第1部 絶望の始まり (22)戦士散る
髑髏は少しずつ、少しずつ間合いを詰め始めた。 緊張が続いた。カルタは呼吸を整えることを意識した。
カルタは大きく息を吐く。
『姫様は必ず、屋上に来る。その時までに・・・・・。良くて相打ち。』
二人の距離が近づき、髑髏の黒い槍の間合いに入った。黒い髑髏は、すかさずカルタの胸を狙い黒い槍で突いてきた。カルタは剣で槍を払おうとした。その瞬間、槍の軌道と狙いが胸から左大腿部へと変化した。カルタの左大腿部から激しい痛みが起こった。
カルタの顔が痛みに歪んだが、すぐさま槍を左手で握り、敵が逃げられないようにした。そして、間髪を入れず、右手で剣を振り下ろした。しかし、黒い髑髏は簡単に槍を捨て後方へ逃げてしまった。
カルタの左大腿部に刺さった黒い槍は髑髏の手から離れた途端、黒い霧へと変化した。そして髑髏の右手に黒い煙が出たと思えば、その煙は槍になった。
カルタの呼吸は乱れきっていた。そして、負傷した左足に少しでも体重が乗ると、激しい痛みが身体中を襲った。思わず倒れこみそうになる。剣を地面に突き刺し、杖代わりにした。もう踏ん張ることはできない。
そんなカルタにも髑髏は油断しなかった。円を描いて、じわじわと近づいてきた。
カルタの目から涙が滲んだ。また、最愛の人を守れそうにない。もし自分が倒され、サークルカイトを破壊されたら・・・・。非力な自分に腹立たしさと悲しみが湧いてきた。
カルタが諦めかけた時、階段から駆け上がってくる靴音がした。
『姫様だ!!姫様が戻って来られた。』
不思議なことが起きた。カルタの耳に亡き妻と娘の声が聞こえたのだ。
『パパ、頑張れ!諦めちゃダメ!!』
その瞬間、カルタの身体から力が湧いてきた。30年は聞いていない妻と娘の声。その声が最後の力を振り絞らせた。カルタは剣を捨て髑髏に向かい真っすぐ飛びこんだ。
黒い槍は無残にもカルタの胸を貫いた。しかし、貫かれながらカルタは構わず前進し、髑髏の右腕を両手で強く握った。
「これで逃げられないだろう?」
カルタは笑みを浮かべる。その瞬間、屋上入口からティルが飛び出してきた。
「姫~!!今です!!!」
カルタは力の限り叫んだ。髑髏は逃げようとしたが、カルタの力が驚くほど強く離れられなかった。
ティルの目は髑髏の首に狙いを付けていた。左手に鞘、右手に柄を持ち、風のように駆けた。ティルの身体が跳躍した。その瞬間、剣の刃が青色の孤を描いた。髑髏の頭部のみが空に向かい、落ちた。
次にカルタが気づいたのは、ティルの腕の中だった。カルタの最愛の人の瞳は悲しみで揺れていた。しかし優しかった。先生~。先生~。と言っているような気がした。もう何も聞こえない。
「姫様、強くなりましたな~。」
カルタは笑う。カルタは満足だった。今度は守れた。カルタの意識が遠くなった。
カルタの意識が混濁し、何かを喋り始めた。
「ハルタ。今日はママがお前の大好きなシチューを作ってくれたぞ。沢山、食べなさい。沢山、食べてパパよりも大きくなるのだよ。それまでは、パパとママが必ず守ってあげるからね。」
カルタの最後の表情は幸せそうだった。きっと大切な人と会えたのだろう。ティルは、そう思った。
ドラゴンシティー最強の戦士は逝った。ティルは偉大な戦士の遺体を強く抱きしめた。