違いしたらしい。

 そいつは地団駄を踏んで悔しがったあと、大きく手を振りかざして呪文の詠唱をはじめた。


 そいつを中心に魔法の霧が拡散する。


 その霧は木々の間をまんべんなく行き渡り、それを吸い込んだ人間や魔物は次々とその場に崩れ落ちた。

 魔法自体は初級の【眠り】だが、これほど広範囲に、しかも神クラスの呪い持ちまで眠らせるということはただ者ではない。

 というか、この異世界でそんな芸当ができる人間を、俺はひとりしか知らない。


「ガマズミさん!」


 いつの間にか立ち上がっていたリナリアが、ガリガリにやせたその男――蒲染詩華がまずみしはるの名を呼ぶ。

 リナリアが選び、俺が渋々認めた派遣勇者だ。

 人間界で見たときからそうだったが、こけた頬に落ちくぼんだ目は相変わらずだった。


「――ど、どうだ。こ、これで聞こえるだろう。いつまで経っても来ないから待ちくたびれたんだよ」


「待ちくたびれた?」


 この勇者、情報では魔王城にいるはずだったが、歩いて1日のこの距離を【飛翔】魔法で飛んできたのだろうか。


「お前らなんだろ、せっかく死ねた僕をこんなところに転生して生き返らせたのは。な、なんでもう一回、生きる苦しみ味わわなくちゃいけないんだよ。お前ら悪魔かよ」


「いやまぁ、確かに俺は悪魔だが」


「や、やっぱりそうだよ。ちくしょう、僕にかけた呪いを解けよ」


「バカか。俺たちが派遣勇者に呪いなどかけるか」


「お前らがここに来たってことはそういうことなんだよ。こ、こんな呪いかけやがってよ」


 この勇者、口をとがらせるわ、目を血走らせるわでなんか怖い。

 ただ、さっきから話がかみ合わないのはどうも変だ。俺たちは基本、人間の前に姿を現さない。なので、この男が俺たちのことを知るはずがないのだ。

 俺は横目でリナリアを見る。

 リナリアはきょとんとした顔をしていたが、なにかを思い出したのか手をたたいた。


「もしかしますと、転生時に神様から授けられる『ギフト』のことですか?」


「ふ、普通、そういうのって自分で選べるもんだろ。なのに、なんか神様みたいのがもう聞いてるからって、お、押しつけてきたんだよ『この世界での不老不死』。こ、こんなの呪いだよ」


「あ、それ、ワタシが神様にお願いしておきました。ガマズミさんには生きる喜びを感じて欲しい、愛の力を感じて欲しいと思ったのですっ!」


 俺が知らないうちになに勝手やってる、このメルヘン堕天使はっ!


 そこは本人に選ばせないと魔王を倒すモチベーションに関わるだろうが。

 コイツは勇者の心をへし折りたいのか? ナチュラルボーンハートブレイカーなのか?

 見れば、勇者はこぶしを握りしめてわなわなと震えている。


「そ、そんなことどうでもいいから、は、早く呪いを解けよ」


「そんなことってひどいのです。まだまだ愛がたりないのですね、分かります。ワタシと一緒に真の愛の探求者となって――」


「ややこしなくなるから、お前はもう口を開くな」


 これ以上、メルヘン堕天使のメルヘンワールドに引きずり込まれては進む話も進まない。

 俺が身体を入れて会話をさえぎると、あからさまにムスッとするリナリア。

 なんだ、さっきのことをまだ根に持ってるのか。ガキかお前は? 面白くない。

 俺も顔をそむけるようにして勇者に声をかけた。


「そのギフト――呪いだが、神様が与えたものである以上、俺たちにはどうすることもできない。だがまだ方法はある。お前、この異世界を救えばどんな願いごとも1つ叶えてもらえるはずだ。それを使ってお前も含めたこの世界全員の呪いを解いてもらえばいい」


 とにかくビジネスライクに話を進めるべきだ。俺はメガネを指で押し上げる。

 この勇者にとっとと魔王を倒させ、ギフトなんだか呪いなんだかをすべて消滅させるよう異世界神に願わせる。そうすればこの勇者もハッピー、この俺も異世界の混乱が治まってハッピーのウインウインになる。


