#3
本作品は「GUN-KNIGHTS - ガンナイツ -」の続編に当たる作品です
そのため「GUN-KNIGHTS - ガンナイツ -」を読んでいただけると、より物語を深く楽しんでいただけます
【GUN-KNIGHTS - ガンナイツ -】
https://ncode.syosetu.com/n5752dn/
暗くなった子供達の寝室を後にした俺…ロウは、自室に戻る途中、礼拝堂に灯る明かりを目にした。
覗いてみると、誰もいない礼拝堂で、シスター・ローザが一人で祈りを捧げている。
「…子供達はもう休みましたか?」
振り向くこともなくシスターにそう声を掛けられた俺は、足を止め、目を細めた。
「…悪い。邪魔をするつもりは無かった」
「いいえ。ちょうど務めを終えたところです」
そう言うと、シスターは十字を切り、手にした大きな十字架を大事そうに抱えた。
大きさ30センチほどの銀色の十字架は、燭台の光に鈍い輝きを反射していた。
「随分と大きな十字架だな。あんたのかい?」
「これですか?」
そう言うと、シスターは微笑みながら十字架を撫ぜた。
「この職に就く前に手に入れたものです。私にとって、今でもお守り代わりなんですよ」
意外な言葉だった。
「へぇ、あんた、最初からシスターだったわけじゃないのか?」
「はい。以前は、央都で働いておりました。ですが、どうにも肌に合わず、転職したのです」
「それが、今じゃあこの片田舎のシスターか。随分と思い切ったもんだ。そのまま央都で働いていたなら、稼げたろうに」
「仰る通りです」
そう言うと、シスターは十字架を胸元に収めてから苦笑した。
「それに元々、神様を信じるなんてガラではなかったんですけどね」
そう言うと、シスターは壁面に描かれた聖人のステンドグラスを見上げる。
それは、信仰のために殉教者となった聖人たちの生涯を描いたものだった。
「ですが、先の大戦で何もかも失って…すがるものもなく、彷徨っていた時に、この教会で、同じように全てを失ったあの子達と出会ったのです」
「…そうか。それで、そのままシスターに…」
俺は僅かに目を伏せた。
先の大戦…反央都軍が巻き起こした一大反抗作戦は、各地でも央都に叛意した反乱軍が呼応し、世界中を巻き込む大戦争に発展した。
その最中で、焼け出され、難民になった者も多いと聞く。
彼らにしてみれば、央都が敷く政治も、反乱軍が掲げる「脱央都」のお題目も、正直どうでもいいものだった。
ただ、愛する家族と平和な日々が続けば、それだけで良かったのだ。
戦争はいつだって一部のはた迷惑な連中の暴走で始まり、何の罪もない市民が巻き添えとなって、疲れたら終わる。
その繰り返しだ。
「正直、シスターなんてガラじゃなかったのですけどね…でも、あの子達の未来を守るはずの大人達が、同じ大人達の醜い争いでいなくなってしまったんです」
シスターは、静かに続けた。
「その時、気付きました。もはや、あの子達を守れる人間は私しかいないのだと。そして、それが大人として、あの子達に私が出来るせめてもの償いなのだと」
全てを背負い、自ら全身を鞭打つようなシスターの言葉に、俺は問い掛けた。
「だから、一人でもこの教会を続けているのか?」
「ええ。でも…それも難しくなってきました」
俯くシスター。
「…ロウさん。聞いていただけますか?」
「愛の告白なら喜んで」
少しおどけてそう答えた俺に、シスターは一度笑ってから、胸の内を吐き出すように言った。
「先の誘拐事件についてです」
「…」
「実は私…犯人に心当たりがあるのです」
その真摯な表情に、俺は無言で腕を組んだ。
「…良いのか?俺に聞かせて」
それにシスターは申し訳なさそうに、目線を落とした。
「ええ。ですが、正直に言えば、最初は貴方を疑っていました。もしかしたら、貴方も『彼ら』の仲間じゃないかって」
「『彼ら』?」
「ええ。この町の名士、ダッドニー氏とその一党です。以前から、彼らはこの教会を潰して、自分達が元締めをしている賭博場を拡大しようと、裏から圧力をかけてきているのです」
ダッドニー。
その名は、町の市場でも聞いた。
俺の評価では、どこにでもいる「地方に巣食う小悪党」だ
効く限りでは、地元で権力を振るい、言い掛かりや嫌がらせで無理矢理立ち退きを迫る「土地転がし屋」である。
シスターは続けた。
「恐らく、先の誘拐事件も、彼らがあの子を人質に取って、私達をここから追い出そうとしたんじゃないかと…」
「成程な。まあ、ありそうな話だ」
「私は…一体どうしたらいいんでしょうか?ここを失ったら、もうあの子達を守っていける自信なんて…」
そう言いながら、両手で顔を覆い、泣き崩れるシスター。
俺は彼女に近付き、震えるその細い肩に手を置いた。
「落ち着け。今は俺がいる。連中に好き勝手は…」
そこまで言ってから、俺は言葉を呑み込んだ。
祈りの間に、しばしの沈黙が落ちる。
それに、シスターが不思議そうに顔を上げた。
「ロウさん?どうしました…?」
「…いや、何でもない」
その肩から手を離すと、俺は笑って見せた。
「とにかく、気落ちすんな。あんたがそれじゃあ、あの子達も不安になるだろう」
「はい…」
彼女に手を貸し、立ち上がらせた瞬間。
ドカン!
