第1部 絶望の始まり ⑱過去
西側屋上。
カルタとドラゴンライダーは一定の間合いを取り相対していた。
『ビュ~~ビュ~~~。』
風が吹いていた。カルタの汗ばんだ肌を風が冷やした。カルタは、ゆっくりと鞘から剣を抜いた。両手で柄を持ち、斜めに構え腰を低くした。カルタは長年の経験から知っていた。力まず、気負わないことが大切であることを・・・・。そして、ドラゴンライダーを注意深く観察した。
黒い衣を纏った髑髏が跨いでいるドラゴンは、体長3メートル強の大きさがあった。鱗や表皮は青みがかった緑色をしており、ドラゴンの顔や目から、性格が凶暴であることが読みとれた。また、ツメや牙、尻尾においては見るからに強靭であり攻撃力の高さを物語っていた。大きな口からは唾液が垂れ落ち、生臭い匂いがした。一見した感想は・・・。
「当たれば、ぶった切れる!!」
であった。
グリーンドラゴンは、落ち着きなく左右に行ったり来たりを繰り返していた。しかし、手綱を持っている髑髏は落ち着き、カルタの動向を窺っていた。
カルタは30年前、魔王サレスが引き起こした闇と光の戦争を経験していた。このスカイドラゴンシティーにも、勇者バルト率いる光の戦士達が来たことがあり、この地で一緒に戦った。
魔王サレスは、その巨大な魔力で、スカイマウンテンに古代から、長い間、眠っていた怪物を呼び起こしたのである。その怪物は、空の化身とまで言われた超巨大スカイドラゴンであった。
『超巨大スカイドラゴン:古代種。この世界には空・海・陸・地下それぞれに大型古代種が残存していると言われている。伝説となったモンスターの1種として数えられる。(現代にいるスカイドラゴンと同じような形状をしているが、ほぼ別物と言っていい。)首が長く、翼が生えている。空のような真っ青な表皮と鱗で覆われ、緑色の瞳をしている。翼を広げると体長40メートル程あり、姿形にどこか気品がある。空の化身・空の精霊など呼び名もある。』
そのスカイドラゴンが城内・城下町にて暴走した。勇者バルト、光の戦士達と共にジエラックやカルタ達は戦ったが、住民にも甚大な被害が出た。その際に、カルタの妻セルと3才の娘ハルタも帰らぬ人となってしまった。このことから最愛の人を失くす悲しみを、カルタはよく分かっていた。
空の化身・超巨大スカイドラゴンは特異体質であった。受けた攻撃を自分の生命エネルギーに変えるのである。まるで空の広がりのように無限に吸収していった。魔王セレスでさえ撃破した勇者一行も、結局、倒しきることができなかった。
その為、スカイドラゴン城にある、『空の箱』に封印したのである。そして平和は戻ってきた。
『空の箱:モンスターを封印するアイテムの中でも最上級を誇る優れ物。空の箱の中はその名の通り、空のような真っ青な空間が、無限に広がっていると言われている。沢山の強力なモンスターを何百体も封印できる数少ないアイテム。外側からは破壊しやすいが、内側かの破壊は、ほぼ不可能なはずだった・・・。』
しかし、この話には続きがあり、20数年後に、その『空の箱』に大きな亀裂が生じたのである。王はじめ側近達は恐怖した。超巨大スカイドラゴンは20年という年月をかけ、内側から『空の箱』を壊し、外に出ようとしていたのである。
王や一部の部下は、このことは、国民に知らせなかった。知らせることでパニックになると思われたからだ。その為に内密に処理しようとしたのである。『空の箱』の変わりがいる。ジエラックが進言した。
「2~5才までの幼子の心の中に封印したら、よろしいかと思います。幼子の心は空のように美しく広がっております。ただし心の一部を捧げなければいけませんじゃ。」
そして、王は黙って3才になる自分の娘を連れてきた。町の住民達は知らない。その3才の子が自分達を守る為に差し出されたことを・・・。禁術だった。その子は涙を失くす代価に、自分の心に封印魔法をかけられたのである。
その時から、超巨大スカイドラゴンは、少女の心奥深くに封印された。そして、その少女の瞳を通して、少女と同じ風景を見続けているのである。
カルタは奇しくも、亡くなった娘と同じ年だった、その子に剣術を教える役割を自ら買って出たのである。その子と娘ハルタを重ね合わしていた。
そして10年の年月が経ち、カルタにとってティルは、世界で1番大切な存在になっていた。
西側屋上へ話を戻そう。
カルタは柄から左手を離し、ドラゴンライダーに向かってくるように、掌を上に向けたまま、手招きしたのである。
「グワ~グワ~~。」
挑発されたドラゴンライダーは一気に空へ飛び、間合いを取った。そして大きく口を開き、カルタに向かい大量の赤い炎を吐いたのである。