#4
本作品は「GUN-KNIGHTS - ガンナイツ -」の続編に当たる作品です
そのため「GUN-KNIGHTS - ガンナイツ -」を読んでいただけると、より物語を深く楽しんでいただけます
【GUN-KNIGHTS - ガンナイツ -】
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塚が、十並んだ。
それは、その下に眠る魂と同じ、小さな墓標だった。
教会のすぐ横に広がる丘の上で、俺…ロウとシスター・ローザは無言のまま、それを見下ろしていた。
あれから。
襲撃してきた男達を全て始末した後、俺とシスターは、燃え広がった火を決死の思いで消し止めた。
幸い、教会まで延焼はせず、被害は最小限に抑えることが出来た。
子供達が夢にまどろんでいた、あの小屋を除いて。
シスターが、小さく祈りの言葉を呟く。
その横で、俺は胸に手を当てて、目を閉じて黙祷した。
助けられなかった小さな命たち。
せめて、彼らが永遠の安らぎの中で、微笑んでいられるように、神に祈った。
本当は、こんな残酷な運命をもたらした、くそったれな神に唾でも吐きかけてやりたかったが…
「…いつからですか?」
祈りを終え、手向けの花を捧げてから、塚を見たままシスターは疲れた声で続けた。
「いつから気付いていたのですか?私が魔銃騎士であることに」
俺はしばしの無言のあと、答えた。
「昨晩さ。一人で礼拝堂で祈っていた時、あんた、背後にいた俺の気配を読んだよな?」
礼拝堂でひとり、祈りを捧げていたシスター。
そんな彼女の邪魔をしないように、俺は完全に気配を消していた。
だから、気付かれるはずが無かった。
誇張ではなく、常人なら、そのまま背後でダンスされても気付きもしないだろう。
だが、戦闘機械になるべく訓練を受けた魔銃騎士なら、自分の背後に立つ者の気配には、獣以上に鋭敏な感覚を発揮する。
あの時、シスターが振り向きもせずに俺の気配を察して、声を掛けたように。
「…そうですか」
シスターは俯いた。
肉体に染み込んだ魔銃騎士としての反射機能は、そう簡単には抜け落ちない。
魔銃騎士になるということは、そういうことなのだ。
「だが、確証を得たのは、その後、あんたの肩に手を置いた時だった」
俺は遠く彼方を見て続けた。
「あんたの身体から、俺と同じにおいがしたんだよ…硝煙のにおいがな」
「硝煙のにおい…」
「魔銃騎士なら、誰でも骨の髄まで染み込んだにおいさ。こいつばかりは、香水程度じゃ消せねぇよ」
「そう…ですよね」
シスターは自虐的な笑みを浮かべた。
「どんなに神への愛を説いても、無垢なる子供達を守っても…悪魔は所詮悪魔でしかない。戦場で硝煙に燻されたこの身には、その烙印が深く刻まれてしまっている…」
その両目から、透明な涙が流れ落ちた。
「そんな私が、神に仕え、子供達を守ろうとしたのが間違いだったのかも知れませんね」
涙は血を吐くような嗚咽を呼んだ。
「こんなことになるなら…最初から、悪魔として彼らを殺めていれば良かった…!」
俺は無言だった。
ただ、吹き抜ける風にさらされながら、遠くの山並みを見詰めていた。
そして、昔聞いた話を思い出していた。
かつて、長い大戦が終わり、世の中に平穏が戻った後、忽然と姿を消した一人の魔銃騎士がいた。
その魔銃騎士は、深紅の薔薇の色の戦鎧に身を包み、数多くの敵兵を血祭りにあげたという。
そして、最後には追いすがる仲間さえ殺し尽し、無断で魔銃騎士団を抜けた。
理由はよく分かっていない。
ただ、その魔銃騎士は、戦場で敵兵を討つ際に、無関係だった子供を巻き添えにしたことを酷く悔やんでいたという。
しかし、理由はどうあれ、魔銃騎士団において仲間殺しは重大な裏切りだ。