轟音と共に大地が震えた。
-------------------------------------------------------
表に出た俺達は、唖然となった。
教会の周囲が、火の海に包まれている。
普通の火事ではない。
見る限り、何か爆発物による火災だ。
「あ、あの子達の寝室が…!」
シスターが悲鳴を上げる。
見れば。
子供達の寝所になっている小屋の屋根が崩れ、火の手が上がっていた。
「…ド畜生!」
俺は咄嗟に小屋へと駆け出した。
どうやら、爆発はこの部屋を狙ったもののようだ。
つまり、犯人は子供達の命を…
「皆、無事か!?」
燃え盛るドアを蹴破ると、その先は紛れもない地獄だった。
干し草のいい香りがするベッドは、炎に包まれ、激しく燃え盛っている。
みんなで直したシーツの燃えカスが、俺の足元で灰になっていった。
「オットー!べス!リアラ!アドル!」
子供達の名前を呼びながら、俺は紅蓮の世界に飛び込んだ。
が、誰も応える者がいない。
「マイノス!ドリー!…畜生、誰かいないのか!?いたら返事をしろ!」
声を張り上げるたびに、肺が焼けた。
同時に全身が震える。
少し前まで、ここで一緒に遊んだ子供達の顔が、浮かんで消えた。
世界が赫い。
かつて、戦場でよく目にした赫さだった。
炎、焔、焱、燄、爓、熖…
全てを奪い、焼き尽くす、見慣れた略奪者。
それは、かつて何度も俺の網膜を焼いてきた。
だから、別段珍しくもない光景だ。
だが、今の俺には、目の前が炎以外の何かで、さらに真っ赤に染まっていくようだった。
不意に、外で悲鳴が響く。
「シスター!?」
外に飛び出す俺の目に、数人の男と連中に手を捩じり上げられて、捕まったシスターの姿が目に映る。
「てめえら…」
下卑た笑みを浮かべる男達。
その中には、前に叩きのめした誘拐犯共の顔もあった。
「…ダッドニーの手のものか?」
「さあてな」
低い声で問う俺に、リーダー格らしい髭面の男が、ニヤリと笑う。
「俺達はただ、ここの掃除を頼まれただけだ。何の役にも立たない薄汚いガキ共を処分してくれってな」
「…そうか」
俺は、静かに手を腰のベルトのバックルへ伸ばした。
そのスイッチを押せば、俺の全身は、刃も通さない「戦鎧」で覆われる。
そうすれば、戦場の悪魔「魔銃騎士」の完成だ。
「おっと、それ以上動くな…!」
不意に。
俺の動きを察した髭面が、傍らにいたシスターを無理矢理引き寄せた。
その首に、短剣を押し当て、薄く笑う髭面。
「こいつらから聞いたぜ。お前、銃の使い手らしいじゃねぇか」
髭面の横で、顔を腫らした誘拐犯共が、薄ら笑いを浮かべる。
俺は内心舌打ちした。
あの時、空腹に耐えかねて、手っ取り早く魔銃剣を抜いたのが裏目に出ちまったようだ。
声もなく震えるシスターの首に押し当てられた刃。
それが動くスピードを凌ぎ、戦鎧を纏いつつ、魔銃剣を振るうには、分が悪すぎた。
「両手は挙げとけ。妙な真似はするなよ?じゃねぇと…」
髭面が下卑た笑いを浮かべて、シスターの胸元に手を伸ばす。
そのまま襟元から強引に尼僧の衣を破くと、豊満な胸が露わになった。
それを強引に揉みしだく髭面。
「へへへ…思った通り、いい身体してやがる」
「いやあああっ!」
突然のことに、思わず悲鳴を上げるシスター。
周囲の男達も、下品な言葉や指笛で彼女を辱めた。
恥じらいと悲しみに赤く染まったシスターの頬を舐め上げてから、髭面がニンマリ笑う。
「このシスターが、天に召されちまうぞ?もっとも、全部片付いたら、俺達全員で可愛がって、昇天させてやるけどな!」
涙目で身をよじるシスターに、男達がゲラゲラと笑い声を上げる。
俺は髭面を一瞥してから、ふと溜息を吐いた。
