中編・移りゆく想い
早くもバレンタインの季節になった。
毎年のことながら、街の雰囲気はまさしくピンク色に染まっている。
チョコレート……。
恭平には毎年、「義理!」と念押ししながら、手作りチョコをプレゼントしている。
でも、今年は……。
どうしても、チョコレートを作る気にはなれない。
どんな顔をして恭平に、チョコレートを渡せるというのだろう。
◇◆◇
恭平の告白を受けてから、二か月が過ぎた。
それは体育の時間。
男女共に体育館でバスケの授業の時のことだった。
「ね、ね。杏」
「何? 來未」
「上田君てカッコイイね!」
「え? 恭平?!」
來未の視線の先には、丁度コートに整列している体操服姿の恭平がいた。
「ダメよ、來未。杏の上田君に色目使っても」
横から桐子が口を挟んできた。
「上田君は、杏のことしか眼中にないんだから」
「わかってるわよ! そこがまたいいんじゃない」
「確かにね。あれだけモテるのに、誰にも靡かない貞操さは一目に値するわ」
桐子が大仰に声を出す。
「杏もさあ。そろそろ吹っ切ったら」
「ダメダメ。この娘にそんなこと言ったって。先輩一筋のまま先輩が卒業して、気持ちのやり場がないのよ。ね? 杏」
「もー、みんな、好き勝手言わないで!」
横を向いた私の視界に、恭平が3ポイントを決めた瞬間が飛び込んできた。
「きゃあー! 上田君! カッコイイ」
無邪気に來未が歓声を上げる。
恭平は、玉の汗を滴らせながら、コートを狭しと走り続ける。
私もいつしか恭平に見惚れ、時間を忘れていた。
そして。
迷いに惑っている間に、あっという間にバレンタイン当日がやってきた。
◇◆◇
「恭平!」
バレンタインの朝、家の門を出ると、以前のように恭平が私を待っていた。
「あ……。ごめん。今年はチョコ作ってないの」
目を逸らしながら正直に呟いた。
「ああ。いいんだ。……これ、渡しに来た」
恭平はそう言うと、紅い紙袋を私に差し出した。
「何? これ」
受け取りながらも、私の頭は疑問符だ。
「チョコレートだよ」
「チョコレート?!」
呆気にとられる私の横で、恭平が語り始める。
「バレンタイン、て要は「愛の告白」の日、だろ? 男がチョコ渡したっていーじゃん。俺……お前にちゃんとはっきり言ったこと、まだ一度もなかったよな」
息を飲む私の目を見つめながら、
「杏。好きだ。俺とつきあってくれ」
そうはっきりと恭平は言ったのだ。
「返事は、今すぐでなくていいんだ。ホワイトデーまで待ってるよ」
いつもの穏やかな恭平の笑顔に、私は何も言うことができず、ただまじまじと恭平の優しい瞳を見つめていた。
◇◆◇
「お水如何致しましょう」
静かな礼法室に、お点前をする生徒の声が響く。
いつからだったろう。
朝賀先輩を目で追うようになったのは。
いつからだったろう。
涙に濡れる枕辺で独り先輩を想うようになったのは。
先輩は、東京の大学。
きっと今頃は、綺麗な女子大生の彼女がいるに違いない。
私のことなんて頭の片隅にもなく……。
「少しお願いします」
正客である私が答える。
お辞儀をして前かがみに礼をし、出されたお茶碗を恭うやうやしく受け取る。
「お先に失礼します」
左隣に座っている生徒に向かって小さく挨拶をすると、おもむろにお薄に口をつける。
こんな何気ない所作も、朝賀先輩自ら教わった。
そんなことを思い出しながら、週に一度の「茶道部」の時間が今日もまた過ぎる。
朝賀先輩……。
本当に、本当に好きでした。
そうやって自分に折り合いをつけていく。
自分の気持ちにけじめをつける。
そうでないと、前へは進めない。
私は。
私は。
恭平のことを──────