きっかけ
自分のギルドを持つ。 これは俺の夢で憧れでもある。
俺はごく普通の一般家庭で生を授かった。 俺が生まれ育ったのは
王都の外れの小さな村だった為、魔法の教育や戦闘技術などを教えてくれる人は
だれ一人としていなかった。
俺はそんな環境で育ち、歳を重ねていった。
特殊な力があるわけでも無いし、戦闘能力が高いという訳でも無い。
でもそんな俺がギルドを持ちたい理由、それはいたって単純な思いからだ。
人助けがしたい。
この思いだけで俺は自分の夢を追いかけ続けている。
……きっかけは俺が7歳の頃だ。 俺は親父に王都までお使いを頼まれた。
親父はいつも不思議な研究をしていた。 どんな研究をしていたかは
俺も良く分からなかった。 聞いても聞いても「お前の為だ」と答えるばかりで
何をしているのかを話してくれなかったからだ。
俺は親父に
「とりあえずありったけの金をやるから薬屋で
良質な魔法道具を買ってきてくれ」
とだけ言われ、しぶしぶ王都へ買い物に出掛けた。
王都までの道はそう険しくはなかったが
いくつもある小さな森を抜けていく為、正直子供の頃はかなり怖かった。
親父がモンスターはこの付近で出る事はないと言っていたから、当時の俺は
「一人で王都に行く」と強がりを言い、村を出発した。
結果 最悪な出来事に巻き込まれる事になる。
俺は道中でモンスターに襲われた。
体長3メートル程のボアが向かいの森からこっちに真っすぐ進んでくるのが見えた。
ボアは目をとがらせ、その巨体からは考えられないような速さで、一直進に俺の方に向かってきている。
どうすれば良いんだ。
恐怖で足が動かない。
俺はこのまま迫りくるボアの恐怖に怯えながら死を待つだけなのか。
……そんなの嫌だ。 俺は最後の足掻きで何とか震えた足を動かし、どこかに隠れる場所が無いか、身を隠せる場所は無いかと探す。
だがここは草原。 どこを見渡しても辺り一面の緑景色。
遮蔽物などどこにもありはしない。 たとえあったとしても今の俺の状態じゃ逃げる事など不可能に近いだろう。
――もうだめだ、俺はここで死ぬ。
そう死を覚悟したその刹那、俺の頭上で風の刃が通り過ぎる。
その刃は迫りくるボアの歩みを止め、青々しい葉を揺らがせた。
心地よい風が吹き渡ったその感覚は、さっきまで恐怖を感じていた俺の身体に
染み渡った。 そして、俺は見ていた。 風を起こした刃は確かにボアの身体を貫通していた。
「グモオオオオオオオオオオオオオォォォォォ!」
ボアの断末魔が沈黙を守っていた草原中に響き渡る。
その瞬間、青々しかった葉っぱの色が、ボアの鮮血により赤色に染め上げられた。
ドスンと重々しい音を立ててその場に倒れこんだボアを見て俺は助かったという安心感と同時に、さっきまで強がりで耐えていた恐怖心がもろに表に出てしまい、泣きじゃくってしまった。
「――ごめんね、怖い想いをさせちゃったかな?」
ボアがいた方向からこっちに向かってくる足音と共に声が聞こえた。
俺はこの言葉で我に返った。
声のする方に顔を向けると、俺の前には立派な剣を持った少女が立っていた。
涙で顔はよく見えなかったが、容姿から見るに俺と同い年くらいの女の子だった。
「す、すげぇ……」
俺にはこの言葉しか出てこなかった。 なんせ自分とそんなに歳の変わらない女の子が
あのボアを一撃で仕留めたのだからこれしか言えなくなる。 それほどまでにその時の俺は
この出来事に衝撃を受けていた。 そして同時に、自分の中に強くなりたいという思いが芽生え始めたのもこの出来事がきっかけだった。
「ねえ、君 さっきからボーッとしてるけど本当に大丈夫?」
「う、うん大丈夫……。 それよりさ、おれも君みたいに強くなりたい!
どうやったら君みたいに強くなれるの?」
ブルブルに震えた声で、少女に唐突な質問をしてしまった。
少女はそんな俺を見てニコっと笑みを浮かべながら話してくれた。
少女の口からは、「私は人助けをする事に何よりも幸せを感じているんだ」
と何とも子供らしくない発言が飛び出してきたが、俺はその少女が
より多くの人を守るために自分は強くならないといけない。
そして何者からも人の幸せを奪う事は絶対にさせない。
その二つが原動力の限り強くなり続ける事が出来る。
――と言っていたのを今でも覚えている。
事実、俺はこの少女に命を助けられたから生きている事が出来ている。
そしてその強さに憧れ、志にも大きく心を動かされた俺は少女に言った。
「お、おれも人助けがしたい。 君がおれにした事のように
今度はおれが他の人を守るために戦いたい、そのためには何をしたらいいの?」
少女は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた俺の顔を見ながら、優しく語りかけてくれた。
「そうだなー、じゃあまずはギルドに所属してみるっていうのはどうかな?」
「ギルド……? きみはギルドに所属しているの?」
「いいや、私はギルド自体に所属はしていないけどね、たくさんの仲間たちと一緒にそこら辺をふらふらしながら旅をしているんだ。」
「なんでギルドに所属しないの? 」
「こら、そんなに詮索しないの」
おれはおでこをコツンと小突かれ、続けて少女に言われた。
「それに、形は違えど私がしている事も人助けの一環だし、 私がふら~っとここを通りかかったから、その結果 私は君を助ける事が出来た」
確かにその通りだ。
この少女がここをたまたま通りかからなかったら俺はここで確実に命を落としていたかもしれない。 本当に運が良かった。
「君も私のように脅威から人々を守りたいのなら、やり方は問わない。 自分の形でそれを実現させれば自ずと私みたいに強くなれるさ、きっとね」
少女は俺にアドバイスを言うと
地面に尻を付けていた俺に手を差し伸べ、そのまま俺の手を掴み
グイッと自分の方に引き寄せた。
「――おれ自分でギルドを持って、困っている人を一人でも多く助けてあげられるような強い男に絶対になる! 君みたいに俺もみんなを助けて回るんだ!」
少女の手を握ったまま自分の夢を宣言した。
立ち上がった瞬間にそんな事を言った為、少女の顔はかなりきょとんとしていたが、それも一瞬にして凛々しい顔に変わり、頑張れと言わんばかりに俺の手を握り締めた。
おれの手にも自然と力が入り、いつの間にか俺と少女は固い握手を交わしていた。
――俺はこの時、決意した。
自分のギルドを持って、困っている人を助ける。
そして少しでも多くの人の役に立つ。
俺がこの少女にされたように今度は俺がする番に回るんだ、と。
「頑張ってね。 小さなギルドマスター君」
俺の夢を聞いた少女は笑顔でそう言うと
ポンポンと頭を撫でた後、この場を去っていった。
――俺はようやく震えがおさまった足で地面を踏みしめ村に戻った。
もう一度モンスターに襲われるかもしれないという恐怖心はなく
不思議とこの時はワクワクしていた。
もちろんモンスターにではなく
自分のこれからの事を想像していたからだ。
……俺はこの出来事をきっかけに初めて自分の将来を明確にした。
あの時の少女のように強く。
そして誰からも頼られる人に。
困っている人を一人でも多く助けられるような、親しみやすいギルドを作る。
その夢を抱きながら村に戻った。
あ、お使いの事すっかり忘れてた。
そして翌日、俺は王都へもう一度お使いに行く羽目になった。