告白
「今までお世話になりました」
彼はお世話になった看護師や先生、咲葉のお父さんに深々と頭を下げる。
「千姫行こっか」
「うん雪音」
私は彼の車椅子を押しながら病院を後にする。そして私のパパとママが待つ車へ。
「せーのっ」
「「よいしょ」」
私とお父さんで彼を車の後部座席に乗せて、車椅子を荷台に積む。
「おじさん、おばさんありがとうございます」
「気にしなくていいわ千姫君」
「そうだぞ。遠慮なんてよしてくれ俺達の仲じゃないか!」
パパもママも千姫が目覚めてから積極的に話をしていた。在りし日の彼の両親の思い出、どうやってパパと知り合ったか、バレンタインには2人で競い合った事など、内容として明るいものばかりを選んで。
「ねぇ千姫、桃太郎は明日ソラ達が連れてくるって」
「そっか。ソラには何か特別なお礼しなきゃだね」
「どーかな……桃太郎と過ごせた事があの子にとってはご褒美なんじゃない?」
「はははっ、そーかもね」
車で走ること30分、あの丘の上が彼の家……そして今日から――
「あ、あのね千姫」
「ん? どうしたの雪音。改まって」
今から彼に見せる光景は彼に相談せずに決めたこと……それが私の覚悟。
「驚かないでね?」
「どういうこと?」
「見ればわかるよ」
はてな顔の彼はなんのことやらといった具合に首をかしげている。
「着いたね……」
「うん、なんだか懐かしいや」
時刻は昼の3時。
病院内でお昼を済ませたのでお腹は空いていない。これから見せる光景を考えると私はあまり箸が進まなかった。
拒絶されたらどうしよう。
それでも自分自身が決めたこと。
ガンバレ私!
私の名前は桃宮雪音!
「じゃあ開けるね」
「うん。ありがとう」
私が先頭に立ち玄関の扉を開ける。
「ただい……」
久しぶりの我が家に心踊らせて言葉を発した彼は途中で固まる。
「……えっ」
入口を見て目を見開く彼。
「えっ?」
私を見て大きく目を見開く彼。
「えぇぇぇぇっ!?」
再度入口を見て叫ぶ彼。
そこには今までに無かったものがある。
「こ、こここここれは?」
玄関からリビングに向かう場所には車椅子用のスロープ。そして廊下には手すりが付いている。
「えっ? なんで? ここホントに僕の家?」
驚きのあまり取り乱している彼。
「そうだよ! 紛れもない千姫の家」
「う、うそっ」
私を見て口をあんぐり開けている姿が桃太郎にそっくり。
ビックリしたかな?
サプライズ成功かな
そしてホントのサプライズは。
「咲葉のお父さんに頼んで工事してもらったの。勝手にやっちゃってごめんね」
事後報告だけど、こればかりは許してほしい。
「い、いやぁ……謝る必要はないよ……むしろ感謝したいくらい」
ゆっくりとスロープを登りリビングに入る。そして、荷物をパパとママとともに運び入れて一息つく。
「じゃあ千姫くん、困ったことがあったらいつでも呼びなさい」
「あ、はい! 何から何までありがとうございました」
「それじゃ、雪音。たまに見に来るからね」
「うん。パパ、ママありがとう!」
「えっ? 」
不思議な顔をした彼が私と両親を交互に見る。
「えっとね……実はね」
私の言葉を待つ彼は「まだ何かあるの?」という顔。だから私はここ1番のサプライズを告げるのだ!
「きょ、今日から私も一緒に住むからっ」
――住むからっ。
――むからっ。
――からっ。
「……はい?」
固まる彼。
見つめる私。
しばらくして。
「え、えぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
今日1番の彼の声が室内に木霊する。
――――――
私と両親で彼を説得すること1時間。
「……わかりました。色々とやってくれた事、ほんとにありがとうございます」
激闘の末なんとか一緒に住む事をとりつけた私は疲労困憊。そして両親を見送りに外へと向かう。
「じゃあね、わからない事があったら連絡するのよ」
「うん、ありがとうママ」
「千姫くんも無理は禁物だぞ?」
「はい、おじさん」
それから車が見えなくなるまで一緒に手を振る。
「ねぇ雪音」
「やっぱり怒ってる?」
「いや、どちらかというと諦めた」
「ふふっ何それ」
「ちょっと、木の所まで行かない?」
「いいよ」
私は千姫の車椅子を押して懐かしの桃の木へと向かう。
「よいしょっと……」
「ありがとう」
「ううん、朝飯前だよ」
「ほんとに頼もしいや」
彼を抱いて木の根元に一緒に座る。夕暮れの空はいつか見たオレンジ色。風は生暖かく少し汗ばんでくる。
「ここから」
「ん?」
私の何気ない独り言に彼はゆっくり振り返る。
「ここから始まったんだね」
「うん」
これから一緒に暮らしていく事を告げた時、彼は大反対していた。
「雪音……ごめんね」
「なんで謝るの?」
「こんな体になっちゃってさ……みんなに迷惑かけてさ……それに雪音にも」
言葉にならない何かが私の胸に込み上げる。
「千姫は何も悪くない。いつも私の為に必死だったんだよね……謝るのは私の方」
「雪音は何も悪くないよ」
同じことの繰り返し。
「ふふっ」
「僕はさ……小さい頃、桃太郎の昔話が好きじゃなかったんだ」
「桃太郎?」
「そう、鬼退治のやつ」
「あぁ!」
そういう事か。鬼を退治する桃の話。
「でもね、小さい頃の雪音がね」
「私?」
「うん。その頃の雪音がこう言ったんだ」
「なんて?」
申し訳ないけど記憶が曖昧だ。小さい頃の私は何を言ったのだろう。
「雪音はね『だったら私が鬼と友達になる。私の名前は桃宮雪音! 鬼神千姫と友達になる為にいるの!』って」
「うへぇ……ちょっと恥ずかしいや」
はにかむ私。だけと彼にとってそれがどれほど心を溶かしたか。
「あっ! だからあのわんちゃんに桃太郎って名付けたの?」
「うん、僕も友達になりたかったから」
そっか。千姫はずっと1人で戦ってたのね。
少しの静寂のあと、私は覚悟を決めて、彼に想いを伝える為に正面から言葉をかける。
「……千姫」
「ん?」
「……好きだよ。大好き」
一陣の風が頬をかすめる。
「雪音、僕は……」
「わかってる。わかってるから」
彼が何を言おうとしたのかはわかってる。きっと自身の命の長さを伝えようとしてくれてる。
「そんな事はわかってる。私が聞きたいのは『はい』か『いいえ』」
千姫は天を仰ぎ夏の空気をその胸に取り込む。
そして……
「僕も君が好きだ。雪音」
私の手を力強く握り桃色の瞳が私の瞳を真っ直ぐに捉える。
「僕と付き合って下さい」
一段と男らしい口調で告げる彼に私は最上級の笑顔を向けて……
「はい、喜んで!」
吐息がかかるほど近寄った顔。
きっと考えてる事は同じ。
「千姫……」
「……ん?」
「私の名前は桃宮雪音、あなたの世界を桃色に変える女よ」
幼少期の力を借りて。
「これからが楽しみだね」
更に近付く彼との距離。
いつかの藤園でのデートを思い出す。
「ねぇ雪音、知ってる?」
「なに?」
「藤の花の花言葉……」
彼の写真のメモ用紙に刻まれたあの言葉。
「ふふふっ。知ってるよ。決して――」
「――離れない」
蜂蜜パイより甘く、藤の花のように美しい口づけを。