「へいへい。いいぜ。おたくらの勝手にしな」
そう言いながら、俺は両手を上げ…ずに、ベルトのバックルを押す。
予想外の行動に目を剥く男達の前で、俺の全身はコンマ1秒以下の速度で、戦鎧に覆われた。
その姿に、男達がどよめく。
「て、てめえ…!」
「ガ、魔銃騎士だと…!」
「本物か…!?」
ふん。
銃の使い手と知ってても、俺が魔銃騎士だったとは知らなかっただろう。
「本物かどうか…そいつはこれから教えてやろう」
背中に収納された盾と、腰の魔銃剣を抜いて構えつつ、俺はゆっくりと歩を進めた。
そして、感情のない声で告げた。
「戦場の悪魔のやり方でな」
激しく燃える炎を背景に、俺は歩み続けた。
それに硬直したままの男達。
と、俺は鎧の重さを感じさせない速度で、一瞬で間合いを詰めた。
そして、手近にいたならず者の腹を、魔銃剣で一気に刺し貫く。
「へ…?え…?」
自らの身に何が起こったのか分からず、口をパクパクさせるならず者。
遅れて吹き出る血飛沫に、目を見開くと、男は思い出したように絶叫した。
「うぎゃあああああああっ!!はっ、腹!…腹が!!…腹がああああああっ!!」
「き、貴様ぁ!」
その横にいたもう一人の男が、ようやく事態に追いつき、手斧を抜く。
それを振りかぶって襲い掛かってきた男に向けて、俺は、哀れな昆虫採集の標本のように、串刺しになった男を盾に代わりした。
「ひゃばあ!?」
手斧が串刺し男の脳天に誤爆するを見てから、ビクビクと痙攣する男の腹を魔銃剣から引き剥がすように蹴り飛ばす。
内臓が千切れる感触と共に、串刺し男は手斧男を巻き込んで倒れ伏した。
そのまま、起き上がろうもがく手斧男目掛け、俺は魔銃剣の柄に仕込まれた引き金を引く。
轟音と共に放たれた無慈悲な弾丸は、二人まとめて貫通し、その命を奪った。
「…まず二匹」
続けざまに、魔銃剣を水平に構え、一番離れた位置にいたならず者の眉間を打ち抜く。
「がっ!?」
「や、野郎…!」
呆気なくこと切れた仲間を目にし、もう一人が投げ短剣を放った。
が、それは俺の全身を覆う戦鎧に弾かれて、空しく地に転がる。
唖然となる男の眼前に、俺は一気に踏み込んだ。
「続けて二匹」
一振りで男の首を刎ね、俺は呟くように言った。
やや遅れて吹き上がる鮮血の雨。
一瞬の惨殺劇に、誰もが声を失う。
その中で、俺は髭面に向き直った。
「次、死ぬ準備ができた奴から前へ出ろ」
魔銃剣を一閃し、血を払いながら、俺は告げた。
「言っておくが、どうせ全員殺す」
「うるせぇ!そこまでだ!こいつを見ろ!」
髭面が切羽詰まったように絶叫する。
その手の短剣が、シスターの喉に強く押し当てられ、血の筋を作っていた。
俺は動きを止めた。
それを認めた髭面が、狂気の笑みを浮かべる。
「へっ!最初からそうしてりゃあいいんだよ!いいか!次動いたら、この女の喉を裂く!脅しじゃねぇぞ!?」
「できるのか?」
「ああん!?」
「お前に殺せるのか?その女を」
「何だと!」
激昂する髭面から、シスターに視線を移すと、俺は静かに言った。
「もういいだろう」
男達が意味が分からず、顔を見合わせる中、俺は続けた。
「俺だけ働かせるな。とっとと戻れ」
「な、何だ?何を言ってやがる…!?」
髭面が怪訝そうな表情になる。
一方、その手に捕らえられていたシスター・ローザは、小さく呟いた。
「…結局、前の仕事からは逃げられないのですね…」
その呟きと共に、突然、シスターは鮮やかに身を翻した。
髭面の腕にがっちり掴まれていたその肢体が、あっさりと拘束から抜け出す。
唖然となる髭面の前で、シスターは頭巾を一気に脱ぎ捨てた。
ウェーブがかった黒髪が、黒い華のように火影を侵す。