「そ、それは無理だよ」


「大丈夫だ、自分の力を信じろ。たったひとりで魔王城までこれたのだろう。いまなら俺たちの安心安全サポート付きだ。望むなら魔王の弱点をこっそり教えてやってもいい」


「……その魔王、も、もう倒しちゃったよ」


「はぁ? なんだって?」


「そしたら神みたいなのが出てきて褒美をやるっていうから、ぼ、僕に呪いをかけたヤツを呼んでくれって言ったんだよ。そ、そいつに僕の呪いを解かせればいいと思ったんだよ」


 おいおい、なんでも叶う願いでどうして呪いをかけた者を呼ぶ?

 呪いを解きたいならそれを願えばいいだけだろうが。

 ひきこもりをこじらせるとこういう発想になるのか。

 俺がそのことを指摘すると、勇者は口元を引きつらせて言葉なく笑った。

 どうも本当に素で間違えたようだ。


 待てよ――俺の頭の中のそろばんが動き始める。

 勇者が呪いをかけた者を呼んだ結果、俺たちがこの異世界のクレーム処理に来た。

 ということは、クレームの原因である「世界の混乱度合いが増している」とは、勇者の願いを叶えるために異世界神が自ら引き起こした自作自演ということにならないか!?

 襲ってきたヤツらに神クラスの呪いがかかっていたことを思えばこう考えるのが自然だ。


 俺の頭のそろばんがマイナスをはじき出して止まる。

 ふざけるな、明らかにこれは異世界神の契約義務違反だ。

 自分の世界を救うために派遣勇者を手配しておいて、その勇者の願いを叶えるために自分で自分の世界を混乱させるというのはどんなジョークだ。

 あげくの果てに、それを俺たち悪魔にどうにかさせようだなど厚顔無恥にもほどがある。これだから「神」などと名のつく連中は信用できないのだ。


 スーツの内ポケットから業務契約書を取り出すと、羊皮紙の端から炎が点火し、またたく間に灰となって消えていった。

 俺の導き出した答えが完全に一致していたということだ


「――これ以上は無駄だ。帰るぞ」


 そっぽを向いたままのリナリアに、俺はため息交じりに声をかける。

 契約が消滅してペアが解散したとはいえ、こんな堕天使でも置いて帰るわけにはいかない。

 そんな俺の優しさに気づきもしないメルヘン堕天使は、ふり返るとジト目で見返してきた。


「魔界にですか? ガマズミさんもこの世界の人もまだ困ったままなのですよ。さっきと同じようにまた見て見ぬフリですか?」


「困ってるのは俺の方だ。この契約は消滅した。当然、上級悪魔の話もな。とんだただ働きだ、まったく」


「本当に、ニグルムさんは契約のことだけなのですね」


「さっきからなんだ。俺たち悪魔は、合理的、契約第一主義で当たり前だろうが」


「そうでしたね。ニグルムさんは悪魔でしたね」


 リナリアの青い瞳から急に光が消え、さげすむような、見下すような冷たい目に変わる。


「それではさっきワタシに言った言葉も、合理的に、悪魔的に、本心だったということですね?」


 リナリアに言った言葉――「契約を履行してお前と縁を切る」。


 それはいままで散々、俺が口にしてきた言葉だろうに。

 そのたびにお前は、冗談めかしてツッコんだり笑い流したりで気にしてなかっただろうに。

 なぜ今回だけこんなに突っかかってくる。

 お前のことなどいちいち考えてられるか。

 俺は上級悪魔の報酬が消えてしまったのだぞ。


「そうだよ。前から言ってるだろうが」


 口角を思いっきりつり上げ、目をいらやしく細めて、悪魔の笑みを見せつけた。

 リナリアはそんな俺の顔を見ても臆することなく、冷ややかな声で返した。


「よく分かりました。ニグルムさんはひとりで魔界に帰ってください。ワタシひとりでこの仕事、成功させますから」


ここまでお読みいただきありがとうございます。

ここで前半部分が終了となります。

全9話、きちんと完結いたしますので

お楽しみいただければ幸いです。

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