央都からその首に懸けられた賞金は莫大で、それを狙う者は今もいるはずである。
だが、それが目の前の涙に暮れた女なのかどうかは、俺にとってはどうでもいいことだ。
風がひっきりなしに哭いていた。
「これから、どうする?」
俺の問いに、シスターは目尻を拭い、手にした十字架を見ながら、おもむろに告げた。
「断罪は、まだ終わっていません」
「…ダッドニーか」
頷くシスター。
「ロウさんには、お願いがあります」
「何だ?」
「私が彼を討ったら…貴方が私を殺してください」
立ち上がったシスターは、無言のままの俺と向き合い、静かな瞳のまま言った。
「報酬は用意します。殺される時、抵抗も致しません」
「…本気か?」
真正面から問い掛ける俺に、シスターは躊躇いなく頷いた。
「ええ。貴方は何でも屋なのでしょう?なら、どうかこの依頼を受けてください…お願いします」
二人の間を、風が吹き抜けていく。
俺は告げた。
「悪いが依頼殺人は受けない」
シスターの目が大きく見開かれる。
そして、張り裂けるような声で言った。
「ふざけないでください!貴方だって私と同じ汚れた悪魔でしょうに…!」
息を荒げて、俺を睨んでいたシスターは、ハッとなって視線を逸らした。
「…すみません。私、何てことを…」
「いいさ。間違いじゃない」
俺も視線を外した。
「それに、たぶん…いや、きっとあんたの方が、天国に近い所にいるだろう。そうやって、俺を罵る権利は十分あるさ」
「…」
しばしの沈黙。
それは、遠くから聞こえて来た声に破られた。
「おおーい!」
俺とシスターは声の方を見た。
その先に、丘を登って来る人々の一団があった。
遠間だったが、町で見知った顔ばかりだ。
その先頭に、雑貨屋のハンス爺さんの姿があった。
皆、息を切らせながら、丘の上を目指して来る。
ようやく辿り着くと、ハンス爺さんが目を腫らしたまま、シスターの手を取った。
「良かった…無事だったんだな、シスター!」
「ハンスさん…」
驚いたように皆を見回すシスター。
「それに皆さんも…一体、どうなさったんです?」
「どうなさったもこうなさったもあるかい!」
肝っ玉溢れる肉屋の名物女将が怒鳴り返す。
「朝、町中で噂になったんだよ!教会が襲われて、火事に遭ったって!」
そして、俺達の傍らに作られた小さな塚を見て、その目に涙を溢れさせる。
ヨロヨロと塚に近付き、その前に跪く女将さん。
「何ってこった…ああ、神様!こんなのってあるかい!」
昨夜、教会で何があったのか。
誰が犠牲になったのか、皆気付いたのだろう。
女将さんに続き、何人かの女性が声を上げて、その場で泣き伏せる。
男達も、それを見ながら、天を仰いで目を覆う者、背を向けて嗚咽する者様々だった。
「今朝がた、教会のことを聞いて、皆で話し合ったんだ」
ハンス爺さんが、涙でくしゃくしゃになった顔のまま続けた。
「シスター、俺達がバカだった!ダッドニーの脅しに屈して、あんた達に酷いことを…本当にすまない…許してくれ…!」
そう言うと、爺さんは土下座した。
それに続き、全員が涙を流したまま、シスターに謝罪する。
「皆さん…」
それを見て、シスターは静かに口を開いた。
「どうか、顔を上げてください」
穏やかなその声に、住民達は嗚咽を繰り返しながら、慟哭する。
「し、しかしよぉ…俺達が情けないばっかりに、教会がこんな…それに子供達まで…!」
「そうだ!俺達がもっとしっかりしてりゃあ、この子達が犠牲にならなくて済んだかも知れないのに…!」
「そうよ…私達は、ダッドニーの企てに加担したも同然よ…!」
住民達の懺悔を受けて、シスターはしばしの沈黙の後、首を横に振った。
「…いいえ。皆さんに罪はありません」
「でも、シスター…!」
くしゃくしゃの顔のまま、ハンス爺さんがシスターを仰ぎ見る。