美しい白い裸身を晒しながら、シスターは悲哀に満ちた表情で、宣告するように言葉をつむいだ。
「…鎧装」
深い憂いが込められた一言が、深紅の唇から漏れる。
同時に、その肢体が深紅の鎧に覆われていく。
戦鎧…魔銃騎士のみが身に纏うことが出来る特殊強化装甲。
目を剥く髭面の眼前で、全身を戦鎧に包んだシスターは、例の大きな十字架を取り出した。
「主よ、哀れみ給え」
祈りの言葉と共に、十字架を左右に引くシスター。
縦に二分割した銀の十字架は、そのまま二丁の拳銃に変化した。
さらにグリップからは、鋭い二本の刃も生じる。
「お、お前…」
燃え盛る煉獄の赤い炎。
その中に立つ、紅の女騎士。
美しくも凄惨なその威容に、髭面が絶望と共に口にした。
「お前も…魔銃騎士だったのか…!」
信じられないものを目にしたように、髭面が後退る。
周囲の男達も、か弱い囚われの小鳥が、一瞬で猛禽に変化した事実に追いつけないでいた。
「その名は捨てたつもりでした…」
呟きに似た悲哀の言葉を漏らす紅の女騎士。
「私はただ、あの子達と共にいられれば、それだけで良かったんです」
そして、炎に染まった銃身と刃を手に、紅の女騎士は一歩踏み出した。
「なのに…何故、貴方達はそれを許してくれないのですか…?」
さらに一歩。
女騎士の兜の隙間から漏れる赤い眼光が、男達を射抜いた。
「どうして…全てを奪われたあの子達から、命ですら奪ったのですか…?」
「何してる!?やれ!」
髭面の絶叫が、男達の呪縛を解く。
「死ねぇええええ!」
「このアマ!」
一人の男が鉈を手に襲い掛かった。
同時に、もう一人が弩弓を構える。
意図したものではないだろうが、二人の連携のタイミングはピッタリだった。
しかし…
「かっ…!?」
鉈を手にした男の一撃を紙一重でかわし、紅の女騎士は舞い踊るように、二つの刃を旋回させる。
交差する二刃の軌跡が、鉈を手にした男の手首を、呆気なく腕から切り離した。
「は?は、はぎゃあああああああっ!?」
地に落ちた自分の手首を目にし、吹き出す鮮血にまみれて、男が手を抑えたまま地面をのたうち回る。
それを見下ろしていた女騎士目掛けて迫る弩弓の矢。
しかし、それを空中で二刃でもって細切れにしつつ、女騎士は十字架銃の引き金を引いた。
「真実なれば」
放たれた二つの銃弾は、弩弓を構えたままの男の両眼を同時に貫いた。
吹き出す脳漿と鮮血が、更なる血の雨で大地を染める。
悪夢のような光景に、もはや立ち尽くすしかない男達へ、美しい赤い死神は静かに告げた。
「それでは…参ります」
言うや否や。
シスターは二丁拳銃を剣舞のように振り回しながら発砲した。
死の舞踏と共に、情け容赦ない一斉速射が、炎に煙る地獄を広げていく。
慌てて反撃をしようとするならず者もいたが、一人、また一人と倒れていった。
「そ、そんな…こんなの聞いてねぇぞ…!」
最後の一人…腰を抜かしてへたり込んだ髭面が、ガクガクと震えながらうわ言のように漏らす。
その眼前に立った紅の女騎士は、グリップから伸びる二刃を、十字架のように交差させた。
「祈りなさい」
「ひ、ひいっ!ゆゆゆ許して…!」
「許します…貴方達の罪、その全てを」
「た、すけて…くれ…え…」
みっともなく泣きじゃくる髭面に、女騎士は聖母の声で告げた。
「助けましょう…この手による断罪にて」
兜から漏れる赤い眼光が、猫の目のように細まる。
今度こそ絶望したように、髭面がイヤイヤするように何度も首を横に振った。
「ですから、安寧と共に、主の御許へ逝ってください」
そうして振り切られた二本の刃は。
まごうことなき静謐な祈りを込めて、一つの命を看取った。




