第1部 絶望の始まり ⑲闇の黒幕
城内1階。
バルトは黒いドラゴンの背から下り、その頭を撫でた。ドラゴンは1度、頭を挙げ、伸びをした後、床に身体を倒し睡眠を取り始めたのである。まだ交戦中の敵の城の中で、ゆうゆうと鼾をかき始めた。
バルトは、一人ゆっくりと中央階段に歩を進め、歩く度に
『ブシャ~、ブシャ~。』
と黒い霧が鎧の隙間から噴出していた。
魔霊室では、黒いドラゴンライダーが城内に入ってからの様子を、妃以外が 水晶を通して見ていた。妃は23人分のコップを用意し、ジエラックが持っていたMP回復薬を分けていた。
ドラゴンから離れたこともあり、黒い騎士の顔がアップで水晶に映された。黒い髭を蓄え、精悍な顔つきをしていたのであろう・・・・。今は表情も生気も無く、顔色は青白く、目は漆黒で光がなかった。まるで闇で作られた人形、または死人のようであった。そして口や鼻から黒い霧が出ていた。
「これは怖すぎて、直視できないですな~。」
一人の魔法使いが冗談なのか本気なのか分からない言い方をした。
「本物の化け物じゃ。いよいよ、最期かもしれんの~。」
ジエラックも冗談のように言った。
「しかし、自らドラゴンから降りてくれましたぞ。」
別の魔法使いが言った。
「しかも、死霊どもを従えず単独行動。私達を舐めまくりですな~。」
一番、年若い魔法使いが笑った。
「これは誰かに操られておるの。つけ入る隙はあるかも・・。」
ジエラックは闇の騎士を注視した。
「しかし、どこかで見たような顔じゃの~。」
ジエラックはボソッと言った。王も
「私もどこかで見たような気がしてならん。」
二人が首を傾げていると、妃が覗き込んできた。
「この方・・・・。勇者バルト様ではないのですか?」
妃は怪訝そうに言った。
その時、王の中で初めて会った時の16才だったバルトを思い出した。黒い髪の毛、キラキラした黒真珠のような瞳、いつも生命力に満ち溢れ、あどけない少年のような面影を残していたバルト。そのバルトと今、水晶に映された闇人形のような不気味な顔が時間を超えて一致した。
「お~~。なんと惨い。」
王は顔を手で隠し、心の底から嘆いた。あまりの変わりように胸が張り裂けそうになった。王も妃も勇者バルトと年が近く、親しく話をした間柄だった。
「なんと勇者バルト殿であったか・・・。」
ジエラックも、それ以上の言葉に詰まった。
他の魔法使い達もザワめき始めた。
「確かに、水晶の映像でも凄い威風ですな。」
「相手の正体が分かったということは・・・。何か対処方法があるのでは?」
ジエラックは腕を組み考え始めた。まともに戦って、とても勝てる相手ではなかった。
この現状を、スカイマウンテンの山頂で、同じく水晶で様子を見ている者がいた。
死霊・屍軍団 軍団長ボルグ。
ボルグは黒い衣を頭から被っており、素顔を見た者は数少なかった。黒い衣の上からでも、背が低く細見であることが分かった。そして、フードの下や袖口からバルトと同じ黒い霧が出ており、青白い右手にはランタンを持っていた。そのランタンの中には星のように光輝く物が納められていた。
『魂吸のランタン:相手の大事な心の一部を抜き取り、ランタンの中に閉じ込め、反対に闇の影響を与えるアイテム。ランタンを持った者が近づけば、近づくほど、闇の影響力が強くなる。ただし、ランタンを破壊することで閉じ込められた心の一部は持ち主に戻る。』
※バルトの場合、魂吸のランタンに光の心を抜き取られた。しかし、光の心を全て抜き切ることができなかった様子。ただし、ボルグがスカイマウンテンまで来ることで闇の影響力が強まり、最終的に残りの光の心も闇に溶けた。また、魂吸のランタンだけでなく、他の闇の禁術もボルグによってバルトは掛けられている。
ボルグも、大魔王セロキオと同じ異世界から来た魔神の一人であった。大魔王は、少しずつ力が、この世界に影響できるようになる度に、自分の配下となる魔神やモンスターを一体、一体召喚していたのである。
『バサバサバサ』
ガーゴイル隊・隊長リットが片手で何かを持ち近づいて来た。リットがボルグの横に並んだ時、体格さが激しく大人と子供のように見えた。
「ゲルルルル。」
ボルグの唸り声が聞こえた。思った以上に高かった。
「ボルグ軍団長、お土産です。」
『ドサッ。』
リットは下半身の無い戦士の屍を投げた。
「ソル、ソル・・。何て名前だったか。部隊隊長とか言ってましたかな!?グフフフ。この隊の中で一番、手応えはありましたな~!!」
「ゲルルルル。死体はいらない。しかも、真っ二つなっているではないか。モンスターとくっつけるにしても手間がかかるのだ。」
高い声が返ってきた。
「死体だとな~。この世界だと、経験値がゼロになるようだ。人形の力量が半減するのだよ。その点、この人形は優秀だ~。」
水晶の中のバルトを見て言った。
「人形ですか~。」
リットの心はザワついた。
こんな訳の分からない術を使うだけの小男が勇者バルトを人形扱い。そう思うとリットは胸糞が悪くなった。しかし、リットは気づいていない。戦う者として、どこかでバルトに敬意を持っていることに・・・・。もちろん表情には出さなかった。
魔霊室ではMP回復薬を飲み終え、誰しも沈黙していた。少しずつ、真っ直ぐに魔霊室にバルトは近づいていた。皆、考え、覚悟を決めていた。
その瞬間、
『ガチャ。』
ドアのノブが動く音がした。誰しも心臓が止まった。ドアに注目が集まった。その瞬間、ティルが魔霊室に飛び込んできたのだ。
「ひ、姫~!!??」
戻ってきたのか!?誰しも驚いた。
「お父様~。お母様~。」
喧嘩で友達に泣かされた幼子のように両親の下に飛び込んできた。