第1部 絶望の始まり ⑯予定不調和
魔霊室では、さすがのジエラックも両膝を突き、放心状態になっていた。仲間の魔法使いが、ジエラックの肩に手を置いた瞬間、少し気を取り直したようであった。よろよろと立ち上がり、王、妃、他の魔法使いに手をついて謝罪した。これ程、力の無いジエラックを見たのは皆、初めてであった。
ジエラックの策によって、自分達の命が危険に晒されているが、誰一人、ジエラックを責めなかった。嫌、責められなかったという方が正しかった。自分達が今、間の当たりにした攻撃力は、明らかに人中を超えていたからである。
王は微笑んで言った。
「ジエラックよ。気に病むな。相手の力が想像を絶していただけのことだ。お前の責任ではない。」
妃も静かに頬笑み頷いた。ジエラックは、その言葉に不覚にも涙を流してしまった。
仲間の魔法使い達も
「ジエラック殿、気をしっかり保ちなされ。私達は貴方を信じてここまできたのです。貴方を信じると選択したのは私達です!貴方の責任ではない。まだ、これからです。最後まで抗いましょう。」
ジエラックを励ました。
「私は何て良い主人と仲間を得ていたのであろう。有り難い。最後まで立ち向かいましょう。」
ジエラックは再び立ち上がった。しかし、内面は絶望で支配されていた。自分の命は既に諦めていた。しかし、王と妃、他の魔法使い達の命だけは、どうしても守りたかった。しかし、その命も、あの化け物から守り切れる自信は、もう無かった。
王は言った。
「今から考えると、住民や兵士を石に変えたことは、あながち間違いではなかったのだ。それだけでも私は嬉しい。後は、ティルが下の大地に無事に行けるように祈ろうか。」
『姫様!!そうだ。まだ希望と使命は残されている。』
ジエラックは考え、覚悟を振り絞って発言した。この時、ジエラックはドラゴンシティーの未来の為に、自分だけでなく王、妃、魔法使いの仲間達の命を犠牲にする決心をつけようとしていた。
「王よ。祈るだけではなく、この命をかけ、姫が安全に飛び立つ為の時間稼ぎと手助けをさせて頂きます。」
王と妃の前に再び手をついた。そして、
「皆の衆、よろしいかな?もう助からない命じゃぞ。」
魔法使い達の方を振り返り、真剣な表情で聞いた。
「どうせ、抜け道は1階。そこまで辿りつける気もしないですしね。いいですよ。最後まで、ジエラック殿に付いていきましょう!!」
23人の魔法使い、全員がジエラックに賛同した。この期に及んで賛同しないという選択肢は無かった。一人の魔法使いがジエラックに聞いた。
「王と妃は、どうしますか?」
その問いにジエラックは沈黙した。王は表情を変えずに言った。
「わが娘の為に、お前達が命を賭けてくれるのだ。私達二人が賭けない訳にはいかないだろう。」
お妃も同意するかのように静かに笑った。魔霊室にいる全員の覚悟は決まった。命をかけ敵の足止めをし、ティル(姫)の飛び立ちのリスクを減らそうと決心したのである。それは未来の・・・・希望の為であった。
バルトの怒涛の一撃を受けた時、ティルとカルタは3階から西の4階屋上に行く為の石階段にいた。城内には5つの階段があった。中央階段、北側・南側・東側・西側の5つであった。もちろん、ティルとカルタは西側の階段を利用していた。
サークルカイトをティルとカルタで運びながら階段を上がっていた。階段は幅も広く天井は高かった。ただ、サークルカイトを横にすると、さすがに羽が壁に当たるので斜めにして運んでいた。その矢先、衝撃が走り、地震が起こった。二人は膝を突き、サークルカイトが階段から落ちないように必死で守った。地震が止まり、結界が無くなったことに気づくのに時間は掛からなかった。
ティルの頭の中で、自分の父親と母親の逃げ場が無くなったことは、すぐに繋がった。ティルの足は止まった。カルタは聞いた。
「姫、どうされました?先を急ぎますよ。」
ティルは止まったままであった。王と妃の優しい顔が思い浮かんだ。ティルの顔が弱々しく歪んだ。
「カルタ、ごめんなさい。サークルカイトを運んで先に行ってて。私は一度、魔霊室に戻るわ。」
カルタは驚いた。
「いけません。姫!!貴方の使命を忘れましたか?結界が無くなった今、早急にでも飛び立たねばなりません。」
ティルは問いに答えることができなかった。使命は痛い程、分かっていた。
しかし、今、自分の父親と母親に会いに行かなければ二度と会えなくなるかもしれない。一目だけでいいから、もう一度だけ会いたい。その気持ちを、この土壇場であるからこそ余計に止められなかった。ティルはサークルカイトから静かに離れた。気丈に見えても13才の少女であった。
「ごめんなさい。すぐに戻るから。」
ティルの表情は深く沈み弱々しかった。
ティルは、カルタの制止を聞かず、階段を走って降りて行った。
同刻、1階では闇の勇者バルトによって簡単に城門が切り崩されていた。