第1部 絶望の始まり ⑥お姫様の帰還
城下町の西側の外れに、のどかな牧場があった。そこに干上がった井戸があり、そこから城へ続く抜け道になっていた。
この水が豊富なドラゴンシティーで干上がった井戸は珍しく、小さい頃からティルは興味を持っていた。井戸の中がどうなっているのか気になった。一度、気になり出すと調べないと気が済まなくなった。ティルは、10才頃であろうか大人に内緒で、いそいそロープを持ってきて、一人で井戸の中を調べたのである。
ホスマの部隊は2つに分けられた。
①ティルが助けた母子をスカイマウンテンに誘導する部隊。
②抜け道を通って城内に行く部隊。
城内に行く部隊は大きな危険を伴う。城内に家族や友人がいる部下だけを選んだ。
ティルとホスマの部隊は、ティルの誘導に従い馬で移動し牧場に到着した。何度か死霊との交戦があったが、一度に1~2体程度しか出てこなかった為、問題なく牧場まで移動できた。
「牧場ですね。ここに抜け道があるのですか?」
ホスマはティルに訊ねた。
「そうよ。昔は、ここは牧場ではなく、大きな馬宿があったみたい。抜け道を通ったらすぐに馬で逃げられるように工夫していたのでしょうね。」
ティルは答えた。ホスマはティルの利発さに驚いた。
ティルはホスマと部下達の方を向き指示を出した。
「いい。抜け道は暗い!汚い!臭い!の3Kよ。覚悟してね!!まず、ロープとタイマツを用意して!!用意ができたら出発よ!!!」
「おう~!!」
部下達に笑顔が見られた。
ピッチャーン、ピッチャーン。水が落ちる音がした。抜け道はジメジメしており、狭く、暗く、異臭が漂っていた。よく見ると気持ち悪い虫が何十匹もいたるところにいた。しかも歩いて30分近くかかる長い物であった。ホスマも部下達も心底、驚いた。この気味の悪い道を、かつて小さい女の子が、どこに行くかも分からず一人で進むことができたことに驚きを隠せなかった。
「お姫様、本当にこの抜け道を一人で見つけなさったのですか?」
一人の部下が聞いた。
「そうよ!!初めて、抜け道を通る時は興奮したわ!!!もう楽しくって、楽しくって!!ふふふ。」
ティルが笑いながら嬉しそうに言った。流石のホスマと部下達も、お姫様の狂気に気づいた。
城の調理場は1階にあった。とても広く料理道具、調味料など何十種類も、きっちりと整理されていた。料理長マリーを中心に数十人の女性達が、料理の準備をしていた。料理長マリーは恰幅の良い明るい中年女性だった。他の女性達も、いつもは明るく、調理場は楽しげな声が聞こえる場所であったが、活気が無くなっていた。今回のことで、家族や友人達の安否が分からなかったからである。そして、この城にいることが危険だということも薄々、感じていた。料理長のマリーが言った。
「さぁ、元気を出して!!元気が無ければ、元気が出る物は作れないわよ!!料理は気持ちよ!気持ち!!!」
女性達から
「は~い。」
と返事あるも、いつもと違って、勢いがなかった。
長かった抜け道にも行き止まりが来た。ティルが
「シーっ」
とホスマや部下の方をみて口に指を当てた。小さな足場があり、それを登り天井に耳を当てた。ティルは、
「二~。」
と笑い、天井をどかしたと思った瞬間、光が漏れ、勢いよく
「ワ~~ッ!!!」
と叫び、光の中に飛び出したのである。そこは調理場であった。マリーや女性達は驚き、引っくり返りそうになった。見事に引っくり返ったマリーとティルの目と目が合った。二人は口を大きく開けて笑い合い、抱きしめ合った。
「あはははははははは。調理場で驚かしたら駄目ですよ!!」
マリーは笑いながらもティルに注意をした。 その二人を見ている女性達にも笑顔が戻った。そして、ティルの出てきたところからホスマや男達が出てきた。部下の中に妻を見つけた者がいた。
「助けに来たぞ~!!」
男は叫び、妻の方に走り寄った。調理場から大きな歓声が起こった。