第1部 絶望の始まり ⑳ティル覚醒!!
魔霊室に飛び込んできたティルは王と妃に飛びついた。王と妃がくっつくような格好になり二人から離れなかった。
「お父様、お母様、私は離れたくありません。ずっと、おそばにいたいです。」
振り絞るように吐き出した。涙があるのなら泣いていただろう。しかし、ティルは泣くことができない。空気の少ない水槽に入れられている魚のように口を開け、ただ嗚咽していた。その姿をジエラックや魔法使い達は不憫に思った。
王にも込み上げてくる物があった。この娘は分かっているのだ。おそらく永遠の別れになることを・・・・。王も抱きしめたかった。しかし、王は知っている。ティルに期待して石になった住民達の姿を・・・。王は意を決した。ティルの身体を離し、ティルの顔に思いっきり平手打ちをしたのだ。
王がティルに手を上げることは初めてであった。ティルは頬を押さえ、驚いた表情をしていた。魔法使い達も、驚きを隠せなかった。ただ、妃だけは静かに佇んでいた。
「目が覚めたか?ティル。お前は住民達の前で大切な約束をした。必ず、下の大地に行き、援護を連れて帰ってくると。お前はその約束を反故にするのか?」
王は肩で息をしながら言った。王は、もう動揺を隠せなかった。自分の気持ちと使命感が矛盾していることに気づいていた。ティルが3才の時に、王は、この娘を犠牲にして涙を奪った。その罪の意識をずっと持っていた。状況は違うが、今も同じことを、この娘に強いているような気がした。
ジエラックが言った。
「申し訳ございません。姫様。これを見て頂けますか。」
ジエラックは水晶を指さした。水晶の場面は、狭い抜け道で石になっている沢山の住民達の姿が映しだされた。悲惨な光景だった。そして最後に、石になった子供達2人を抱きしめて石化した母親の姿が映し出された。
「これは、姫様が提案された作戦の結果でございます。住民達は沢山の想いを姫様に託しています・・・・・・・。ただ、私達、ドラゴンシティーの住民は一度、姫様に助けられています。姫様が、どのような行動を選択しても、私達は否定することはしません。」
ジエラックは珍しく恭しく進言した。
ティルは水晶を見たまま肩を落とし固まっていた。自分の身勝手さ加減を痛感していたのだ。妃は、その様子を見て静かに、ただ静かに言った。
「ティル。今、貴方がしなければいけないことを、ただ成しなさい。」
ティルは情けない顔で妃を見た。妃は頬笑み頷いた。妃の顔を見たティルも安心したかのように笑った。そして、王の下に行き跪いた。
「申し訳ございませんでした。覚悟が足りませんでした。もう2度と迷いません。」
そう言うと鞘から刀を抜き、自分の長い後ろ髪をバッサリと切った。刀を鞘に入れた後、
「お父様、これはお詫びの印です。受け取ってください。」
ティルは青い髪の毛を王に渡した。そして、後方に退き、もう一度、鞘から剣を抜いた。 左手を床に着けたと思った瞬間、ティルは剣を自分の左手に素早く突き刺した。
『グサッ』
耳障りな音が一瞬した。
「な、何て事を。」
王と魔法使い達から思わず声が漏れた。
ティルの左手から鮮血が溢れ出ていた。異常な光景だった。年端も行かない少女が自分の掌を剣で刺しているのである。その後も圧巻であった。
「これは私の罰です。」
ティルは何事もなかったかのように涼しげに言ったのだ。その時、ジエラックは見た。ティルの瞳の中の狂気を・・・。
その様子を見て、妃は喜んだ。
「その意気です。ティル。今の貴方の表情を見て私は安心しました。」
妃は、そう言いティルに近づいた。左掌にポーションを直接かけ、自分のスカートの布を千切り、包帯にして巻いた。
ジエラックには、二匹の蛇が寄り添い合っているように見えた。
『この二人は、わし等と違う。蛇じゃ。』
ジェラックは恐れる半面、頼もしく感じた。
ティルは立ち上がり言った。
「皆さん、ごめんなさい。今、目がはっきりと覚めました。私は必ず使命を果たし、ここに戻ってきます。今度こそ誓います。」
そう言ったティルからオーラのような物が感じられた。さっきまであった少女臭さが無くなっていた。
そして、その少女臭さで消されていた、元々持っていたカリスマ性が出始めた瞬間であった。