それに、シスターは静かに告げた。
「この世界の誰もが英雄の強さを、勇者の勇敢さを持っているわけではないのです」
風が弱まり、雲間から一筋の日の光が覗く。
それは、彼女の頭上に柔らかに降り注いだ。
「勿論、私も同じです。だから、皆で寄り添い、助け合って生きていくのです。いまここに眠る、子供達がそうしてきたように…」
彼女は、本物のシスターではないかも知れない。
何故なら、神に仕える者は無垢である必要がある。
だが、昨夜見せた殺戮劇は、彼女が未だ“戦場の悪魔”魔銃騎士である呪縛から抜け出せないでいることを示していた。
しかし。
失われた命を悲しみ、迷い、慟哭する者達を優しく包むその姿は、まぎれもなく神の愛を説くに相応しい聖職者そのものだった。
「戦おう」
一人の男…大工の親方が、涙も乾かない髭顔のまま、不意にそう言って立ち上がる。
全員がそれに注目した。
「俺達全員でダッドニーの悪事を証言しよう。証拠や証人ももっと集めて、郡の司法府に陳情しようじゃないか!」
その言葉に、もう一人…農家の若者が頷いて続く。
「そうだ!そうしよう!それが、シスターやこの子達への罪滅ぼしになる…!」
沸き上がった声に、次々に同調していく住民達。
彼らは、肩を組み、手を握り合い、シスターを守るように円陣を組んだ。
「シスター、俺達と一緒に戦おう!大丈夫、今度こそ、俺達があんたを守る…!」
「ああ!子供達の尊い犠牲を無駄にしないために…!」
「そして、あたし達の町を守るために…!」
住民達の決意の声に囲まれたシスターは、当惑した表情を浮かべていた。
そんな彼女に、ハンス爺さんが言う。
「シスター、あんたが言ったように、俺達は英雄や勇者じゃない。だから、大した力もない」
「ハンスさん…」
爺さんは、強い口調で続けた。
「しかし、だからといって、いま立ち上がらなかったら、俺達はまた後悔するだろう。もしかしたら、次にここに埋葬されるのは、俺達の誰かか、その家族かも知れない。そんな未来は耐えられない。だったら、立ち上がるしかねぇ…!」
シスターは戸惑った表情のまま、俺の方を見た。
俺はそれに頷いてやった。
討ち死に覚悟で、単騎で特攻するより、少しは良い未来が見えた気がしたからだ。
「いいんじゃねぇか。どうせだし、その十字架、今度は真っ当に使えばいい」
「ロウさん…」
俺は外套を正した。
「さて…じゃあ、俺はそろそろお暇するぜ」
それに、シスターが驚いたように言った。
「このまま行かれるのですか…?」
「ああ。ここでの俺の仕事も、もう無さそうだしな」
そう言いながら、俺は団結する住民達を見た。
「これからは、この頼もしい連中があんたを支えてくれるだろう」
それに、シスターが僅かに口ごもる。
「もう少しだけ、一緒には…」
「すまんな。急ぐわけじゃないが、ゆっくりもしていられねぇ」
「…」
「そんな顔しなさんな…また、いつか寄らせてもらうさ」
「…はい」
何か言い留めつつ、シスターはようやく笑った。
「ええ、お待ちしています。その時は、また美味しいご飯を用意しますわ」
俺はそれに背を向けつつ、片手を挙げて応えた。
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それから、半年後。
「あー、くそ…腹減ったー…」
とある辺境の町はずれを走る街道を、俺はズタ袋を担ぎながら、重い足取りで歩いていた。
毎度お馴染みで恐縮だが、現在、胃の中身はゼロ。
酷使してきた肉体も、そろそろ活動停止領域に近付きつつあった。
そんな中、灼熱の日差しが更なる追い打ちをかけてくる。
「あちー、めしー、しぬー」
こんな灼熱地獄の真っ只中を、行き来する者は無い。
目に入るのも、ひび割れたアスファルトと熱風に吹き散らされる砂塵くらいなものだ。
「さて、と…ここいらで一休みしながら待つか」
そう言いながら、俺は街道の傍らへズタ袋を乱暴に放り投げる。
その上に腰掛け、一息つく俺。
誰もいない荒野の中、地獄のような暑さに包まれながら、俺は懐から一枚の紙きれを取り出して広げた。
それは、つい最近発行された新聞だった。
その中の記事の一つを、俺は読んだ。
『町を挙げての住民訴訟 住民側が勝訴』
記事には、そんな見出しが躍っていた。
内容は言うまでもない。
シスター・ローザを中心とした町の住民達が、同じ町の名士ダッドニーを郡の司法府へ提訴。
当初、ダッドニーは余裕をかましていたが、住民達から脅迫・誘拐・殺人示唆など諸々の証拠や証人も出そろい、判決の結果、ダッドニーの悪事が法的に認められたのだ。
紙面には、抱き合って喜ぶ住民達の姿が、写真で掲載されている。
そして、その輪の中に微笑むシスターの姿もあった。
俺はふと笑った。
「良かったな」
ひとり、そう呟く。
ここまでの道は、恐らく簡単なものではなかったはずだ。
だが、あの日。
シスターと住民達が、共にダッドニーと戦うと誓ったあの時の決意が、ようやく実を結んだのである。
記事はそう大きなものではない。
だが、あの町の住人にとっては、きっとかけがえのない大きな勝利になったに違いない。
と、記事を読み返していた俺の耳に、小さな機械音が響く。
街道の彼方へ目をやると、小さく土煙が見えた。
「自動車」だ。
黒塗りの豪奢な「自動車」一台、街道上を疾走してくる。
俺は目を細めてそれを確認すると、太陽の角度を見ながら、おもむろに立ち上がった。
「時間通りか…さすが情報屋、正確だぜ」
言いながら、俺は街道のど真ん中に立ち塞がった。
「自動車」は、俺の姿など見えないかのように猛スピードで近付いてくる。
が、俺は構わずにそれを見詰めていた。
やがて、俺の目の前まで来ると、ようやく「自動車」はその爆走を止めた。
派手に警報が鳴らされるが、微動だにしない俺の姿に業を煮やしたのか、そのドアが開く。
中から、人相の宜しくない男達が二人現れた。
「何だ、テメエは!?」
「死にてぇのか、乞食野郎!」
そう凄む男二人に、俺は静かに問い掛けた。
「お前さん達に用は無い」
「何ィ!?」
「後部座席に乗ってる旦那に用がある。どけ」
荒野を渡る風のように、感情を込めず、俺はそう言った。
俺に瞳に何を見たのか。
男達が、気圧されたように後退る。
俺は一歩ずつ歩み出した。
「めでたく有罪になって、何よりだな、ダッドニーの旦那」
一歩
「さぞ、悔しいだろう?お前が侮っていた住民達が、あんな反抗するなんて、夢にも思わなかったんじゃないか?」
一歩
「弱い者と決めつけて、踏みにじってばかりいるから、そういう目にあう。いい気味だ」
一歩
「だが、生き汚いあんたは、それでも金で自分を守ろうとした」
一歩
「保釈金はいくらだった?高くついたのか?」
一歩
「まあ、いいさ。いずれにしろ、全て無駄金になる…今、この場でな」
シュカッ…!
俺は、ベルトのバックルを押した。
コンマ一秒で、全身を覆う戦鎧。
それを目の当たりにし、俺の正体に気付いた男達が、悲鳴を上げて腰を抜かす。
俺は腰の魔銃剣を引き抜き、水平に構えた。
標準は「自動車」の後部座席。
フルスモークの窓の向こうで、小太りの男が慌てふためく影が見えた。
「代わりと言っちゃなんだが、俺がいいものをくれてやろう」
俺は、柄の引き金に指をかけた。
「断罪という名の弾丸だ…主よ、哀れみ給え」
荒野に響く銃声。
それは、悪しき魂を地獄へと突き落とす、悪魔の哄笑に似ていた。
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